第4話 横瀬武蔵はフェイクを見抜く
そんな俺と桜のやりとりを粘着質で気持ち悪い男の嫉妬が混ざった瞳で見て来るやつらがいた。ガリガリ、デブ、キャラTシャツという姫の従者たちだ。
彼らは俺にすっかり桜の隣と言うポジションを奪われてしまい、部室に来てもこうして俺を睨んでくるばかりだった。恨まれるのは承知だったけど、あんまりいい気分はしない。
部長はというと時折訪れる普通の鉄オタ(外見的・人格的に)と文化祭で出す機関誌について話し合ったり、合宿の相談をしたり、撮影の相談をしたりしていた。真面目に部活動している中で、俺や桜そしてその取り巻きがここに居ることが彼らの邪魔をしているようでなんだか申し訳なかった。とはいえ、時折部長たちからここにいなければ聞けないような情報を聞くことができた。日本の鉄道を扱った貴重な海外の雑誌が古本屋にあったとか、本来なら六ケタ単位で売られているHOゲージが死後の整理の関係で五万円で売っているガレージショップのこととか、ko線の特殊な運用とか……そんな情報はわかばを満足させるみたいで「なるほど……あの時間帯が穴場だったのね……」とか言っていた。どこか不本意ながらもわかばが鉄研に目をつけたのは間違いではなかったらしい。
その後も桜と話続けていたら部活動終了時刻を迎えた。今日は二日後の土曜日に都内某所に撮影に行くことが決まった。
「桜さん俺と一緒に帰りましょう!」
「僕も!」
「お、おれも……」
従者の三人が立ちあがり桜に声をかけるが、
「ごめんねぇ。今日は用事があるのぉ」
ばいばいとかわいらしく手を振ると桜はすたすたと部室を後にした。
「桜さん全然俺らと話してくれなくなったな……」
「だな……」
「やっぱりリア充かよ……」
三人があえて俺に聞こえるように小声を交わす。そんな三人を眼中にないという感じで無視し、この鉄研で唯一といっていいほどまともな部長と次の撮影会で撮る電車のことについて雑談してから部室を出て帰路についた。
駅に着き、帰宅ラッシュにもまれながら改札に向かおうとするとちょいと袖を掴まれた。
「む・さ・し・く・ん」
甘ったるい声に目が覚めるようだった。驚いて振り向くとそこには桜がいた。
「ばぁ、なんて~」
「びっくりした……なんだ富士見さんか」
「ふふふっ、どっきり大成功?」
「うん。どうしたの? 何か用事あるとか言ってなかったけ?」
「うーん……すっぽかされた感じ?」
「そうなんだ」
言ってから気付いた。桜の目に。
「……ご飯でも食べてく? って金ないからファミレスだけど」
「本当!? 行く行くぅ!」
桜が子犬のように瞳を輝かせる。
きっと彼氏かそんな感じの男に約束すっぽかされたのだろう。それで駅前をうろついていたら俺を見つけて話しかけてきた。今日の盛り上がった気分を埋めるにはちょうど手ごろ。そんな都合のいい存在なのだ。俺は。でも、それでも良かった。リア充グループに付き合ってからはこういうことも何度かあった。相手がオタサーの姫だからと言って悪い気分じゃない。
桜を連れて駅前のファミレスへ。俺はチーズハンバーグのセット、桜は野菜がたっぷり入ったクリームパスタを頼んだ。
「俺でよかった?」
ドリンクバーのメロンソーダを飲みながら桜に訊いた。
「いいって……何が?」
きょとんとした表情を見せる桜。俺には知られたくないのだろう。仲のいい男がいることを。キープ中である俺には。
それならと、話を今日の部活で決まった撮影会に切り替える。
「土曜日の撮影会、楽しみだな」
「そうだねぇ。久しぶりだから今からわくわくしてるよぉ」
「前は何撮りに行ったの?」
「群馬の横川のSL。SLは煙っぽくてあんまり好きじゃなかったなぁ」
「ははっ、面白い理由だね」
そんな理由でSLが嫌いな人はあんまり見たことなかった。まぁ、煙の風向きや量が変わって写真からはみ出すのを嫌がる鉄オタはたくさんいたけど。
「富士見さんは――」
「ねぇ、武蔵君」
「なに?」
「私が下の名前で呼んでいるのに~富士見さんは他人行儀じゃない?」
「そうだね。それじゃ桜さ」
「桜って呼び捨てで」
「……桜」
「うん。なぁに?」
「桜は何の電車が好きなの? ドイツっていうのはさっきちょっと聞いたけど」
「うーん……そうだね……」
桜が顎に人差し指をあてて考え込む。そのあざといしぐさに苛立ちを増しながらも、返答を待つ。
「おまたせしました!」
店員がハンバーグとパスタを机に並べる。
「さきに食べよっか?」
いただきますーとフォークを手にする桜に“僕”はこらえ切れなくなって尋ねた。
「ねぇ、桜は……電車、嫌いなの?」
「うん?」
きょとんとした顔で俺を見つめる。
「う~ん……好きだよぉ? 普通の人よりは」
パスタをくるくると巻く。
「普通の人よりは?」
口元を左手で隠しながらコクンと頷く。
「でもさ、男の子にちやほやされるのはそれ以上に好きぃ」
ドロドロと、人工甘味料で隠した本音を吐く。
「女の子の鉄オタって珍しいでしょー? だからぁ、ちやほやされると思って」
「……あんなキモオタどもでも?」
「うん。自己顕示欲? 支配欲? なんだかわからないけど、そういうのは満たされるよね。恋は好きな男の子と、イケメンとすればいいし~」
二口目のパスタを口へ。
「……桜は鉄オタを利用しているのか?」
自分がちやほやされるために。
「そうかもね~でも、鉄道は好きだよ? これは本当」
きっと桜のいう「好き」はプロ野球をろくに見たことがない奴が「ジャイアンツが好き」というのに似ている。なんかよくわからないけど、有名どころは知っていてそれで話を会わせられることを理解している。そんな感じの好き。
それが悪いとは言わない。でも――
「桜は鉄オタじゃないってことか?」
確認するように聞く。そんなことわかりきっている。わかばは前にフランクフルト駅と言った。正確にはフランクフルトhbfのことだ。ドイツの鉄道が好きなのにhbfの存在(hbf-ドイツ語でターミナル中央駅の意味)を知らないわけがない。前にもツイッターの鉄道クソコラを新車と勘違いしたり、都市伝説レベルの偽情報を信じていたりした。これまでの会話の端々からわかっていたことだ。それなのに――
「そうだよぉ」
何を当然のことを、と言わんばかりの桜の態度が気に食わなかった。
「私のこと嫌い?」
「桜のことは嫌いじゃないけど……」
「うそ。嫌いでしょ? さすがにわかるよぉ」
確かに嫌いだ。甘ったるい喋り方も、歩くメンヘラみたいな雰囲気も、オタサーの姫であることも……嫌いだ。嫌いで大嫌いだ。
「……ごはん、食べよう?」
ろくに会話もしないままハンバーグを食べきって店を出た。
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