第4話『それぞれに出来ること』
夜の実験室に二人分の影があった。
ガナーズドライブの設計は和也の担当。ならば自分にできることはなんだろうかと考え、愛里咲が起動&使用実験を始めたのが発端である。
そこに、「一人より二人」だと舞衣が参加したことで、サシでの勝負と相成ったわけだ。
「すみません舞衣さん。遅くまでお付き合いしていただいて」
「いーのいーの。リーサとは一度手合わせしてみたかったし。『ヴィオラ』も、たまには部活以外でちゃんと使ってあげたいしね」
言いながら、長大な棒形デバイスをぽんぽんと叩く舞衣。一六〇センチはあろうかという紫紺の棒は、舞衣が以前から個人使用しているドライブだった。
見るからに攻撃性能に長けた愛機で、魔導戦競技の大会では好成績を残しているらしい。自らの身長程もある棒を操るあたり、彼女の運動能力は並ではない。
しかし、対峙する愛里咲が食いついたのはそこではなく──
「『ヴィオラ』って、そのドライブのことですよね。名前付けてるんですか?」
「うん。リーサは付けてないの?」
「ないですね。特に必要性を感じていなくて。普段使用している別のドライブも、名無しのままです」
ドライブに名前を付ける行為は、実はさほど珍しくはない。日々の生活に欠かせない存在になりつつあることから、共にすごす時間が自ずと増え、愛着が湧くのが一番の理由だと言われている。
近い将来人工知能を搭載したドライブが開発されるとの噂もあり、実現すれば意思疎通のために名前は必須になることだろう。
「舞衣さん、そのデバイスとは長いんですか?」
「んー、もう六年以上だから長い方かな。魔導戦競技を本格的に始めてからの付き合い」
舞衣は、慈しむような視線をヴィオラに向けた。手に入れた当初は常時この姿のままで正真正銘の棒だったが、幾多の改良を加えられ、ボールペン程の小ささまで縮小可能になっている。
「紫色だから『ヴィオラ』なんて簡単な名前にしちゃったけど……そっか、気付けば結構な時間一緒に過ごしてきたんだ。もはや『ヴィオラ』以外で呼ぶのはありえないね! リーサも、もしその新しいドライブが自分のものになったら、名前付けてみると良いかもよ?」
「ふふっ。あくまで試作機ですからどうでしょう」
薄く笑いながら、愛里咲は舞衣のことを羨ましく思っていた。
ドライブに愛着を持つ、純粋な眼差しを向ける。それが今の自分に果たしてできるのだろうか。目の前の先輩が放つ光が、天戸愛里咲には眩しく感じられた。
「っと、ごめんごめん。話し込んじゃったね。続き、しよっか」
ヴィオラを持つ手に力を入れた舞衣に応じ、愛里咲も自身の刀型ドライブを八双に構えた。
刹那、和やかな雰囲気は消え去り、肌を刺す緊張感が実験室を満たしていく。
二人のドライブ使用者――ドライバーが互いに間合いを測る。
一歩、いや半歩。時に近づき時に離れ、タイミングを伺うドライバーたち。
じりじりとした時が流れていく中、先に動いたのは愛里咲だった。鋭い踏み込みで一気に距離を詰め、ドライブを振り下ろす。
舞衣がヴィオラを合わせると、ガッキィン! と甲高い金属音が響き渡った。愛里咲のドライブはもとより、魔導戦競技での使用を視野に入れているヴィオラも、直接打撃に耐えうる作りになっている。折れも削れもせず、二本の得物は互いに距離を取った。
「もっと接近戦にこだわってくるかと思ったけど、ちょっと意外だねー」
「舞衣さんの捌き方の上手さは、さっきまでで痛いくらいわかりましたから。それに、今回の目的はあくまで、高出力でドライブを運用すること。離れていた方が良いデータが取れるはずです――!」
言い終わるやいなや、刀使いが駆けた。得物を下段に構えながら、棒使いから見て左の方向へ走っていく。
「勝負自体も楽しみたいけど、でもそうだよね。これは実験」
舞衣はその場から移動する素振りは見せず、片足をすっと後ろに引いた。この後飛んでくるであろう衝撃を受けきる構えだ。
「――なら、全身全霊で協力しないとだね!」
「ありがとうございます、舞衣さん。私も全力でいきます!」
二人とも、清々しい笑みだった。
「出力レベル、サード!」
使用者の叫びに呼応し、ガナーズドライブが光を放つ。エネルギー出力が一気に上がり、現状の最大値へと近付いていく。
銀色の刀身を覆い隠すように広がる、白い光。ここまでは順調だ。
両者に五メートル程の距離が空いた時、愛里咲が急制動を掛けた。体勢を崩すことなく、ドライブを振り上げる。
「せやああああぁぁぁぁぁっ!!」
「……っ!」
舞衣は両足に力を入れた。襲い来るはずの衝撃波に備えて。だが――
しゅうぅぅ、と光は収束。
「あっ……」
