第177話 そして二人きり
「ちょっと、そんなにも大量のドロップアイテムがあって、市場に一切出てこないってのはどういうことなのよ!」
今回のダンジョン攻略は思っていた以上に疲労が溜まっていたようで、翌日は丸一日かけてゆっくりと体を休めることになり……更にそこからドロップアイテムのあれこれなんかで登城することになって二日が過ぎて……そうしてようやく迎えることが出来た暇な時間。
組合屋敷の居間の掘りごたつに入って温まりながら、ネイにダンジョン攻略の仔細を話してやると……話が終わるなりネイがこたつの天板をどんどんと叩きながらそんな声を上げてくる。
「仕方ねぇだろう、深森の研究の結果、あの草共にとんでもねぇ効能があるってことが分かっちまったんだからよ」
俺がそう返すとネイは、天板を叩いていた手をすっとこたつの中に戻してから言葉を返してくる。
「効能ってどんなのよ?」
「……いや、それがこう……なんとも説明しづらいんだが、傷がな、治るんだよ、あの草を食べると」
「うん? 薬草ってこと? 確かよもぎにもそんな効果があったような……?
それともガマの油みたいな感じ?」
「いやいや、よもぎとかそういう可愛らしいもんとは全然ちげぇんだ。
実験してみせるとか言われてその効能の程を目の前で見たんだが、刃物とかで腕を切ってだな、切り傷が出来て血が流れ出た所であの薬草を食うとだな……傷の程度にもよるんだが、少し待つだけですっと傷が塞がるんだよ。
ガマの油のたたき売りのあれなんてのはいっときの誤魔化しでしかねぇわけだが……あの草に効能に関しては本物なんだろうな。
流れ出た血を拭うと、もうどこに傷があったのかすら分かんなくなるんだからよ」
「……ちょ、ちょっと、それってとんでもない効能なんじゃ?」
「いやまぁ、クロコマの符術でも似たようなことが出来るからな、効能としてはそこまでじゃねぇんだが……乾燥させておけばいくらでも保存が効くみてぇでよ、符術とは全く違う手軽さがやばいってんで、全部を幕府が管理することになったんだよ。
たとえば戦の最中なんかに、兵の口の中にあの薬草を含ませておいて、怪我した瞬間飲み込めば……ってな感じで怪我を気にせず戦えるってんだからとんでもねぇ話だよ」
「あ、そうか……確かにそんな使い方されると厄介ね。
戦までいかなくても、盗賊だのに使われたら酷いことになりそうだし……そうなると市場に出回ることはない訳か」
「一応、医薬通りで緊急用ってことでいくらかを厳重に保管した上で使っていくことにはなるようだがな。
あれがありゃぁ刀傷沙汰もそうだが、火事や地震の際のけが人なんかもかなりの数助けられることになるんだろうし……吉宗様もそう言う時にはどんどん使っていくつもりのようだ。
ただまー……その便利さがまた別の騒動のきっかけになっちまってるみてぇだが」
と、俺がそう言うと、ネイはずいと体を乗り出して……視線だけで「どういうこと?」と、そんな言葉を投げかけてくる。
それを受けて俺は、手を軽く振って「別にそんな耳打ちで話すようなことじゃねぇよ」と伝えてから、言葉を続ける。
「さっきも言ったが効果としちゃぁ符術に似ていて……それでいて便利でもあって、クロコマや符術の研究のために江戸城に呼ばれた連中が焦ってるようなんだよ。
このままじゃぁ符術の研究費が削られるんじゃねぇかってな。
癒やしの符術に関しちゃぁ、傷以外のもんも治せるし、複数の人間を同時に治せるし、治る速度も薬草とは比べもんにならねぇ程に速いってんで、吉宗様は研究費を削るつもりもねぇし、それどころかその薬草を素材にしたらもっとすげぇ符術が作れるんじゃねぇかってより一層研究に力を入れるつもりなんだが……そう言われても中々心穏やかになれねぇようだなぁ」
「……ああ、それで今日はクロコマくんの姿が見えないんだ。
ポチとかシャロンちゃんとかボグくんとペルくんは?」
「ポチもシャロンもボグもペルも、皆クロコマの手伝いだな。
折角吉宗様に認めてもらった符術の危機となって、可哀想なくらいにうろたえるクロコマの側にいたいんだそうだ。
そういうことならと俺も行こうかとは思ったんだが……俺じゃぁ何の役にも立たねぇだろうから、ネイの相手でもしてろとさ」
俺がそう言うとネイは半目になってこちらのことをじぃっと見やってくる。
何か言いたいことがあるのなら言えば良いだろうに半目のままで口元を手で抑えて笑みを隠して……そのまま何も言おうとしねぇ。
……まぁ、俺にもネイの半目の意味はだいたい分かっている。
今日の組合屋敷には俺達以外誰も居らず……やれ研究だやれ鍛錬だと欠かすことなく顔を出していたエルダー達も何故だか今日は一人もやってこねぇ。
新婚ながら自分達の屋敷を買うだとかは、俺は組合屋敷を、ネイは新店舗を手に入れるって折の悪さで諦めていて……それぞれの家や部屋で会ってはいたものの、中々二人きりになれる機会は少なかった。
それをどうやらポチ達は気にしていたようで……そういう訳で連中は裏でこそこそと話し合って、その機会を無理矢理に作ってくれやがったのだろう。
「ま、たまにはこういうのも悪くはねぇな」
連中のそうした意図をあえて汲み取って、ついでにネイに孝行するかとそんな発言をすると……半目で俺をからかうような表情をしていたネイは、その表情のまま頬を染めて……染めながら硬直する。
まさか俺からこんな言葉が出てくるとは思ってもなかったとでも言いたいのか、予想外のことすぎて言葉も出てこねぇのか……そのままネイは黙りこくって、いつまでも黙っていることが気まずくなったのか、口元を抑え込んだまま俯いてしまう。
「いや、ネイ、お前……ここにきてそれはねぇんじゃねぇか?
今更そんな照れるような間柄でもねぇだろうに……意外とこういうとこは弱いんだなぁ」
そんなネイに対し俺がそう言うと、ネイは俯いたまま視線だけを上に向け、上目遣いに睨み上げてきて……そうしてから掘りごたつの中で、着物だってのに器用に足を動かし、俺の足を蹴り上げてくる。
それを受けて俺は、蹴り返しはせずに続く攻撃を回避するために足をささっと動かし……それを受けて掘りごたつの穴の壁を蹴ってしまったネイは、ムキになって何度も何度も攻撃をしかけてくる。
そうして俺達はしばらくの間……新婚の夫婦で何をやっているのか、こたつの中での戦いを続けるのだった。
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