第7話 いなくなれ、ピンク色
翌日の昼。俺と依与吏は二人で駅前のマックにいた。
「珍しいじゃん。武蔵が俺とサシで話したいなんて」
「そうだね」
にこやかに笑う。これからする話はにこやかなものじゃないのに。
「彼女とはうまくいってる?」
まずは世間話から。鉄オタに限らず大抵のオタクは単刀直入に本題から入ろうとするけど、会話っていうのはキャッチボールでこうして最近の話題とかおもしろ話からするものだ。いきなり全力で本命のボールは投げない。
「ん? お前に会ったあと早速ヤッたよ?」
自慢げで、それでいてどこか人懐っこい表情をして見せる。
(手早ッ!)
いや依与吏のことだからヤるとは思ってたけど……
「はえーな」
苦笑いしてポテトを食べる。これだから男子高校生は性欲ばっかとか言われるんだろうな。いや、俺もその一員かもしれないけど。
「いやー、あいつ可愛いけど胸は物足りないよな。まぁ、後ろからだと気にならないけど」
むしろ巨乳とヤると胸が揺れて肩がこるとか言い出すんだよなー。ジュースを飲む。
「あっ、巨乳と言えば昨日なんで桜と一緒に居たんだ?」
巨乳=桜という認識なのか。依与吏にとっては。
「あー……」
「あいつ年上で巨乳だしむっちりしててヤりがいあるけど、女としては最悪だぞ? メンヘラだし、ラインとか朝から晩までくるし……セフレが欲しくなったのか?」
「いや、そうじゃないけど……」
ここまで来ると真面目に桜が最悪な女だということが面倒なので、依与吏に全部話した。
「へぇー……」
ハンバーガーを食べながら俺の話を聞いた依与吏はしばらく考えてから
「まぁ、そんな女だと思ってたけど男から金奪うようなマネは気に食わねーな」
「最悪だよな。桜の奴」
流れに身を任せて便乗する。
けど、それが依与吏の嫌なところを見る羽目になってしまった。
「女って言うのは男に奪われる側だろ? 俺に貢いでたとしても他の男から奪ってるのは気に食わない」
「はははっ」
なんとか笑ったけど、時代錯誤もはなただしい超理論だった。これをフェミニストが、いや女子が聞いたら怒り狂って暴れだすだろう。まぁ、間違っても女子の前では口にしないだろうけど。
「女子が搾取する側にいるのは嫌?」
「嫌だね」
ジュースに残っている氷をバリバリと噛み砕く。
きっと、面倒な家庭環境が依与吏のこうした偏った価値観を作りあげているのだろう。
「そうだ! なぁ、武蔵。桜の奴を連れて来ることはできるか?」
「いま?」
「あぁ。これからさ、あいつと遊ぶ予定なの」
あいつとは依与吏の彼女の清楚系ギャルのことだろう。
「そこでさ、武蔵が桜のことばらすじゃん? そしたらあいつが俺にそんな汚い金で色々してたのかって怒るじゃん? 俺が桜のことを許すじゃん? そしたらあいつは俺にさらに惚れるじゃん」
どうよとドヤ顔するが、やろうとしていることは中々最悪だ。
「実はさー一発ヤッたはいいんだけど、手出すの早いとかちょっと不服っぽいんだよね。あいつ。だからここらで評価あげておきたいの」
「……いいんじゃない?」
「だよなー俺ってばすごい名案思いついてるじゃん!」
それじゃさっそく桜に連絡! と俺に催促してきたので桜にラインを送る。
『やっほー。突然だけど駅前のマックこれる?』
俺は桜の従者のことを愚者なんて馬鹿にした。
『いいよ! 武蔵君から誘ってくれるなんて嬉しい!』
可愛い鼠の国のキャラのスタンプ。
(愚かなのは俺か……)
「まぁ、武蔵のことも悪いようにはしないって」
依与吏に背中を叩かれる。それは励ましなのか、感謝なのか、免罪符なのか、一体なんなのかわからなかった。
そこからのことは正直話したくない。
三十分後には清楚系ギャルがやってきて、依与吏との惚気話を聞かされた。これはまだいい。この二人の事情と痴情は心底どうでもよかったけど、これからリア充として生きていくならいくらでも聞かされる。練習だと思えば苦ではなかった。
問題はその後だ。
そこからさらに三十分後にやってきた桜は俺の姿に微笑みを浮かべた後、顔を一瞬にして青くした。
