勇者、なろーテンプレ地獄で奮闘する。

勇者、なろーテンプレ地獄で奮闘する。


『ここからしばらく、勇者が地獄を見ます』

『センの活躍だけ見たい人は、

次章――『禁域』『疲れるジャンケン』――まで飛ばしてください』



 ――セファイル公国のスラム街。

 薄汚い、ジメジメとした路地裏に、


「……ん? ここは? スラムか……どこの……いや、あの時計塔……はっ、運がいい。まさか、ランダム転移で、自分の国に帰ってこられるとは」


 勇者は、己の体に何か問題がないかチェックする。


「うし。問題ねぇ。……つぅ……」


 そこで、完全にアドレナリンが切れたのか、親指が痛み出した。


「ふん……治療、ランク3」


 指先に、淡い緑の光が集まって、すぐに爪は元に戻った。


「まずは、手札だな。武器、魔道具……俺自身の鍛錬もそうだが、あの三匹を同時にとなれば、さすがに、アイテムを揃えてねぇとキツい」


 ハラワタが煮えくり返る想い。


 ――だが、どこかで、


「はっ……ワクワクしている自分がいやがる。どうやって殺すか。どうすれば殺せるか。くくく……だめだなぁ、どうしても、おもしれぇと思っちまう」


 今までは、何の目的もなく、ただ平原で剣を振るい続けてきた。

 その頃と比べれば、今という時間の、なんと充実したことか。


「まいったぜ、とんだワンパク坊主じゃねぇか。歳を考えろっての」


 ちなみに、勇者の年齢は17歳。

 見た目は若干老けて見えるが、実は、かなり若い。


「まずは、伝説級のアイテムを回収。未踏破のダンジョンや遺跡をまわらねぇとな……特に、回復系は必須……」


 ブツブツ言いながら、路地裏を歩いていると、


「……ん?」


「……ぁ」


 小汚いガキが目の前に飛び出してきた。

 スラムのガキにしても、あまりにみすぼらしい。

 よく見れば、血が出ている。


「ぁ、あの……」

「あん?」



「たすけ……て、ください……」



「……」

 勇者は、

「はぁあ……」

 と、深くため息をついて、

「狂人のオーラは常に出しているつもりだがねぇ……まさか、スラムのガキに……救いを求められちまうとは……情けなくて、涙も出ねぇ」


「ぁ、あの、今、恐い人に――」


 途中で、ガっと、口をふさがれた。

 勇者の顔に、血管が浮かんでいる。


「耳が腐る。目が腐る。鼻が腐る。んで、次は、俺の手を腐らせようって? はしゃぐじゃねぇか」


 言ってから、


「あの世で誇れ。俺をこれだけ怒らせておきながら、てめぇは、二十秒も俺の前に立っていた。やったな、いい土産ができたじゃねぇか」


「ぅぅ――ぅぅ――」


「消えてろ、カスが」


 魔法を放とうとした、

 その瞬間、






 『条件を満たしました』

 『カースジェイル、発動します』






「ん?」


 頭の中で、誰かが、何かを言った。


 そう理解した瞬間、



「ぬぉおおおおお!」


 体が燃えるように熱くなり、


「なん、だ……ぬぁああ……」


 全身からグキグキと音がする。


「くぬぁあああ!」



 『カースジェイル』

 勇者が、『自身に対する悪意なき者』に対して『殺意』を抱くことで発動。


 ・呪い一覧。

 『殺意を向けた相手のドレイとなる』

 『魔人に変異する』

 『今後、一切、己に対する悪意なき者への暴行不可』



 また声が聞こえ、勇者は、自分にかかっている呪いを理解する。



 誰に何を言われても、決して、己を変えなかった勇者が、

 今日、この日、


 強制的に、生まれ変わる。



「魔人に変異? ドレイ? はぁ? ちょっと、待て……なんだ、それ……ちょっと待ってくれよ、マジで……」



 ――しかし、中身は変わらない模様。



「ばかな、ばかな……ぁあっ……ぎぃい……ふざけんなよ、あの糞リッチィ……」



 勇者の地獄が始まる。










 注釈

 『魔人』 魔王リーンと同じ種族。

      亜人の上位種、魔物の最高位種族で、全性能が極めて高い。

      亜人が進化した姿でもある。

      人間と何が違うかと問われれば、保有魔力が高い、肌の色が僅かに違う。

