第2話 鉄研presents 桜と出来れば話したくない横瀬


 富士見桜。この鉄研というオタサーの姫であり、隠居状態の部員の一部を囲って好き放題やってるらしい女……それは格好こそ普通でもごまかせない匂いがあった。


「こんにちはぁ」


 マカロンを砂糖につけて蜂蜜をぬりたくったような、そんな甘過ぎてくどすぎる声で話しかけてきたオタサーの姫。あまり艶のない髪をフリルのついたピンクのリボンでツーサイドアップにして、やたら主張の激しい胸元はブラウスのボタンを二つ開けてもはちきれそうで、ニーソからこぼれる肉がムチムチとどこか退廃的な色香を漂わせる。THEメンヘラ。そんな感じの女子だった。


「横瀬って言います。今日は体験入部できたからよろしく」

 

 爽やか風に挨拶をして適当に笑顔を浮かべる。これでどんな奴が初対面でも好感度はそれなりになるはずだ。

 

 部長と桜がよろしくと俺に返し他の部員は無視。まぁ、そんなもんだろう。

「それじゃ活動について……平日の放課後はこうしてあつまってダベったり、休日の撮影予定を立てたりって感じかな? あとは時々ごはん食べにいったり――まぁ、文化系な部活って感じだね」

「なるほど」

「ここに居るのはボクを含めて全員3年生だけど、もう後輩もいないしかしこまらずにフランクな感じでいこう! 今日はよろしく!」

「あぁ、よろしく頼む」

 部長との会話を終えた俺は部室の中を物珍しそうに見つめる振りをして、桜のオタサーの姫っぷりを観察する。

「そこの君ぃ」

 ガリガリ、テブ、キャラTシャツと三人の部員を侍らせている桜が甘々な声を発する。

「はいっ! なんでしょうか桜さん!」

「ちょっと喉乾いたから近くのスーパーでジャスミンティー買ってきて」

「了解しました!」

 早速ガリガリがパシられていた。

「さぁてと……そこの君ぃ。なんか面白い話して」

「わかりました! 先日起こったある事件について話します!」

「よろしくねぇ」

 なんだろう。この、洋菓子店の甘過ぎる香りとゴミ捨て場の匂いを同時に嗅ぐ気分は。

 姫プレイを横目に部長が何をやっているのか窺う。どうやらカメラで電車の写真を確認しているらしい。どこか無理している雰囲気が伝わってくる。俺がここにいなければもう帰っていたかもしれない。

「――ということがありまして、そいつったら」

「ねぇ、横瀬くん?」

 桜がねっとりとした声で話しかけて来る。

「何か用?」

 努めて明るい声で対応する。

「下の名前、なんて言うのぉ?」

「武蔵だけど?」

「そっかぁ。それじゃ武蔵君だね。よろしく武蔵君」

「よろしく」

 桜が柔らかいというより餅のような手で握手を求めてきた。内心仕方ないと思いつつもその手を握る。バラのような香りが漂う。

「ちっ」

 桜と握手をした俺をデブが舌打ちして睨みつける。キャラTシャツは無言で一瞥。会って数分だけど本格的に嫌われたみたいだな。

「武蔵君はぁ、依与吏たちのグループにいるよね?」

「そうだけど……よく知ってるな」

「うん、いつも見てるから」

 へらぁーとした笑みを浮かべる。

「そうか」

「ねぇねぇ、武蔵君はなんで鉄研なんて見学にきたのぉ?」

 鉄研なんて。その一言にピクンと部長が反応したが、気付かないふりをする。

「ちょっと興味があってさ」

「えー、リア充の武蔵君がこんな部活に興味あるのぉ? なんでぇ?」

「旅行とかいくときに電車のこと知ってれば便利そうじゃん? あと部室でこうやってダベったりするのに憧れてた」

「ふーん……」

 桜は粘度の高い微笑みを浮かべる。

「ねぇねぇ、武蔵は彼女とかいないのぉ?」

「なんだよ突然」

「いいじゃん~教えてよぉ」

「……いないよ」

「本当?」

「あぁ」

 頷くと桜はクスッと笑った。

「よかったぁ」

 それがなんのよかったかは訊かないでおく。

(彼女……ねぇ……)


 嫌でもゆきのことが脳裏に浮かんでくる。俺のことを理想のリア充彼氏に仕立てあげようとした幼馴染の女の子。元気が良くて、運動が得意で、小さい頃はよく家の近くで一緒に遊んだ。


 そんな女の子に“僕”の中の俺は作られた。


 その事実は実感として未だによく飲み込めない。自分自身が自分じゃない誰かによって作られたなんて理解したくても簡単にはできない。


 ゆきと付き合ったらどうなるだろう。カップルとして高校生活を送り、一緒の大学に進学して、就職先はさすがに別で、ちょっと喧嘩したり色んなところに行って、結婚して、子どもが出来て、死んでいく。

 そんな人生はゆきに作られたまま成り立つ。それは怖い。

(そうだ。だから俺はゆきのことを振ったんだ。鉄オタとかわかばとかそんなことは関係ない)


 完璧な理論で空想を武装して正当化して――ゆきの問題をはるか彼方に追いやった。

「……」

「どうしたのぉ? ぼーっとして」

「……なんでもない」

「武蔵君はミステリアスだね」

「なんだよ、それ」

 苦笑いを浮かべて横目で部室内を確認。桜に相手にされないとわかったのかデブとキャラTシャツはNゲージをイジリはじめ、部長は退屈そうにツイッターを眺めていた。

(こんなんで来年機材独占と情報収集なんてできるかよ……)

 その日は桜の話し相手をしているだけで時間が過ぎていった。

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