アフターストーリー「鉄研とクラスカーストは使いよう」
第1話 新しい生活様式(横瀬の場合)
学校において環境と言うものはあっという間に変わる。
クラス内でグループ同士の衝突があったり、グループ内で問題が発生したり、カップルが成立したり分かれたり、イジメを親が学校に訴えてイジメられる側がイジメる側に回ったり、クラスの中心的な人物の親が毒親と発覚してぼっちを余儀なくされたりする。
時に革命的に、時に革新的に、時に劇的に、変化を続ける。それが学校において基本単位となるクラスという環境だ。
しかし、それは変えようとするからだ。
例えばクラス委員長が目も当てられないほどの鉄オタ――それも迷惑撮り鉄で他人の弱みを握って脅しをするような人物でも、例えばオタクを自分好みのリア充に変えてフランケンシュタインな彼氏を作って付き合おうとする人物でも、正体を知っている人が誰かに言わなければ何も起こらない。何か問題が起こっても何も起こっていないように見せておけば、表面上は何も変わらない。
だから俺はいつもどおりゆきと学校に行って、リア充のグループで笑いあって、クラス委員長としての仕事をそつなくこなすわかばの姿を見て、休日はMP5を背中に突きつけられながら付き人として電車を撮りに行く。
そんな変わらない生活を続けていた。
「おはよっ!」
「……おう」
朝、いつもと同じように家を出ると、白々しくゆきがあんなことなかったかのように俺に挨拶をする。
「行こっか?」
黙って頷いて駅まで歩く。ゆきは昨日見た深夜ドラマのこと、話題の動画のこと、近所に出来た猫カフェに行きたいこと、流行りのバンドの新曲がすごくいいことを話す。それに俺は頷いたり相槌を打ったりする。
「ねぇ」
駅も近くなり、人が多くなってきた時ゆきが俺の背中にぴたりとくっつく。
「……どうした?」
「私のこと……嫌い? 」
鼓動は変わらない。
「いや……えっと……」
ゆきはぱっと俺から離れる。
「学校、遅刻しちゃうよ」
微笑んでゆきは駅へ向かう。
その笑みにどんな感情が含まれているかなんて俺にはわからなかった。
クラスに入るといつものノリでリア充グループに突撃していく。
「みんな、おはよっ!」
「おっ! ゆきに武蔵! ようやくきたな!」
リア充グループのリーダ格の男子生徒がにやにやと笑いながら俺たちを迎える。
「なになに? なにかあったの?」
それにつられるようにゆきが好奇心でじゃれあってみる。
「実は……」
「あたしたち付き合うことになったの!」
リーダー格の男子生徒を遮って、清楚系ギャルの女子生徒が依与吏の腕に自らの腕をからませながらとびっきりの笑顔で笑う。
「えぇ!? いつから? ねぇねぇいつから?」
リア充のテンションでゆきがグイグイと清楚系ギャルに近寄る。俺も興味のあるふりをして言葉を待つ。
「実は昨日! 依与吏からそろそろ付き合うかって!」
「すごーい! おめでとう!」
「ありがとう! これであたしも彼氏持ちだよ!」
ピースサインできゃっきゃとはしゃぐ二人。そんな二人を片目に当事者の一人である依与吏は俺に苦笑いをしてくる。どんな顔をしていいかわからない俺は微笑で返す。こういうときはおおげさじゃないくらいに笑みを浮かべておけばなんとでもなると知っていた。この流れなら依与吏は俺が清楚系ギャルと付き合うことを祝福してこれから大変そうだな、なんてメッセージを送っているように見えるだろう。
こうしてリア充たちとの日常を内面後ろめたい気持ちを続けながら、わかばの鉄オタ活動にも付き合っていく。
そういう日々が続くと思っていた。
しかし、それは簡単に変えられる。
わかばからの鉄研に入れという命令。これに従う。従わざるを得ないなんて言い訳して、醜いエゴイズムとプライドに蓋をするように。脅されているからなんて言い訳をして。
放課後、人気もまばらな校舎を歩く。俺は鉄研に体験入部という名目で部室に訪れた。
「ようこそ鉄研へ!」
出迎えたのは普通としか形容できない鉄研の部長だった。短めの髪、ニキビの浮く頬、中肉中背。どこをとっても普通でありきたりな男子高校生だった。
Nゲージやko線のポスターが飾られた部室は中央に長机が四脚おかれ、会議室のように四角に配置されていた。そこに部員たちがそれぞれ座っている。部員たちはTHEオタクという感じでガリガリの目が浮き出たキモい眼鏡がいたり、脂ぎったデブがいたり、なんか良くわからない美少女キャラがプリントされたTシャツと着てそれと同じキャラのアクリルキーホルダーを撫で続ける奴がいたり――長い間リア充グループの中で生きてきた“僕”としては耐えられない空間だった。
ただ、そこに強烈な香りを放つユリのような女の子がいた。
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