アニキの教え

アニキの教え



 勇者にとっては、どっちでもいいのだ。

 別に、このカス二匹が、あのクソガキを殺すパターンじゃなくてもいい。


 悪意さえ向けてくれれば、手を出すことができる。

 つまり、ボコボコにしてやれる。


 このまま、アホなカスらしく無謀にも絡んできやがったら、

 即座に顔面の形を変えてやって、プチっと腕をむしりとり、

 その後、膝を、逆関節スタイルへとカッコよくカスタマイズしてやる。


 それから、ゆっくりと、クソガキを殺すように説得すればいい。

 極めて簡単な話だ。



(さあ、どっちでくる? 好きに決めな。そのぐらいの選択肢はくれてやる)





 と、のんびり構えていた勇者だったが、






「放っておけ」





(……ぇえ?)


 勇者は、あまりの驚愕に、つい、『アニキ』の顔を二度見してしまう。



 『アニキ』は、滔々と、



「魔人はやっかいだ。まず、単純に強い。大概、魔力が尋常じゃない。あと、敵に回せば魔王国が動く可能性がある。……それに、わざわざ安全な魔王国から出て、こんなスラムにいるってことは、もしかしたら、こいつは、魔王国の犯罪者かもしれない」


「え、それなら問題はないんじゃないですか? 犯罪者なら、何をしても許されるでしょう? それは魔王国でも変わらないんじゃ?」


「犯罪者なら、それは、それでヤベェ。色々と『覚悟』ができているってことだ」


「覚悟……ですか。すんません、アニキ。ちょっと、よく分からないです」


「別に分からなくていいさ。大事なことはその一手前にある。いいか、ゲイド、悪意は両刃の剣だ。どんな時でも、使い方には気をつけろ。敵は必ず、選んで作れ」


「き、きたぁ、アニキの教え。あいかわらず凄過ぎて、勃っちまうよぉ」



「ちっ……おい、カス共。グダグダ喋ってんじゃねぇ。さっさと、そのガキを処理しろ。ガキは甚振っても面白くねぇから、できるだけ、サクっと――」




「バカか、殺すわけないだろう」


「ぁん?」


「こいつには、金貨230枚分の借金がある」


 ――硬貨の目安。


 神金貨。1000000円

 白金貨。100000円。

 金貨。10000円

 銀貨。1000円。

 銅貨。100円


 平均的な月の給料金貨9枚。


「金を貸したのは事実。ウチの金利は国の言いつけを順守している。返し切れなかったこいつの親が悪い。不運も悪だ。受け入れるしかねぇ。というわけで、こいつには、壊れた姉貴の分も働いてもらわないといけない。そうじゃなきゃ、こっちが丸損するだけ。ゆるせないだろ、それは」







(んなこたぁ、どうでもいいんだが……これ……ちょっと……ぉい、おい……なんか、雲行きが……)



「まだ10歳……稀にみる器量の良さだから、もう少し待って、相応の値段で売ろうと思っていたが、どうやら、アホの姉貴と違って、多少は頭が回るみたいでなぁ」


 そこで、アニキは、セイラを睨みつけ、


「この俺を出し抜いて逃げようとした。そこまではいい。珍しいことじゃねぇ。生物として当然の行動さ。しかし、こいつは、それを成功させやがった。……大問題だ。逸脱していやがる。あと二・三年ほど知恵をつければ、今度こそ、本当に逃げ切ってみせるかもしれない。それはダメだ」


 『俺を出しぬくとは、やるじゃないか』


「そこまでがギリ。それ以上を許すのは、『取り返しのつかない失敗』に分類される。……俺には、メンツってのがあるんでね」



 『まんまとガキに逃げ切られた』


 さすがに、それは、許容できない。



「笑われたら終わり。俺は、そういう世界にいる。だから、少しでも可能性があるのなら、摘んでおく。心を砕く。足の腱を切る。仕事に慣れさせ、薬に漬ける。立派な姫のできあがり。さすがに十歳じゃあ、まともな路線だと高くは売れないが、裏のルートも、もちろん押さえてある。売れるさ。いや、売る。売ってみせる。それが、俺。火龍会のサーバンだ」



