第5話 やられたらやりかえす。

 駅まで二人並んで歩く。二人の間の距離は変わらないはずなのに、部室で話していたときより遠いように感じる。


「おっ! 武蔵じゃん!」

 桜と別れ改札をくぐろうとした時、誰かに呼び止められる。

「依与吏……」


 呟いたのは俺ではなく桜だった。依与吏を見つめる桜の表情を見て、わかばが深

夜の公園で見せた写真が蘇る。


(あのキモサーの姫、あなたのグループの男子と付き合ってるみたい)


 依与吏と桜がキスしているシーン。それは恋人のそれで、背景にはここの辺りのリア充高校生に有名なラブホが写っていた。もちろん有名なのは高校生でも簡単に使えてしかも安いからだ。


「どうしたんだ? 彼女とデートか?」

 そんな桜は気にしないように、俺は清楚系ギャルの彼女と一緒にいる依与吏にリア充のノリで話しかける。

「まぁな」

 照れたように笑う依与吏は幸せそうで、清楚系ギャルはそれに気を良くしたのか俺にも自慢もといのろけ話をしてくる。

「依与吏と映画行ってきたんだ。これからごはん食べて依与吏の家行くの」

 確か依与吏の家は家庭環境がちょっと面倒で両親があんまり家によりつかなかったはずだ。つまりそう言うことだろう。

「おい、そこまで言うなって。恥ずかしいだろ?」

「えー、別にいいじゃん」

 すねた表情をする清楚系ギャルは控え目にいって可愛く見えた。

「じゃあな武蔵。また明日学校で」

「おう」

 本気で恥ずかしがる依与吏は清楚系ギャルと腕を組みながら去っていった。

「…………」

「……なぁ、桜」

「……なぁに?」

「俺、知ってたよ。お前と依与吏が付き合ってること」

 桜は少し驚いた表情をして……その後それをかき消した。

「そっかぁ」

 そう言って桜は改札を潜り抜け、人並みの中に消えていった。

 次の日桜は学校に来なかった。



 金曜日の放課後。

 今日はなんとなくリア充グループで放課後の教室でダベった。桜がいないとはいえ、なんとなく部室に行く気にはなれなかった。

 部活終了のチャイムがなり、そろそろ帰ろうという雰囲気になったときラインがきた。相手は鉄研の部長だった。

『少し話したいことがあるんだけど』

 部長が何の用だろう。明日の撮影会のことだろうかとメッセージのやりとりを続けていると、お互いまだ学校にいることがわかったので部室で会うことになった。

 部室入る窓際で部長がたそがれていた。これをイケメンがやるとウザいと思うし、ブスがやるとキモいと思うが、ごく普通の鉄オタである部長がやっていると不思議とそういった感情は湧きあがらなかった。

「部長」

「あっ、横瀬君! ごめんね急に呼び出して」

 部長はまぁ座ってよと俺に椅子を勧めて、自分も少し離れた位置に腰掛けた。

「なんの用?」

 リア充男子の、余裕のある笑みで問う。

「実は相談したいことがあって……」

「相談?」

「富士見さんのことで」

 あの瞬間の桜の表情がフラッシュバックする。

「桜がどうかした?」

 俺が「桜」と呼び捨てにしたことにピクリと反応した部長だが、あくまで平静を装って続ける。

「富士見さんが……いわゆるオタサーの姫的なことやっているのはわかるよね?」

「あぁ」

 嫌でもわかる。最近は俺との会話が大事で従者は無視だけど。

「……彼女が何やってるか……知ってる?」

「さぁ? 援交とか?」

「そっちのほうがマシだったかもね……」

 もっと面倒なことがあるのだろうか。

「あの取り巻きのキモオタどもに散々貢がせて、それで彼氏に――」

 濁した最後の言葉は頭の中で自動構成されていく。従者どもにファッション誌やネット通販のサイト見ながらあれがほしい。これが欲しいなんて言う。桜の気を引きたい従者どもはそれを買ってプレゼントする。桜は気に入ったものは手元に残し、流行を過ぎたものやいらないもの――キモオタの勘違いで布教された様々な鉄道グッズはフリマアプリやオークションサイトで売る。彼氏におしゃれな自分を見せて、貢物で稼いだお金は彼氏のために使う……

「そうか……それで俺にどうしろと?」

 桜のことは嫌いだ。しかし、そんな事実を聞かされたところで俺にできることは少ない。

「横瀬君は富士見さんの彼氏、確か山口くんだったよね? と仲がいいよね?」

「あぁ……まぁ……」

 同じリア充グループ所属だから仲が悪いことはないだろう。まぁ、グループ内でも色々もめたり好き嫌いがあるのはリア充もオタクも一緒だろうけど。


「富士見さんのことを暴露して鉄研から追放しよう」


 部長はそれが正義であるかのように剣を振ります。

「だって邪魔でしょ? 僕と数人の部員は真面目に部活動してるのに男子侍らせて女王様きどりで……鉄研は彼女のおもちゃ箱じゃないんだよ」

「…………」

「君だって嫌々富士見さんと話し合わせているんだろ?」

「そうかもな……」

 確かに嫌々話しを合わせている。しかし、それは――

「わかるよ。取り巻きどもを富士見さんから遠ざけて部内を良くしようとしているんだろう? 彼女が好き勝手振る舞わなければ鉄研は普通のオタク部活動だ」

 当たりだった。実はこれもわかばの指令の一つだった。鉄研という貴重な情報源がオタサーの姫である桜にサークルクラッシュでぶっ壊されないようにしろ。そんな曖昧模糊で解決方法は至って単純明快な指示。それを俺は桜と話を合わせるということだけで実行している。きっとわかばは俺が桜の話し相手になることを見越していた。オタサーの姫なんて大体面食いだ。イケメンなら――いや俺はイケメンではないけど――リア充がいるならキモオタを使役するより、そっちと話していたほうがよっぽどいい。

「君にだってメリットはある。平穏で当たり前な鉄研活動が続けられる」

 やってくれるね? そう言って俺に一歩踏み出す。笑顔は悪意なんて全くない、正義のヒーローのそれだった。

 俺は黙って頷いた。

 わかばの命令は実行できないかもしれない。鉄研は違った形で崩壊するかもしれない。

 そんなことわかっているのに、俺はより桜を傷つける方向に、嫌いな奴を空気で殴り、リア充仲間の罵声で傷つけようとする。

 それくらいには桜のことが嫌いだった。

 鉄オタぶっているあいつが。

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