第5話『武器を持たぬが故に』


 愛里咲ありさと舞衣が模擬戦を繰り広げていた頃、飛良ひら研究室ではいづみと和也が言葉を交わしていた。

 いづみは米澤東光とうこうとの会食を終え、帰ってきたばかり。酒が入っているのは確かだが、酔いが回っているようには見えなかった。


「すまないね、花邑。実験までの日数を延ばせないか酒の席で談判してみたんだが、さらっと一蹴されてしまった」

「いえ、大丈夫ですよ。なんとかしてみせます」


 飲兵衛がさり気なく放った「酒の席」という言葉に、和也はツッコまなかった。たとえ会食の名目であったとしても、飛良いづみにとっては飲みの場なのである。


「こうやって魔導科学を研究する場所を与えてくれただけで、いづみさんには感謝してますから。恩返しのつもりで頑張りますよ」

「恩……か。なあ花邑。君ならおそらく気付いていると思うが、ガナーズドライブには既存のデバイスとは異なる目的が存在している。決して公にはされていない、ある目的がね」

「魔導科学技術の軍事転用、ですか?」

「ああ。これまでもたとえば自衛隊に技術を提供したことは何度もあるが、今回は趣が違う。初めから戦いを意識したドライブというわけなんだよ」


 『軍事転用』、『戦い』――いづみの指摘どおり、花邑はなむら和也は薄々感づいていた。

 魔導科学の研究がスタートして五十年余り。未知の技術は今や最新鋭となり、各国との取引材料としても有効に使用されている。


 大きな“力”が身を守るために、そして他者を制圧するために運用されるのは必然。そしてその最たるものが武力というわけだった。


「五十年前の悲劇と屈辱をもう一度味わわないため、という名目もありますよね、多分」

「そうだなぁ。元々、ブラウグラーナの『魔法』に対抗するために研究が始められたからね。おおっぴらに軍備拡張とは宣言できないが、大義名分としては間違っていない、というところかな」


 自らの研究が戦いの道具として使われることに、花邑和也としては複雑な思いがないわけではない。いやむしろ思うところは多い。


 好きな研究に打ち込み、魔導科学の技術を追求したい──単純なその願いはしかし、青年一人だけのものではなくなりつつあった。


 能力があるが故に最高の環境が用意され、思う存分やりたいことができる。だが、同時に研究成果は大勢の見知らぬ誰かに利用されてしまう。


 自分一人の思惑だけで生きていけるほど、世の中は寛大ではないのだった。


「ガナーズドライブの件は、国のお偉いさんも随分注目しているようでね。試作機とはいえ設計を担当する花邑和也の名前も、だいぶ知れ渡っていると聞くよ。君にとっては嬉しいことはどうかわからないが」

「……正直、純粋に研究に没頭させてほしいというのはあります。でも、仕方のないことなのかなと思っているので。俺一人で今の成果を出せたわけではないですし。勿論、個人的にはいづみさんと舞衣、それから天戸さんへの感謝の方がずっと大きいですけどね」


 顔も知らぬ政府の人間より、身近な仲間の存在が嬉しい。和也はそう考えていた。


天戸あまとも、同じように感じてくれていれば良いんだが」

「いづみさん?」

「いやなに。個性派揃いの研究室だからね、新人が上手く溶け込んでくれるか、担当教官としては気にかかるんだよ」


 あなたが最も個性派では? という言葉はどうにか飲み込んだ。

 今更である。


「あ、そうだ。ガナーズドライブ絡みが一段落ついたら、天戸の歓迎会を開かないとなぁ。諸々忙しくて、まだやっていなかったろう?」

「またいづみさんは……。歓迎会にかこつけて飲みたいだけですよね?」

「飲みたいだけだが?」

「……」


 欲望に抗おうとしない人だった。

 そんな他愛ない話をしていると、突如研究室のドアが開け放たれた。肩で息をしながら入ってきたのは――


「天戸さん?」

「はぁ、はぁ……花邑、さん……出力低下の、原因……わかったかもしれません……!」

「ほ、本当に?!」

「はいっ……舞衣さんとの実験で……はぁ、はぁ……一つわかったことがあって……」

「と、とにかく落ち着いて。ええとコーヒーでも飲んで――」

「いえ、水でいいです……」


 酒だらけの冷蔵庫から発掘したミネラルウォーターをあおると、愛里咲の呼吸は次第に整っていった。


 彼女が話してくれた内容は花邑和也にとって盲点とも言えるものだった。


「──うん、舞衣から届いたデータも確認したけど、確かにエネルギー量が安定してる瞬間があった。ちょうどそのときにレベルサードの運用ができてたみたいだね」


 カタカタとキーボードを鳴らしながら、和也はいくつものデータを同時に読み取っていく。情報処理能力の高さも、彼を一介の学生にして優秀な研究者足らしめている要因の一つだった。


「あの試作機には、使用者の力を最大限増幅させるための機構を備えているんだけど、それが仇になってたのか……ちょっと感度良すぎなのかな」

「どうにかなりそうですか?」

「どうにかするよ。原因さえ見当がつけば、あとは設計屋の本分だから。天戸さんが思う存分こいつを使えるように、絶対間に合わせてみせる。それが俺の役目だしね」

「そ、そうですか」


 和也の真剣な眼差しに、照れたように顔を背ける愛里咲だった。


「言っておきますけど、根を詰めすぎないでくださいね。ここ花邑さんに倒れられたら、元も子もないんですから」

「んー……善処する、とだけ言っておこうかな」

「ちょっと花邑さん!」

「はっはっは。本当にここの研究生は優秀な者たちばかりだな。よし、データの詳細な解析はこちらが引き受けよう。総力戦だ」


 いづみがそう宣言し、長い一週間が改めてスタートした。


「ではいづみさん、とりあえず今晩はここに泊まるので」

「ああ。鍵はいつもどおり自由に使ってくれ」

「花邑さん! なにナチュラルに無茶しようとしているんですか! それにいつもどおりって普段からこんなこと…………って、ちょっと聞いてますか!?」


 ──とにもかくにも、長い一週間がスタートしたのである。

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