「自己紹介はいらねぇ。あと、二度言わすな、グダグダ、うるせぇんだよ、お前。……さっさと、そのガキを殺せ。そうでなけりゃ……」



「ん? なんだ? 手を出すのか? それは、つまり、火龍会を敵に回すということだぞ?」



「知るか、ボケ。たかがヤクザが、誰に、どんだけナメた口きいてんだ」



「くく……恐い、恐い。その目、その啖呵、犯罪者なんてチンケなモンじゃねぇ。おそらくだが、お前、魔王国のスジ者だな? 噂の能天気魔王がつくった国のヤクザ。ははは……国の方針に従い、『任侠』を大事にしていますってか? 流行らないんだよ、いまどき」


「その、下らねぇ勘違いを今すぐやめろ。俺に殺されるか、そのガキを殺すか。二つに一つだ。さっさと選べ」



「答えは一つ。お前をシカトする。以上だ」






「この俺を放置プレイしようって? はっ。チ○カスが、こびりつきやがって……喜べや、クソの源。お前の未来は全滅した。俺を相手にイキった代償は高くつくってことを教えてやる。お前が持つモノを全部壊してやるよ。――お前自身の絶望と苦痛は、最後の最後のお楽しみだ。苦しめて、苦しめて、苦しめてから殺す。覚悟しておけ」



 『どうにか、手をださせられないものか』と煽ってみたが、



「手は出せないさ。……有する『力』云々は関係なく、お前は、俺に手を出すことができない。代紋を背負うというのは、そういうことだ」


「勘違いも大概にしろや、ボケ。この俺様の、どこがヤクザに見えんだよ、目ぇ死んでんのか、てめぇ、あぁ、ごらぁ」



 エッジのきいたドスをきかせる勇者を見て、

 サーバンは、昔の自分を思い出しながら、



「ふふん、なかなか気合いが入っているじゃないか。将来は、いい極道になるぜ、おめぇ」



「違う、っつってんだろうがぁ、ぼけぇ!」


「ゲイド、さっさと連れていけ。また逃げようとしたら、その時は、少しだけ手荒に扱うことを許す」


「わかりやした」


 返事をして、セイラを捕まえるゲイド。

 手際良く、セイラの口の中に、汚い布切れを押しこんで黙らせ、両手をヒモで縛る。



 その様を見て、



「おい、こら、そこのカス、俺の命令なく、勝手に動くんじゃねぇ! 話は、なんも終わってねぇぞ!」


 勇者は、そう叫びながら、『しまった』と、心の中で舌を打つ。


 最悪の時は、セイラに、『こいつらを殺せ』と命令をさせようと思っていたのだ。

 『勇者に命令できる立場』にあるということをセイラに気付かせずに事を済ませようと欲をかいた結果が現在。



 そこで、火龍会のサーバンが、



「二つだけ、忠告だ。かみつく相手は選べ。火龍会はでかい。敵に回すな。以上だ」



 去っていこうとするサーバンの背中をギリっと睨みつけてから、



「だから、勝手に終わらせてんじゃねぇ! 待て、っつってんだろぉ!」



 言って、勇者は、飛び出す。

 このまま連れていかれるのはヤバい。


 何がヤバい?


 何が……


 そりゃあ、


 いろいろあんだろ。


 色々とヤバい。

 色々。

 そう、色々だ!




(――それなりに煽ったっつぅのに、このサーバンとかいうクソボケ野郎、どこまでも冷静に対処しやがる。ありねぇだろ、なんだ、あいつ。感情、死んでんのか? くそったれ、どうする、マジで、どうしたらいい……この状況だと、今の俺は何もできねぇ!)



