第6話『起動-Start Up-』

 ガナースドライブの試作機製作において、設計が重要なのは言うまでもない。つまり花邑はなむら和也の力が必要不可欠ではあるのだが、その設計の下地となるのが何度も繰り返される実験。それがなければ机上の空論となってしまうのだ。


「花邑さん、新しいデータが取れました」

「ちょうど届いたよ。今解析にかけてる。……うん、もうちょっと調整した方がいいかな。まだエネルギー出力の幅が大きいから」

「……前から思っていましたが、それだけのデータ量をよく瞬時に把握できますね。私は目で追うことすら難しいです」


 驚き半分呆れ半分といったふうに天戸あまと愛里咲ありさが零す。……いや、呆れが8割くらいかもしれない。


「いったいどのような思考回路をしているのやら」

「ははは……褒め言葉として受け取っておこうかな。…………ん、解析が完了したみたいだね。今日もデータ提供ありがとう」

「いえ。私はただ、私にできることを……」


 裏表ない和也の笑みに愛里咲は少し逡巡し、そして言葉を投げかける。


「……あの、花邑さん。今時間ありますか?」

「ん? まあ、きりのいいところだから、あると言えばあるけど。どうしたの?」

「少し付き合ってもらいたい所があるんです」


 愛里咲が研究室の先輩を連れてきたのは、大学から程近い場所にある小さな公園だった。夕焼けに照らされ、木々が橙に色付いている。


 東屋のベンチに座った愛里咲はしばらくそんな風景を眺め、和也は隣で彼女の言葉を待っていた。


「……私、とよくここに来るんです」


 ぽつりと紡がれた一言に、横を向く和也。


「天戸さんが行き詰まってるところ、見たことないけど。実験も研究もスムーズにこなしてるし……いや、俺が知らないだけか」

「その行き詰まるではありません。もちろん、そういう時もないわけではありませんが」


 後輩の迂遠な物言いに、和也はその真意を計りかねているようだ。首を傾げた彼を見て、愛里咲が言葉を重ねる。


「息が詰まる、もしくは生きるのに詰まる。そんな意味です」

「ああ、そういう」


 彼女の場合生き詰まると言うより生き辛いではないかといった思いを、和也は胸にしまっておいた。


「私としては、花邑さんの方が余程そんな思いをしているのではと思うわけですが」

「どうだろうね。自分は自分らしくやってるつもりだよ」

「本当ですか?」


 愛里咲は心底怪訝そうな顔を和也に向けた。

 彼女にとって、和也の物言いや態度は納得できるものではないようだ。


「何度でも言いますが、あなたは一人で抱え込みすぎです。たとえそれが自分で解決すべき問題であったとしても」

「天戸さん……」

「確かに私は、ガナースドライブの設計には直接関与できません。ですが、実験データは提供できます。それでも……それでも私は……!」


 愛里咲が珍しく声を荒げた時、公園内に穏やかな曲が流れ始めた。近くに設置された防災無線からだ。


 先に反応したのは和也である。


「これって……」

「花邑さん、知っているんですか?」

「うん。研究室からもかすかに聞こえるからね。『夕焼け小焼け』……いつもこの時間に流れてて……いづみさんがお酒を買いに行く合図になってるんだ」

「あの方は本当にもう……」


 愛里咲が大きくため息をつく。彼女はいつも早めに研究室を後にするため、いづみの痴態を知らないのであった。


 ……知らない方が幸せのままいられたかもしれない。


「でもそうなんですね。花邑さんもこの曲を聞いていたなんて」

「耳に届いていただけだけどね。俺がいづみさんの研究室に配属になってからは、休憩のある意味スイッチになってたかも」

「そろそろ怒ってもいいのでは?」


 言葉のトゲトゲしさに反して、愛里咲は笑みを浮かべていた。先輩の苦労を慮っているのかもしれない。


「その……本当に心配しているんですよ? 昨夜も遅くまで設計されていたようですし。花邑さんは私にできないことを……花邑さんにしかできないことをされていますから、倒れられると困るんです」