      ほぼ、それだけ。

      しかし、人間は、彼らのことをモンスターだと認識している。

      魔王国が世界の序列五位になってから、

      見た目は人間と、ほぼ変わらないという点もあり、

      多少は、立場が改善したが、


      ……いまだに、人間の国家に住む大半が、魔人に対して差別的である。







「……カースソルジャァァ……あの野郎ぉおお……」


 うめくように、勇者はそう呟いた。




「やりやがったな、くそったれがぁ……どこまで、俺を怒らせれば……」




「ぁ、あの……」


 震えているスラムのガキ。


 汚らしいが、妙に整ったツラ。

 肩までのプラチナブロンド。


 すべてが忌々しい。


「わたし……こわいひとに……追われてて」



「知るか、黙れ、死ね。聖殺、ランク5!」



 ほとんど反射的に、範囲を小さく絞った聖光魔法を使おうとしたが、



「っっ……ま、マジで……発動、しねぇ……ウソだろ……」



 勇者は、折れるほど、奥歯をかみしめて、


「反転、ランク5! 治癒、ランク3!!」


 回復でダメージを負ってしまう魔法をガキにかけ、治癒の魔法で殺そうとした。

 抜け道はないかと考えての一手。

 だが、


「ぐぬぅ……クゥソぉがぁ……」


 勇者は、ワナワナ震えながら、


「考えろ……考えろ……何か、何か、何か……よ、ようするに、俺への悪意さえあればいいんだろ? よし」


 そこで、勇者は、ガキを睨みつけ、


「おい、そこの薄汚いガキ、見事なほどのクソっぷりだな。親の顔が見てぇ」




「おとうさんもおかあさんも……殺されちゃって……」




「ちっ……ああ、そう」

 そこで、勇者は頭をひねり、

「っ……まあ、だろうな。クソみたいな人間は、当然のように死ぬ。つまり、てめぇの親はクソだったってことだ」




「……そう、かも……わたし……いっぱい、殴られたから……いっぱい、いっぱい、痛かったから……いらない子だって……邪魔だって……うぅ……ふぇ……」




「ぁあ……ウゼェ……この上なくウゼェ……」


 相手を怒らせることにかけては右に出る者はいないと自負していたが、そのプライドが崩れ去りそうだった。


 勇者は考える。

 どうすれば、このガキの悪意を自分に向けられるか。


「おぃ、ガキ。てめぇの大事にしているものはなんだ?」


「大事なモノ?」


「ああ、そうだ。これだけはなくしたくないってもんだ。教えろ」


「………………ない」


「あん? ないってこたぁねぇだろ。じゃあ、なんで、てめぇは生きてんだ?」


「い、生きなさいって……それでも生きてほしいって……おねえちゃんに……いわれたから……」


 そこで、勇者は、パァンと手を叩いて、


「はい、いただきましたぁ!」


 勇者は、ドス黒い笑顔を浮かべ、ガキの顔を覗きこみ、


「俺は、お前の姉を軽蔑するね。心底から汚物だと思う。虫以下のクソカス。そんなクソカスが生きているのは我慢できねぇ。これから、そいつを、殺しにいこうか。ああ、そうしよう。とめんなよ、ガキ。わかったか。とめるなよ? 絶対にとめるなよ? この俺様の一歩を邪魔しようなんて――」




「おねえちゃんも……死んじゃったの……」




「……つ、つかえねぇ……」


「わたしのために……しょうふっていう所で……いっぱい……いっぱい、イヤな目にあったのに……それでも……がんばって……がんばって……なのに……なんで……」






「………………………」






 そこで、勇者の表情が死んだ。

 スっと、フラットになる。


 怒りが死んで、その奥にある『響き』が這いあがってくる。


 勇者は、ガキの目をジっと見て、



   ――真摯に――



「だから、『死ね』っつってんじゃねぇか」


 もう、怒らせようとは思っていなかった。

 そんなことは忘れていた。






 だから、

 これは、

 ただの、

 単純な、


 ――いつもの、本音。


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