 力を自由に振るうことができない。

 それが、ここまで鬱陶しいとは……



 ――いや、分かっていた。


 分かるさ。

 その程度の想像力くらいはある。


 だから、さっさと『人』から離れようとしていたのだ。


 こんなことになる前に、さっさと――



「確か、ゲイドだったか! おい、そこのカス二号! 呼んでんだよ! とりあえず、そいつを放せ! まずは、そこからだ! おい、こら、聞いてんのか、ハゲ、ごらぁ!」


 ちなみに、ゲイドはハゲていない。

 むしろ、ちょっと長髪。

 二十代前半の、細身で、顔つきが丸っこい、どこにでもいるチンピラ。




 勇者は、ゲイドからセイラを奪い返そうとした――が、




「いい加減にしろ、小僧」




 後ろから、肩を掴まれて、足を止められる。


 サーバンの大きな手にグっと力が込められる。

 痛みはない。


 この程度でダメージは負わない。


 しかし、イラつく。


 勇者のコメカミにグゥっと青筋が浮かんだ。


「誰に触ってんだ、ダニ風情がぁ!!」



 振り払おうとしたが、



(っ……ふ、振り払うこともできねぇのか……ふざけんなぁっ!)


 所詮は肩を掴まれているだけなので、悪意とはカウントされなかった。



 勇者は、仕方なく、自分の肩を掴んでいるサーバンの指を丁寧にはがそうとするが、



(くっ……力がはいらねぇ。なんだ、これ……ま、まさか……力を込めたら、指を折っちまってルール(暴力行為)に抵触しちまうから、か? く、くぅ……はがせねぇ、ド畜生がぁ……)



「ふん、どうやら、お前は魔法特化の魔人らしいな。くく……女みたいな力だ」



「てめぇ、ついにはカマ扱いだとぉ……この俺を……よりにもよってぇ……」


 頬をピクつかせてそう言う勇者に、下っ端のゲイドが、



「なんだ、その言い草! 同性愛者をバカにするんじゃねぇ、クソガキ! 殺すぞ!」



 ゲイドがそう叫んだのを聞いて、勇者はニヤっとする。



「俺を脅迫したな? くく……悪意、確定! 聖殺、ランク6!!」



 バっと、右手を出して叫ぶ。

 この一撃で、必ず殺すと決めて、いつもより、上位のランクで魔法を使った。


 魔法の『ランク』には、無限に、果てのない深層へと潜っていくという意味がある。


 だから、1位が一番上ではなく、

 果てなき深層に向かって、どんどん下へ、下へ、下へと下がっていく。


 本当は、1000という底があるのだが、

 そんなことは、現世にいる者だと、誰も知らない。


 ランク5でも人は死ぬ。

 数百人をまとめて殺せる。


 そのさらに深層へと潜った魔法。

 聖殺、ランク6。



 ――確実に殺した。

 そう思った――が、



(ぐっ……な、なんで、だよぉ………………あいつ、俺に『殺す』って言ったろぉが。それが、悪意以外のなんだったっつぅんだ……ま、まさか、『俺を本気で殺そうと思い、行動に移す』までいかねぇと悪意認定されねぇのか? ……ふ、ふざけやがってぇ……)




「小僧。さすがに、今のはヒド過ぎる。ハッタリはリアリティという下地があって、初めて効果を持つ繊細な技。……確かに『ランク6の魔法が使えるのかもしれない』と思わせられたら勝ったようなものだが、そんなもの、いったい誰が信じる?」



「へへっ、アホの俺でも、さすがに知っているぜ。ランク6の魔法っていったら、勇者や魔王くらいしか使えない王者の領域だ」


 ゲイドは、小憎たらしい顔で、くくくっと笑い、


「ばーか、ばーか! 俺、自分よりバカなヤツ、はじめて見たぜ!」


 ちなみに、それなりに有名な『魔王は魔法が使えない』ということすら、ゲイドは知らない。

 そんなバカに、現状、勇者はバカにされているのだ。




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