「ありがとう。あまり後輩に心配かけたら駄目だね」


 ただ、と、夕焼けに染まる空を見つめながら和也は続ける。


「俺としては、自分のやりたいことをやらせてもらってるだけ、って感覚なんだよ」

「だけって、そんな……」

「それだけでもありがたいのに、作ったドライブを天戸さんが相棒みたいに使ってくれる……こんなに嬉しいことはないよ」

「……っ!」


 予想していなかった言葉だったのだろう、愛里咲は一瞬で赤面し、顔を反らした。幸い、オレンジ色の光が頬の赤さを覆い隠している。


「天戸さん?」

「な、なんでもありません! とにかく、花邑さんは体に気をつけてください! ただでさえ、私たちの研究室は人が少ないんですから」

「少数精鋭だっていづみさんは言ってるね。俺と舞が仮配属になる直前までもう一人いたらしいけど、他の研究室に移ったらしいんだ」

「そうなのですか? 初めて聞きました」


 研究室の転属自体は珍しいことではない。他に学びたい事柄が見つかった場合や、人間関係で折り合いがつかないなど、理由は様々だ。


「確か、天戸さんと同じく飛び級で配属になった人らしいよ。外国からの留学生みたいだけど、そう言えば名前とかは俺も知らないな」

「その方がまだ所属していたら、ガナースドライブの研究も少し楽になったでしょうか」

「かもね。いづみさんは、研究成果を他所に横取りされたって嘆いてたっけ」


 優秀な学生の引き抜きとなれば好ましい事態ではないが、いづみは転属理由を和也たちに明かしていない。単に、その人物の個人的な事情だったのだろう。


「まあ、ないものねだりをしても仕方ありませんから、私たちでできることを最大限やりましょう」

「うん。気分転換もできたし、そろそろ研究室に戻ろう。わざわざ連れ出してくれてありがとうね」

「い、いえ……」


 ストレートな物言いに再び顔を赤らめながら、愛里咲はベンチを立つ。まったくもうと呟いた言葉は、和也の耳には届いていなかった。


 ──研究室の皆がそれぞれの力を尽くし、実験当日の朝というギリギリのタイミングでガナーズドライブの調整は完了した。


 昼過ぎから行われる運用実験には、防衛省魔導技術局長である米澤東光とうこうも同席し、いづみや和也とともに結果を見届けることになった。


 ちなみに、前回遅刻をした高清水たかしみず舞衣の姿もちゃんとある。


「舞衣、大丈夫? 顔がこわばってるけど」

「そういうカズだって雰囲気違うじゃん」

「いや、さすがに疲労がね……でも、うん。しっかり見守らないと」


 妙な緊張感の中でスタートした実験はというと、見事としか言い表せないものだった。


「ガナーズドライブ、出力レベル――サード!」


 前回の実験では動作が安定しなかった、サードレベルでの運用。


 しかし今回は出力が落ちることなく、ドライブが持つ本来の力が遺憾なく発揮された。


「せぇい! やっ! はああああぁぁぁっ!!」


 使用者である愛里咲は愛里咲で一層切れのある動きを披露し、米澤たちを驚かせた。

 競技試合に出ればいいのに、とは部活で魔導戦競技をやっている舞衣の感想である。


 (舞衣さんとの模擬戦でデータを取って、花邑さんが設計してくれたこのドライブ。なら私は……ただその性能を引き出す“だけ”!)


 今回の運用実験では、人型模型の動きが普段よりもスピードアップしている。より実戦を意識した仕様ということだ。時に囲まれ時に距離を取られる状況を、しかし愛里咲は物ともしない。


 「次です! やあああああああぁぁぁぁっ!」


 淀みのない腕の振りによって放たれた衝撃波が、十メートルほど先にある多数の人型を斬り伏せる。返す刃でさらに数体。次々と、人型の山が築かれていった──


 結果、ガナーズドライブ試作一号機は、時間いっぱいまで安定した挙動を披露した。無事に実験は終了。試作機のデータを元に、メーカーが実働実機を製作する運びとなった。


 追い込まれた状況からの逆転劇を決めたわけで、米澤らお偉方が帰った後の実験室内は大騒ぎだった。


「良かったー! 本当に良かったよ! あとリーサめちゃくちゃカッコ良かったー!」

「あ、ありがとうございます舞衣さん。ただ、あまり強く抱きつかれると……その、ちょっと苦しいです……」

「なあ。そろそろ祝杯を上げに研究室に帰っていいかな?」

「いづみさんはもう少し余韻に浸ったらどうですか」

「杯を傾けながら浸るのが最高なんじゃないか、わかっていないなぁ花邑は」


 舞衣もそうだが、いづみのテンションがいつにも増しておかしかった。けれど、たまにはこういう雰囲気も良いかもしれないと和也は思う。


 なにせ研究室一丸となって掴みとった勝利なのだ。


「戻りますか、俺たちの場所に」


 今日から暫くは泊まりこむ必要もないだろう場所。

 なんだか少し寂しいような、物足りないような気分になる和也だった。

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