四人がけの席に役者がそろった瞬間から始まる喜劇的悲劇。
俺から聞いた桜の黒い噂。桜が依与吏の気を引くために鉄研の部員から金を巻き上げていた。その金を依与吏に渡して寝るように強要した……事実をねつ造して、ただ自分が有利になるように言葉を並べて桜のことを罵った。
桜の表情は――見れなかった。見る権利なんてなかった。
「つまりアンタはカツアゲした金で依与吏の気を引いたわけ?」
清楚系ギャルが冷たく問う。
「…………」
「なんとか言えよ! この年増メンヘラ女!」
冷たいオレンジジュースがフェミニンな桜の私服を濡らす。周りの客がどっと沸く。
「依与吏のことたぶらかして! 絶対に許さない!」
清楚系ギャルが店を飛び出していく。
「悪いな」
依与吏が耳元でささやいて清楚系ギャルを追う。
「…………」
「桜……」
ハンカチを取り出して彼女に渡したが、振り払われる。床にこぼれたオレンジジュースに紺色の布が沈没する。
「……っ」
桜は唇を噛みしめて、憐れむような客の目線から逃れるように店を出た。仕方なく桜の後を追う。
顔を一切あげないまま、桜はフラフラと歩き続けた。俺は三メートルの距離を開けて柑橘の香りを追う。流石にこのまま放りだすのは気が引けた。嫌いな女子でもあんな光景を見て、そのまま一人で帰れなんてできるわけがなかった。
どこまで歩いただろう。桜はとある建物の前で止まった。
そこはわかばが俺に見せたくれた写真でも見た――高校生でもなんなく利用できるホテルだった。
生気のない人形の瞳が俺を射る。
「お金……出して……」
「え……」
「それくらいいいでしょ?」
シャワー浴びたいの。桜のその言葉は俺に四千円を出させるにはあまりにも効果てきめんだった。
受付で鍵を貰う。402と書かれたそれを見た桜は何も言わずにエレベーターに乗り込んだ。ついてこいということか、閉まりかけのエレベーターに飛び乗る。
四階につき鍵を渡す。しかし、桜は顔を伏せたままで動こうとしない。しかたなく自分で鍵を開け、中に桜を導く。
「じゃ、俺は行くから」
罪悪感と、嫌いな奴が傷つく姿を見て喜んでいる自分。そんな二律背反に吐き気を感じながら桜に背を向けた。
瞬間、ベッドに押し倒されて舌をねじ込まれた。
オレンジと桜本来の香りと――甘ったるい性欲の匂いに脳が壊れそうだった。口内を蹂躙され、抵抗なんて忘れた俺はされるがままにされる。
どれくらいの時間が経っただろう。ようやく唇を話した桜は前髪で表情を隠したまま、震える声を絞り出す。
「責任……とってよ……」
「責任……?」
「私を傷つけた責任! とってよ! ねぇ!」
胸倉を掴まれてぐっと引き上げられる。
桜の顔はボロボロだった。
「どうしてよ! どうしてこんなに私を傷つけるの! 男にちやほやされるのは駄目なの!? 貢がせるのは間違っているの!? そのお金を大好きな人に渡すのは悪いことなの!? 嫌いな女の子にならこんな残酷なことしていいの!? 失恋して充分傷ついている女の子をもっと傷つけてもいいの!?」
教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて教えて――教えてよ!
「…………」
言葉が、出てこない。
「せめて気持ちよくしてよ! 慰めてよ! つらいことわすれさせてよ!」
桜が小さくてぷよぷよした手で自らの服を引きちぎるように脱ぎ始める。レースの着いたブラウスのボタンが飛ぶ勢いで外し、スカートを脱ぐときには端の方を思いっきり踏んでいた。そんなことを気にもせずに桜は下着になり、左の肩紐が外れた状態のキャミソールとよれよれの黒いショーツが露わになる。
そして再び俺に襲いかかろうとする――
「……ごめん」
桜のことをひらりとかわし、部屋を飛び出した。
中から響く獣のような鳴き声は聞こえないふりをした。
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