第12話『衝撃-Impact-』

 数日後の昼。


 一四時をすぎたばかりのだだっ広い空間で、自前の競技用ドライブを構えた二人が激しくぶつかり合っていた。


 二人から数十メートル程離れ、大勢のギャラリーが円を描く。帝英大学魔導戦競技部。その練習場である屋外競技スペースはこの日も賑わいを見せていた。


 ドライブ使用者──ドライバーの片方は高清水たかしみず舞衣。黒のジャージを身にまとい、相棒であるヴィオラを棒術の要領で操っている。


 次々繰り出される素早い攻撃にギャラリーは盛り上がりっぱなしだ。その中には和也と愛里咲ありさの姿もあり、勝負の行方を見守っていた。


「舞衣さん凄いです。前に手合わせしてもらった時も感じましたけど、身体能力が並大抵じゃありません」

「そっか。ガナーズドライブの一件で舞衣と模擬戦やったんだっけ。確かにあいつ、瞬発力と持久力両方持ってるからなぁ。入学したての頃から、魔導戦競技ではかなり目立ってたんだよ」


 そう語る和也の視線の先で、舞衣が力強い横薙ぎを見せた。観戦者がどっと沸く。


「……ちょっと気になってたんですけど、花邑はなむらさんと舞衣さんって以前からのお知り合いなんですか?」

「うん。最初に言葉をかわしたのは、一年時のGW明けくらいだったかな。俺も舞衣も同じ講義を取ってたんだけど――」


 和也は、高清水舞衣との出会いの記憶を思い出す。


 講義で最後列の端に陣取っていたら、ある日舞衣が隣の席に座ったこと。完全に遅刻の時間だったが、講師にバレないようにそろりそろりと部屋に入ってきた様子が面白かったこと。話を聞くと、魔導戦競技の映像を夜通し見ていて気付いたら寝落ちしていたらしいこと。

 今の花邑和也からすると懐かしい記憶だった。


「へぇ。なんだか微笑ましい。舞衣さん、本当に魔導戦競技が好きなんですね。それに引き換え――」

「なんで呆れたような目で俺を見るのかな?」

「いえ。花邑さんが最後列に座っていた理由は、きっとロクでもないものなんだろうなと思っただけです」

「……偏見でものを語るのは、研究者として好ましくないと思うわけなんだけど」

「ではお聞かせいただけますか? 花邑和也さんの立派な理由とやらを」

 

 にやりと笑う天戸あまと愛里咲。


 和也の方を向いたせいで、舞衣が華麗な一撃を決めた瞬間を彼女は見逃した。


「俺も、舞衣と同じようなものだよ。デバイス工学の本を明け方まで読んでて寝不足でね。前の方の席でうとうとするのは気が引けたから」

「うわぁ……」


 愛里咲は露骨に苦々しい顔を見せた。口元がピクピク震えている。


「おかしいな。さっきと反応がまるで違う」

「当たり前です。花邑さんの場合はまるで可愛げがありません。自業自得100%では? なのによく、舞衣さんと同じようなものだと」


 理不尽かつ非情な判断だった。


「大体ですね。後ろの席だったら居眠りをしても良いという考えが――」


 ピーーーーッ!


 愛里咲の言葉を遮り、甲高いホイッスルが鳴り響いた。


「10カウントノックダウン! 勝者、高清水舞衣!」


 一瞬静まり返った世界が、審判の宣言によって盛大に湧き上がった。天戸愛里咲はその様子をぽかんと眺めている。


「あの、花邑さん。もしかして試合、終わっちゃいました?」

「終わっちゃったね。どうやら舞衣の圧勝だったみたいだよ」


 競技スペースの中央には、対戦相手と握手する舞衣の姿がある。引き締まった、それでいて清々しい笑みを浮かべていた。

 一方、苦々しい表情なのは愛里咲だ。


「……花邑さんのせいで、試合をほとんど見られませんでした」

「いくらなんでもひどくないかな!?」


 その後、個人練習を終えた舞衣と合流した和也たちは、三人で研究室へと向かうことにした。


 一番の近道である実験棟の脇を歩きながら、高清水舞衣は大笑いする。


「あはははは! それでさっき、リーサ不機嫌だったんだ。ダメだよカズ、リーサを怒らせたら。あはははははっ!」

「やっぱり俺のせいになるのか……」


 試合中の出来事を話したところ、当然のように悪役にされてしまった。人間社会とは理不尽と不条理で編み上げられている。


 ちなみに。この時の愛里咲はまだ怒っていたのか、それとも怒っている“ポーズ”をしていたのかはわからないが、ツンとした表情で空を見上げながら他二人の少し後ろを歩いていた。


 だからいち早く異変に気付けたのかもしれない。


「……っ! お二人とも伏せてください!」

「えっ?」

「どうしたのリーサ」

「早くっ!!」


 勢い良く地面を蹴り、天戸愛里咲は和也たちとの距離をゼロにする。体当たりのようにして二人を同時に押し倒した。


 いったいなにが起こっているのか、起ころうとしているのか。花邑和也にはまったく理解できていない。脳の処理速度が現実に追いついていないのだ。


 だが次の瞬間、青年は信じがたい光景を目にした。


(巨大な……氷柱?!)


 長さ五メートル程、直径数十センチはあろうかという縦長の氷の塊が、何本も降り注いできている。なぜこんなことになっているのかはわからないが、身の危険が迫っていることだけは直感した。


 隣では高清水舞衣が、同じように唖然とした顔で頭上を見上げている。


(どうする……っ? 舞衣の競技用ドライブなら威力が出るか? いや、いくらなんでもあんなのを相手にするのは……)


 考えている間にも氷柱はどんどん迫ってくる。もはや氷に貫かれるしかないのかと諦めかけたその時だった。


「レイ・ヒートヘイズ!!」


 ドライブなど使わずに。

 たった一言で。

 炎の帯が氷柱を消滅させた。


 花邑和也が熱気を感じる頃には、氷はすべて溶け、蒸発してしまっていた。視界に映るのは、天戸愛里咲の背中だけ。


「…………」

「え……な、なに? なにが起こったわけ?」


 舞衣が口を大きく開け、ぽかんとしているのも無理はないだろう。一瞬のうちに多くのことが起こりすぎた。


「大丈夫ですか? 花邑さん、舞衣さん」


 振り向いた愛里咲は心配げな表情で、しかしどこか硬さもあるように見えた。


「う、うん。ありがとうリーサ」


(確かに炎……だったよな。俺たちが持ってるドライブじゃ絶対に起こせない現象……)


 工業用のドライブでは火や水、電気などを発生させることができるものもあるが、それにしたって小規模な運用が限界だ。さっきのように、巨大な氷を一瞬で溶かすなどという芸当は不可能なはずだった。


 もしそんなことを可能にできるとしたら――。


(いや、まさか……)


 浮かびかけた答えを振り払うように、和也は勢い良く立ち上がった。

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