第179話 急転
ホタテを食べ終えたなら、ついでとばかりに魚の塩焼きも堪能して……燗も十分に楽しんで。
良い具合に出来上がって……全くまだまだ日が昇っている昼間っから、こんな良い気分になれるとは、道楽も極まったな、なんてことを思う。
今頃普通の連中は働いている訳で……そうじゃねぇ連中もダンジョン攻略に勤しんでいる訳で……そんな中俺は、攻略は順調、貯蓄は十分、祝言も挙げて、足元はこれ以上ねぇ程安定している。
最近は成長しているといいうか、強くなっていることをはっきりと明確に実感出来ているし……この調子なら次のダンジョンも、次の次のダンジョンもなんとかなるだろうと、そんなことを考えて……酒を飲んだこともあってか、少しだけぼんやりとした思考に浸っていると、ずばんっと雷が落ちたかのような音が、どこかから……というか空から響いてくる。
「なんだぁ? 今日は良い晴天だってのに落雷か?」
それを受けて俺がそんな声を上げて、ネイが、
「不思議なこともあるもんねぇ」
なんて言葉で続いて……二人で同時にぼんやりと、天井を見上げていると……ずばんっずばんっと音が続く。
その音は落雷にしては妙で、ごろごろと唸ることも無く光ることも無く、ただただ同じ音を繰り返していて、酒でとろけた頭でも流石に尋常ではねぇことを察した俺は、黒刀の鞘を引っ掴んでこたつから抜け出て、縁側へと続く障子戸を開く。
そうしたなら縁側に出て空を見上げて、何か異常がねぇもんかと空をしっかりと見回すが……特に異常はねぇようだ。
「大筒か何かの音か……? それにしちゃぁ音が大きすぎるような……?
まさか新型銃のような新兵器か……?」
「そんなものがあったとして、皆に知らせずに使うようなことはしないでしょ」
俺がそう声を上げると、追いかけて縁側に出てきたネイがそう返してきて……そして情報収集にでも出かけるつもりなのか、居間に戻って外套を羽織ろうとし始めて……俺がそれを止めようとしていると、すととととっと複数の軽快な足音がこちらに向かって駆けてくる。
廊下を駆けているらしいその足音は十中八九ポチ達のもので……俺達のために知らせに来てくれたらしいその足音を受けて、ネイと俺はとりあえず居間に戻って障子戸を閉めて、こたつへと座り直す。
何がなんだか分からねぇが、とにかくポチ達が来てくれているならその話を聞くとしようと、冷えた体を温め直す。
そうこうしているとポチとシャロンとクロコマが駆け込んできて……大きな声を張り上げる。
「い、稲妻が! 黒い稲妻が!! ずばばばんって!!」
「え、江戸城から稲妻が空に向かって!!」
「お、落ち着け落ち着け、お主ら何を言いたいのかさっぱり分からんぞ! えぇい、つまりだな、狼月! 江戸城から黒い稲妻が吹き上げた!!」
ポチ、シャロン、クロコマの順でそんなことを言ってきて……何がなんだか分からねぇが、とにかく尋常じゃぁないことを察した俺とネイは、とりあえず落ち着けとこたつの天板を叩いて、こたつに入れと促す。
するとポチ達は、部屋の隅に積み重なっていたコボルト用の座布団をもってきて、その上に座りながら器用にこたつの中に足を入れて……そうして緩んだ顔をしてから、ポチが代表して説明をし始める。
「それがその……僕達は江戸城で、符術の研究と普及のための会議をしていたんですが……突然江戸城敷地内の三箇所から黒い稲妻が空に向かって上がりまして……。
最初に一つ、次に続いて二つ。
一つ目の時点で僕達は部屋の外に出て、続く二つを目の当たりにすることになりまして……。
まるでそれはその、稲妻と言いますか、空が割れたようという有様で……コボルト、エルフ、ドワーフの来訪の再来かとも思ったのですが、その時は空から大地に向かって裂け目が出来たはず……。
今回は大地から空へ……それで嫌な予感がして僕達は江戸城にあるダンジョンへと向かったのですが、第一ダンジョン、第五ダンジョン、それと第六ダンジョンの入り口が無くなっていたのです」
「は、はぁ!? ダンジョンの入り口が綺麗さっぱりか!? 何もなかったのか!?」
ポチの説明を受けて俺が身を乗り出しながらそう声を上げると、ポチはふるふると首を左右に振ってから言葉を続ける。
「綺麗さっぱりと言いますか、何と言いますか……この時間ですので何人かダンジョンを攻略していた人達がいまして、その人達と所持品、それとドロップアイテムが吐き出されていました。
その人達が何かした可能性があるということで全員が一時拘束、上様が直接取り調べているようですが……あの感じだと彼らが何かしたということはなさそうです。
そもそも僕達も毒を撒いたりなんだりと、ダンジョン内では好き勝手やっていますからねぇ……過去のエルダー達だって向こうの世界に戻るためにやれることは全部やったんでしょうし、誰かが何かをしてああなるなら……もっと早い段階でなっていたはずです」
「そりゃぁまぁ、そうだろうが……ダンジョンが消えちまうってのは参ったな。
これから攻略するはずだった第五と第六ってのもなぁ……そこに元の世界に戻る手がかりがあったならもう、どうしようもねぇぞ……」
俺がそう返すとポチは……鼻筋に皺を寄せて難しい顔をし、そうしてから言葉を振り絞る。
「その元の世界に戻るというのも……もう諦めた方が良いのかもしれません。
今まで何回か、ダンジョン最奥で胡蝶の夢のような光景を見てきましたが……まれに何者かの言葉が聞こえてくることもありました。
その言葉は今の段階ではただの断片でしかなく、情報不足ではありますが……向こうの人間の生存や、向こうの世界そのものを諦めるような、そう取れなくもない内容がちらほらとありました。
……もしかしたらあちらの神々は、あちらの世界を壊そうとしているのかもしれません。
だから僕達のことを……ご先祖さまのことをこちらに送り込んで避難させたのではないかって……。
ダンジョンとかドロップアイテムはその余波、世界を移動するなんてことをやってしまったものだからあちらの世界と繋がってああなって……そしてあちらの世界が壊れ始めたから、ダンジョンも……」
真剣で、悲壮感がこもっていて……辛そうにそう言うポチの言葉を俺は受け止めた上で頭を掻く。
そうしてからしばらく考えて……考えても無駄のようなので諦めて言葉を吐き出す。
「そうかもしれねぇが、そうじゃねぇかもしれねぇ。
今どうこう結論出してもしょうがねぇ。
……明日からまたダンジョン攻略だな、ダンジョン攻略していけば何かが分かるかもしれねぇ……まぁ、それでも何も分からねぇかもしれねぇが、それでも何もしねぇでいるよりはましだろう。
やれることをやって、やるだけやって……それからあれこれ考えるとしようや。
第五、第六が無くなったってんなら次は第七か……なぁに、またダンジョンが無くなってもしっかり吐き出されるってのは確定してんだ、気楽に行こうぜ」
その言葉を受けてネイはこくりと頷き、ポチは苦笑いをし、シャロンはあははと笑い、クロコマはやれやれと首を左右に振る。
だけれども反対の声は一つも上がらず……何もかも分からねぇことだらけだがとりあえず、俺達は残り二つのダンジョンに挑むことにしたのだった。
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