届いたのは天戸愛里咲の小さな呟きだった。たった一言。いや、言葉にすらなっていないその声が、彼女の落胆っぷりを表している。
「……やっぱり、上手くいきませんでした」
「最後の最後でっていうのが悔しいよね。ホント、なにが原因なんだろう」
身体から力を抜いた舞衣も、頭を抱える。実験室を訪れてから何度も手合わせをしているが、結果は同じ。最大出力を維持することができないのだ。
「ドライブの振るい方を変えてみてるんですけど、効果はないようですね」
上段からの袈裟懸けに始まり、横薙ぎ、そして今の逆袈裟。どのような形を試しても、レベルサードの衝撃波を放つことができずにいた。
「問題の大部分は、ドライブの使用方法にあるはずなんです。私が解決策を見つけないといけないのに」
「リーサ……」
肩より少し長い黒髪が重々しく見える程に、愛里咲は硬い雰囲気を
うなだれる後輩に近づいていくと、その両肩に手を乗せる舞衣。愛里咲が意図を測りかねていると、明るさが取り柄の先輩は両の手にぐいと力を込めた。
「ひゃあぁっ!?」
「ほらほら~、ちょっと力入りすぎだよ? もっとリラックスして~」
向かい合いながら肩を揉まれ、愛里咲は身をよじろうとする。しかし逃さない舞衣。ニヤニヤと笑いながら手を動かし続ける。
「リーサは責任感じすぎだと思うんだよねー。背負わなくていい物まで背負っちゃってる気がして、お姉さんは心配だよ」
「なっ、いきなりなにを……んんっ、言うんですか……っ! 私はそんな、んく……つもりは、全然……!」
愛里咲は甘い吐息を交えながら反論する。そんな彼女を見つめる自称姉の瞳には、相変わらず笑みが浮かび。けれどその奥には真剣さが腰を下ろしていた。
肩揉みを止めると、舞衣は優しげな口調で語りかける。
「集中するのと躍起になるのは別。今のリーサは、ほっといたら泥沼にハマっちゃうように見えるんだよ」
「舞衣さん……」
「焦る気持ちはよーくわかるよ? あたしも、早くいい結果がほしい。っていうか、ガナーズドライブの研究で一番役に立ってないのは、あたしだと思うし」
苦笑いを浮かべる舞衣。
ガナーズドライブへの適性を見出され、飛び級よろしく研究室へ配属となった天戸愛里咲。理論分野で将来を渇望され、設計を任されている
「で、でも、舞衣さんがこうして手合わせをしてくれなければ、より実戦的なデータは取れてないわけですし」
「ありがと。少しでも役に立ててるなら嬉しいよ。でもつまりさ、そーいうことなんだよ、リーサ」
ビシリ、と。愛里咲の額に人差し指を突きつける舞衣。
「よく意味がわからないのですが……」
「あたしだけじゃない。リーサだけでもない。研究室のみんなが今、ガナーズドライブっていうおっきな物と向き合ってる。違うかな?」
「それは……はい、確かに」
「だったら、なにか上手くいかないのも一人だけの責任じゃないと思うんだよ、あたしは。勿論、周りに責任転嫁していいっていうんじゃないよ? そうじゃなくて、一つの問題をみんなで考えたら、自分以外の誰かが答えを見つけてくれるときもあるかなって」
「──今回の試作機は自信があると、花邑さんが言ってました。あの方の設計技術は素晴らしいです。だから、その言葉を信じたいって、そう……思っていたんです」
「なーるほど。だから問題があるなら使用方法の方に、って考えてたんだ。ははっ……あははははっ」
「ど、どうして笑うんですか」
「いや、だっておかしくって。リーサとカズ、どっか相性悪いなーって思って見てたんだけど、リーサはちゃんと認めてたんだ、あいつの力」
「そ、それは、まあ……花邑さんが作られたドライブは使いやすいですし、技術的な部分に関しては、私よりずっと優秀だと……」
照れているのか、愛里咲は頬を赤く染めた。視線を逸らしながら、ドライブを握る手に力を込める。
「『ガナーズドライブ』、出力レベル――ファースト」
淡い光が柄の部分から生まれ、刀身を覆うように広がっていく。
声紋認証。使用者のバイタルを感知し、核であるマテリアルから本体へエネルギーを供給。機構自体は旧来のドライブを元にしているが、ガナーズドライブは使用者との親和性を格段に高める作りになっていた。
より強烈な効果を、よりスムーズに引き出す。米澤東光をはじめ政府関係者も注目する技術開発を、一介の学生である花邑和也がやり遂げようとしていた。
「出力レベルセカンド」
静かな声に反応したガナーズドライブ試作機は、さらなる魔導エネルギーを発生させる。
ここまでは問題がない。
「じゃああたしも」
実戦形式の相手としての役割を果たすため、舞衣は愛里咲から距離を取ると自らのドライブに命じる。
「『ヴィオラ』――スタートアップ!」
