第12話 想定外の悪夢
豊前守様の屋敷は予想通り、いや、それ以上の立派さだった。
築地塀、白木の柱、
隅々まで行き届いた手入れが、気品や
それに加えて、規模が
その広い庭で、数人が集まって
僕たちは門番に案内され、女房たちの
何気なく庭を眺めながら歩いていると、僕の腰ぐらいまでしかない低木が目に留まり、「あ」と声が出そうになった。
唐橘だ。濃い緑の葉に、小さな赤い実。枯れたり散ったりする草木が多いこの時期だと、いっそう鮮やかに感じられる。
さらに少し歩くと、紫草が植えられている場所もあった。もっと暖かい季節なら、きっと白い花が咲き乱れていただろう。
ということは、やはり女房が仕えている屋敷はここなのか。
適当にどこか別の屋敷を教えておいてくれてたらよかったのに……と、つい考えてしまう。おそらく、とっさの状況でそこまで頭が回らなかったんだろう。あるいは、どうせ突き止められやしない、と
それにしても、うまい具合いに女房に会えたとして、物ぐさ太郎はその後どうするつもりなんだろう。おとなしく妻になってくれるとも思えない。逆に、「この男は私を襲おうとした」とか言い立てられてしまうんじゃないのか。
そんなことを考えながら歩いていると、門番が前方の建物を指差し、
「あれが女房たちの局だ」
と教えてくれた。
ここまで来てしまったらもう、出た
「そういえば、忠助。おまえも主から何か
「え?」
唐突過ぎて訳がわからず、僕はぽかんとするしかなかった。何のことを言ってるんだ、こいつは。
僕の戸惑いをよそに、物ぐさ太郎はさらに問い詰めてくる。
「俺が文を届けに出かけようとしたら、『僕もそのお屋敷には用がある。主に頼まれたんだ』と、おまえが言い出したんじゃないか。だから俺は、おまえをここまで連れてきたのに」
まるっきり意図のつかめないことを言われ、僕は話を合わせることすらできなかった。そばで聞いていた門番も、次第に表情が
門番以上に物ぐさ太郎は態度を厳しくし、僕を
「まさか、このお屋敷に潜り込むために嘘をついたんじゃないだろうな? 俺と同行すれば、一緒に入れてもらえると考えて」
「はあ?」
「おまえがこんなことをするとは思わなかった。何が目的だ? 盗みか? それともこのお屋敷の内情を探るためか? これは主に対しても、豊前守様に対しても裏切りに当たる行為だぞ」
話の展開について行けない。
僕は単なる監視役だ。
物ぐさ太郎は僕に反論の
「申し訳ありません。俺が軽率だったために、このような
と頼んだ。じっと様子を見守っていた門番は、表情を引き締めてうなずき、
「こっちへ来てもらおうか。誰かに命じられたのなら、それも調べねばならんからな」
と言いつつ、僕の腕をつかもうとした。僕は焦って体を引き、
「僕には悪事を働く気なんてありません! ただこいつを見張ってただけです!」
ときっぱり否定したが、門番の心にはまるで届いていないようだ。
「そんな言い訳が通用するか。素直に認めて、取り調べに応じろ。そうすれば罪を軽くしてやる」
とはねつけ、力ずくで捕らえようとしてきたので、仕方なく僕はその場から駆け出した。
走りながら背後をちらりと振り返ると、門番が追いかけてくるのが見えた。それだけじゃない。物ぐさ太郎が局のほうへ走り去るのも、目の端に映った。
これは――はめられた。
物ぐさ太郎への怒りを湧きあがらせつつも、今の僕には、ひたすら門番から逃げるしかなかった。
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