第3話 俺を付添人にした鉄オタが、ラブコメを全力で邪魔している

 それからの8カ月、俺はたびたびわかばに呼び出されては撮影に付き合った。


 栃木の時のように早朝から呼び出されて遠くまで連れて行かれることは数回しかなかった。しかし、わかばは立ち入り禁止の場所に入って撮影しようとしたり、駅員に食ってかかったり、他の撮影者とトラブルを起こしかけたりとそっちのほうが大変だった。


 例えば某クルーズトレインを夜撮影する際、乗客からプライバシーがどうとか苦情が入ったから撮影をやめてくれと駅員から伝えられた時には、

「この駅には防犯カメラはないの?」

「いや、ありますけど……君が趣味で撮影するのと業務上の安全のために撮影するのは違うでしょ?」

「何が違うのかしら? 撮影という行為に変わりはないしプライバシーを侵害しているという点で見ても変わりはないと思うけど?」

「そうかもしれないですけど……」

「それにこの駅の利用者は撮影してはいけません! なんて書いてあるわけじゃないでしょ? ルールにないのならルール違反だの言われる筋合いはない」

「私が話しているのは常識のことで……」

「常識というのは乗客の許可も撮らずに駅のあちらこちらで防犯カメラを回すことをいうのでしょう? それなら私が電車を撮ることに何の問題があるの?」

「……もういいから駅務室まで来なさい。親御さんに連絡するから」

「未成年だからって甘く見ないで!」

 わかばが暴力を振るおうとしたところで止めに入り、全力で謝りながら逃げたことで事なきを得たが、こういうことが二回に一回はあったので心臓がいくつあっても足りなかった。なんで普通にできないのか……そんなことを言えば、

「鉄オタなのにリア充になろうとしているお前の方が異常」

 と言われ、返す言葉もなくわかばの付き人に甘んじるしかなかった。



 季節は過ぎ冬がやってきた。

 リア充グループとの付き合いは相変わらずだが、グループ内での距離が離れているような気がしていた。考えてみれば休日のほとんどはわかばの撮影に付き合っているのだから当然といえば当然だった。

 火曜日の放課後。カラオケに行くことになった俺たちは冷たい小雨が降りしきるなか、鮮やかな傘を揺らしながら駅近くのカラオケへ向かっていた。

「最近つきあい悪いね」

 ゆきがぴょんと跳ねるように俺の隣にやってきた。

「まぁな」

「何してんの?」

「来年の受験のために……勉強かなぁ……」

若干上を向く。

「嘘ばっかり」

「確かに嘘だけどな」

「もう」

 ピンクの傘が紺の傘を叩く。水滴が跳ねて巻くっているYシャツをほんのり湿らせる。

「それで、本当はなにしてるの?」

「うーん……内緒?」

 リア充らしい反応をとりながら俺は内心困っていた。わかばとの関係は口にしていいものなのか、否か――

「私にも教えられない?」

 ゆきが純度百パーセントの笑みで問う。

「……次の土曜日空いてる?」

「空いてるよ? なんで?」

「久しぶりに二人で買い物でも行こう。その時教えてあげる」

「なになに? みんなの前じゃ言えないこと?」

 小悪魔的に微笑んで、シュシュで束ねた赤茶色の髪を揺らして見せる。そんなゆきのしぐさが可愛くて思わず口にしてしまう。

「ゆきにしか教えられない」

 俺の言葉に驚いた表情を見せたゆきは、頬の少し赤くして頷いた。

「わかったよ……あたしにしか教えられないことなら、その、仕方ないね」

「照れんなよ」

「て、照れないし!」

「ほっぺた赤いぞ?」

 ツンツンとゆきの頬をつつく。

「もうっ、やめてよ!」

 雨が降る中、傘を振り回して抵抗するゆきを笑って見つめる。

 あぁ、やっぱり好きだなんて思いだながら。



 ゆきのことを好きになったのは自然のことだと思う。

 家が近くて、小学校の頃からよく遊んでいて、一番身近な異性だった。

 小学校高学年になって俺が鉄オタとしての本領を発揮し始めて、女子からドン引きされるようになっても普通に話せることができる数少ない女の子だった。周りの異性が厳しい目を向ける中で俺だけに普通に対応してくれる。そんな毎日がなんとなく好きを大好きに変えていった。

 中学を卒業し脱オタすると言うとゆきは喜んで手伝ってくれた。

 オタクが一番頭を悩ませるファッションのことから、会話ネタ、喋り方、姿勢、目線、表情、たち振る舞い、クラスのヒエラルキー、リア充っぽい音楽、高校生の間で流行っていること……俺がリア充になれたのは間違いなくゆきのおかげだ。