紫紺の棒を包むのはこちらも真っ白な光。実験室をまばゆく照らす。
同時に、ヴィオラの使い手の顔に笑みが浮かんだ。
「リーサが信じてる“その子”の力、もう一回あたしに見せてよ」
「はい。存分に!」
言うやいなや、愛里咲は一歩踏み込んだ。床に力強い振動が伝わる。
半身の状態でドライブの刀身を寝かせ。腰の回転を最大限に使い横薙ぎに振るった。
「やああああぁぁっ!!」
刹那。ぶぉん! と空気を振動させながら、見えない波動が放たれた。
迫り来る衝撃を肌で感じながら、舞衣は斜め後方へとジャンプする。次の瞬間、彼女がいた場所を空気の塊が通りすぎていった。
「危ない危ない。まともに食らっちゃったら、間違いなく吹っ飛ぶねー。これでレベルセカンドって、恐ろしいよ」
「さらにいきます! 出力レベルサード!」
淀みなく紡がれた言葉。
それはおそらく、今まで天戸愛里咲が発した中で最も無意識な、レベルサード解放宣言であった。
「よーし、バッチコーイ!」
愛里咲が先程と同じように半身になったのに対し、舞衣はなぜかヴィオラを顔の位置に構えた。まるでバッターボックスで投球を待つ打者のように。
「なぜ野球なのかわかりませんが……怪我をしないように気をつけてください!」
身体全体を使ったダイナミックなフォーム、ではなく回転動作で、天戸愛里咲がドライブを横に薙いだ。
設計上最も威力のある衝撃波が飛び出していく。
バッター高清水はそれを直前まで引きつけ、引きつけ。そして、
「せりゃああああああああああぁぁぁぁっっ!!」
豪快にフルスイングした。
「えっ? きゃああぁっ!?」
見事な当たりだった。そうとしか表現のしようがなかった。
ヴィオラによって打ち返された衝撃波は、発生源を鋭いライナーで襲う。愛里咲はドライブの刀身を盾にするが、威力に負けて後方へ吹き飛ばされた。
ドォン! と鈍い残響が広がる中、宙返りの要領でかろうじて床に着地。もし、自ら後ろへ飛んで衝撃を散らしていなければ、壁に激突していたところだろう。
「っはぁ、はぁ……驚きました。まさか、あそこまで綺麗に返されるとは」
「あはは。あたしもちょっとびっくり。上手くいきすぎだなーって。でも、もっと驚きなことがあったよ」
「えっ? いったいどんな……」
「レベルサード。ちゃんと使えてるでしょ?」
舞衣の言葉にはっとし、愛里咲はドライブに目をやった。
「ほ、本当です。エネルギー出力安定……止まって、ない」
「やっぱり気付いてなかったんだ。もしかして、って思ってたんだけど」
「さっきは無意識と言いますか、舞衣さんに乗せられてしまったと言いますか……。とにかく、自分でもよくわらかないうちに出力レベルを上げてた気がします」
いまだ信じられないといった瞳で、愛里咲はドライブを見つめている。
「あたし、ちょっと思ったんだけど。そのへんが原因だったりしないかな。必要以上に意識しちゃうとダメとか」
「可能性はあります。ガナーズドライブは、従来のドライブより繊細な機構になっているみたいですから。はぁ……どうして今まで思い至らなかったんでしょう」
「あははっ。知らず知らず力が入りすぎてたのかもねー。カズの前で、あいつの研究成果を形にしようって」
「なんだかそれは不本意です」
頬を膨らませる愛里咲。しかしそんな彼女にニヤニヤ顔の先輩が追い打ちをかける。
「いやー、真面目な後輩が入ってきてくれて、お姉さんは嬉しいよー。カズも研究には熱心だし、実は良いコンビだったのかな、リーサたち」
「か、からかわないでくださいっ! もう一発お見舞いしますよ!」
真面目な後輩がガナーズドライブを上段に構えた。そのまま振り下ろせば、高威力の衝撃波が舞衣へと一直線。のはずだった。
「あれ……? ドライブの出力が……」
刀身を覆っていたまばゆい光が、見る見るうちに弱くなっていく。わずか数秒のうちに、ガナーズドライブは沈黙してしまった。
「あらら。また力入っちゃったのかな。随分ピーキーだねー」
「そ、そんな……」
がっくりと肩を落とした愛里咲だったが、すぐに真剣な表情になる。
「とにかく、このことを花邑さんに伝えてきます! まだ研究室にいますよね?」
「多分ね。一応カズにメッセージ送っとくよ。リーサがそっち行くって」
「ありがとうございます!」
舞衣の言葉に頭を下げると、愛里咲は一目散に実験室を飛び出していった。
激しく開け閉めされたドアを見やりながら舞衣は、
「どうせ気付かないんだろうなー、あいつ」
目を伏せ、苦笑を浮かべていた。
「あっ、実験データ書き出してないじゃん。リーサが着くまでに間に合うかな」
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