第13話 むやみに疑えば

 捕まるまいと、僕は全力で庭を駆けた。この屋敷の勝手がわからないので、とりあえずここまでの道のりを逆にたどり、門のほうを目指した。

 だが途中で、人の声や足音が次第に増えていくのに気付いた。門番が、

曲者くせものだ! 捕まえろ!」

 と叫んでいる声も聞こえる。あっという間に事態が大きくなっていることに、気持ちが焦った。まさか、こんな目にあうなんて。

 わらわらと大勢の人が僕のほうへ走ってくるのが目に入り、さすがにこれはもう駄目か、と覚悟したその時。

「おーい! 忠助じゃないのか?」

 と呼ぶ声が聞こえた。僕ははっとして、声の主を目で探した。気持ちがそれたせいで、我知らず足の動きが鈍る。追っ手はその隙を見逃さず、駆け寄ってきて僕の肩をつかんだ。

 一人に追いつかれると、すぐに他の追っ手も殺到し、抵抗する暇もなく僕は取り押さえられた。

 そこへ、

「ちょっと通してくれ。知り合いかもしれん」

 と声を上げながら、人だかりをかき分け、僕の前までやってくる人がいた。見知ったその顔に、思わず目を見開いた。

「喜十郎さん! どうしてここに!」

 長夫で世話になった、大工の喜十郎さんだった。がっしりとした丈夫そうな体つきも、無骨な顔立ちも、今となってはなつかしささえ覚える。

 喜十郎さんもまた、不思議そうに僕を見て、

「いや、わしは以前から豊前守様にはいろいろと仕事を頼まれていて、今日も別邸の建築の打ち合わせに来ていたんだが……こりゃ一体、何事だ?」

 とたずねた。顔は僕に向けながらも、それを取り押さえている追っ手たちに、ちらちらと視線をやりながら。

 隠しても仕方ないので、かいつまんで事情を説明すると、口をはさまずに最後まで耳を傾けてくれた。

 聞き終えると喜十郎さんは、周囲で様子をうかがっていた追っ手たちをぐるりと見回し、きっぱりと告げた。

「この者は、人をだましたり盗みを働いたりするような悪人ではありません。わしが保証します」

 その途端、場の空気が変わった。緊迫感や警戒心が薄れ、僕を取り押さえていた手がゆるむ。喜十郎さんがこの屋敷で得ている信頼の大きさを、否応いやおうなく実感した。

 門番がいつの間にか僕のそばまで来ていて、きまり悪そうに聞いてきた。

「そんな事情があるなら、どうして最初から言わなかった? 逃げずに正直に言えばよかっただろうに」

「話なんて、まったく聞こうともしなかったじゃありませんか」

「う……」

「それに、こういう時は捕まったら最後、罪を認めるまで厳しい取り調べが行われる。言い訳なんか信用してもらえない……たいてい、そんなもんでしょう? 百姓でも知ってますよ」

 苦笑まじりに僕が指摘すると、門番は口ごもってしまった。やはり、何が何でも自白させる気だったのだろう。

 喜十郎さんは僕の肩に手を置いて、

「まあ、その辺にしておいてやれ」

 と、なだめてから、みんなに向かって呼びかけた。

「それより今は、物ぐさ太郎だ。あいつを探したほうがいい」

 その言葉に、僕も気を取り直した。確かに、こんな所でのんびりしている場合じゃない。

 追っ手たちは互いに目を見合わせ、うなずいた。手分けをし、あちらへこちらへと駆け出していく。

 僕も探しに行こう……としたが、その前に、気になっていたことを喜十郎さんにたずねた。

「嘘をついているのは物ぐさ太郎のほうで、僕が言ってるのが本当のことだと判断したのは、なぜですか? あいつも長夫の時は熱心に働いていたから、それなりに信用してるのかと思ってましたが」

 喜十郎さんは表情をややけわしくし、声を低めてつぶやいた。

「あいつはどうも、油断がならんと感じてた。いつか騒動を起こしそうな、危険な気配がしてな」

 さすが喜十郎さん。見る目がある。

 今度こそ僕は駆け出した。その「油断がならない」物ぐさ太郎を探しに。

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