 大好きで、大好きで、大好きで。

 ありふれた大好きなんて陳腐な言葉を、どれだけ、どれだけ積み重ねても足りないくらい好きだった。

 でも告白はできなかった。いや、しなかった。リア充の中で存在感のあるゆきにふさわしい男になってから隣に立ちたかった。だから、こんなに距離が近くても付き合ってはいない。

 いや、本当は付き合うチャンスはあった。

高校一年生の冬、バレンタインの日にゆきから告白された。

 付き合って。

 雪が降りそうなくらい寒い日。赤い包み紙で包まれた甘い手作りチョコレート。

 ごめん、もっとリア充になって、ゆきにふさわしくなりたい。

 そんなことを言って、キラキラ輝くゆきの隣に立てるように、そうなれるように努力してきた。今ではリア充グループにも自然と溶け込めていると思う。

(そろそろ告白しても……)

 そういうタイミングだった。自分の中で決心がつきはじめた時だった。

 わかばに三脚で殴られたのは。

「どうしたの?」

 ゆきの心配そうな顔を見て我に返った。

「ごめん、ぼーっとしてた」

「大丈夫? まだ頭痛い?」

「いや大丈夫」

「そう? ならいいんだけど」

 ゆきはそう言うと、再びネックレスなどのアクセサリーが並ぶお店に集中し始めた。

 土曜日。約束通りゆきと二人で出掛けた。池袋で適当にぶらついて、昼ごはんを食べて、映画を見て、カフェで休んで帰る。そんなプランを立ててサンシャインの中でゆきの買い物に付き合っていた。

「あっ、これどう?」

 ゆきが星のトップチャームがついたネックレスを見せる。

「可愛いね」

「でしょでしょ!」

 棚に置いてある鏡を見て満足そうに微笑む。そんなゆきが可愛くて、可愛くてしかたなかった。

 今日のゆきはコンバースのスニーカーに太ももを大胆に出すスカート、よくわからないブランドのニットベストともっともらしい袖の可愛いブラウスといった清楚な服装だった。なめらかなふとももに目を惹かれた俺は「ふとももばっかり見ないっ!」と会って早々注意されてしまった。

 結局、アクセサリーは買わずにその後いくつかファッション関連のお店を見て回った後、昼ご飯を食べるためにイタリアンレストランに入った。チェーンではない、ちょっとおしゃれなところだが、ランチの値段は安いしデートで見栄を張るには十分な場所だった。

「それで、なんで最近付き合い悪いの?」

 水を口にしてからわかばのことをぽつぽつと話し始めた。

「実は――」

 頭にけがをしたのはわかばに三脚で殴られたからで、わかばは鉄オタで、俺の過去をネタに脅されていて、付き人みたいなことをやらされている。

「お待たせしましたー。カルボナーラとナスとほうれん草のトマトソースです」

 店員がパスタを持ってきたタイミングで話し終える。

「ふーん……」

 意外に薄い反応が返ってきた。ゆきはカルボナーラにフォークをつきさしクルクルと回し始める。俺もそれに合わせてパスタを巻く。

「わかばって鉄オタだったんだ」

「信じられないよな」

「…………」

 その後、しばらくお互い無言でパスタを食べ続けた。ゆきは今の話について色々考えているので邪魔しないようにする。ゆきは他の人の人間関係の話題はこうしてしっかり考えてから自分の意見を言う。対人関係には慎重なのだ。

「あたしがわかばを説得する」

 きりっとした目つきで俺に宣言した。

「説得って……どうやって?」

「武蔵はあたしのものだからとらないでって」

「それは……」

 ちょっとどうなるか予想できなかった。

 わかばがゆきに迫られている姿を想像できない。

 ゆきはクラスでのわかばしか知らないからきっとこんなことが言える。人の過去とゴミ箱をあさって、脅してレイプ魔にしようとする奴なのだ。一筋縄でいくとは思えない。

「ねぇ、武蔵」

 ゆきが真剣な顔で俺を見つめる。

「ちゃんと付き合おう」

「え?」

「あたしもう待てない。武蔵のことを彼氏にしたい。もう武蔵は鉄オタなんかじゃないよ。立派なリア充だよ。あたしの隣に相応しいよ」

「…………」

「あたしが武蔵の彼女じゃ……ダメかな?」

 捨てられた子猫を思わせる瞳に俺は首を振って否定することしかできない。

「……わかった。俺も一緒にわかばを説得するよ」

「ほんとう?」

「あぁ。わかばのこと解決して、ゆきと付き合う」

「……嬉しい」

 わかばの心からの好意が俺に向けられたのはこの瞬間が最後だった。

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