第175話 陽炎


 無数の蔓による防壁が陽炎をまとった黒刀によって斬り裂かれ、親玉蕾本体に刃が届いて……直後、親玉蕾は、凄まじい速度でもって俺達から距離を取る。


 無数の蔓を足のように、百足のように、床を蹴って張ってあっという間に後退し、部屋の奥にあるらしい見えねぇ壁に自らの体をばしんとぶち当てる。


 それを受けて俺達は追撃をするよりも、一旦状況を整えるべきだろうとの判断を下し、親玉蕾程ではねぇが素早く後退し、蔓がすぐには届かねぇだろう辺りまで退いてから……大きく息を吸い、まずは呼吸を整える。


 次に全身に込めていた力を抜いて、ゆっくりと黒刀を床に突き立てて……すると汗がぶわりと吹き出し、吹き出した汗が垂れ流しになって目にまで入ろうとしてくるが、そうなることを予測していたらしいシャロンが、手ぬぐい片手に俺の体を駆け上がり、顔を拭いてから、腰に下げていた竹筒を口にぐいぐいと押し当ててくる。


 その竹筒には何かの果汁とハチミツ辺りを混ぜたらしい水が入っていて、甘くて爽やかで、どうしようもねぇ疲労感の中でもすっと飲む事ができて……油断せずに親玉蕾のことを睨みながらそれを飲み干した俺は、


「助かった、もう大丈夫だ」


 と、未だに俺の肩に張り付いているシャロンに声をかける。


 するとシャロンは鼻をすんすんと鳴らし……匂いでもって俺の状態の診断でもしたのか、そうしてから頷いて床へと着地し……後方へと駆け戻っていく。


 その間にポチもクロコマも、ボグもペルも竹筒での水分補給を行っていて……そうやって俺達が状況を立て直している中、親玉蕾は黒刀につけられた傷や、ぶった切られた蔓で未だにくすぶる陽炎をなんとかしようと、蔓を振り回したり、本体部分の腹というかなんというか……まぁ、大体その辺りを撫で回したりとしている。


 そうしているうちに陽炎はだんだんと弱まってきて……陽炎が消えた瞬間、蔓は再生し、本体の傷もふさがり始める。


「……刺さったままの流し針には気付いてもいねぇのか何もしてねぇな。

 あの蕾が感じ取れるのは魔力だけ……そうなるとやっぱりあの陽炎は魔力……なのか。

 魔力をまとって相手の傷を焼く刀ときたか……偶然とはいえ、ネイもとんでもねぇ刀を拵えさせたもんだなぁ」


 そんな親玉蕾のことを見やりながら俺がそう言うと、ポチが魔力がそこまで効果あるならと小刀を抜き放ちながら言葉を返してくる。


「ちなみにですが狼月さん、気付いていないかもしれないので言っておきますと、狼月さんの刀の魔力はもう霧散しちゃってますからね。

 どうやらあの状態は一時のことで、魔力を吸い続けないとすぐに元に戻ってしますようですね。

 またあの状態にしたいなら、先程と同じくらいの勢いであれと斬り結ぶか、それか誰かの魔法をその刀で受ける、という手もあるかもしれません」


「……またさっきと同じ勢いで斬り結ぶってのは、正直なところ勘弁願いてぇなぁ。

 できねぇことはねぇが……流石に体力の限界ってもんがある。

 魔法を受けるってぇと……クロコマの符術をぶつけてもらうだとか、シャロンが得意としているパッシブ魔法を強化するアレを黒刀に放ってもらうって感じか?」


「多分ですけど、シャロンさんの魔法では難しいかもしれないですね、ネイさんの魔法ならいけるかもしれないです。

 シャロンさんの魔法はどうにもぶつかり合うって感じではないので……あくまで僕がそう感じたってだけの話ではあるのですが、それでは駄目なんじゃないかと思うんですよ。

 それでは駄目で、魔力と魔力がぶつかり合うような感じが必要で……僕の斬撃を受けるとか、クロコマさんの弾力の壁を殴り続けるとか、そうしなければ駄目なんじゃないかなーと、愚考します」


「ポチの感覚と勘か。お前のそれは油断ならねぇからなぁ……。

 ならしかたねぇ……とりあえずはあの親玉蕾ともう一度斬り結ぶとしよう。

 それでもし俺の体力がもたねぇとか、魔力が足りねぇとかであの状態に成りきれねぇようだったら……その時はポチとクロコマと、それとペルの方で黒刀に向けて魔法や符術を放ってくれ。

 それを受けながらどうにか切り結んであの状態を目指し……それでもあの状態に出来そうにねぇなら、もう一度撤退してあの状態を効率良く再現出来るように再修行だ。

 ……流石にまた修行は勘弁だからなぁ、これで決着としてぇとこだがな」


 俺がそう言うと、特に反対の声が上がることなく一同は頷いてくれて……そうして再戦のための構えを取る。


 親玉蕾の傷はすっかり治り……未だ混乱のさなかにあるというか、蔓をあてもなく振り回したり、体の傷があった場所を撫で回し続けたりと、変な動きを続けているが、それもすぐにもとに戻るはず……。


 そうなって向こうからの攻勢に出られても面倒だ、こちらからさっさと仕掛けるとしようと、言葉にするまでもなく意思の疎通が出来ている全員が行動を開始する。


 前を行くのはボグ、切り札となった俺のための露払いをしてくれるつもりらしい。


 その後に続くのが俺で……左右にポチとペルが立って俺を助けてくれるつもりのようだ。


 そして後方にはクロコマとシャロン……出入り口の側からの後方支援の構えだ。


 そんな俺達の動きに気付いて親玉蕾は、変に悶えるのをやめて行動を開始し……部屋の最奥からこちらへとじわじわと前進をしてくる。


 前進をしながら当然のように蔓を振るっての攻撃を仕掛けてきて、それをボグが受けて、爪での反撃をして……そうして出来上がった隙を見て、黒刀を振り上げた俺は駆け出し、それにポチとペルが続く。


 俺が黒刀を振り下ろすと、必要以上に怯えているというか、恐怖しているというか、過剰な反応を示した蔓がわさりと連なり、群がっての防御態勢を取ってきて……そうして出来上がった壁に黒刀がぶちあたる。


 ぶちあたって火花が散り、それを合図として黒刀をとにかく振り下ろしまくっての連撃を開始し……あの陽炎をもう一度発現させようと何度も何度も、何度も何度も何度も、全力とありったけの魔力を込めて黒刀を叩きつける。


 そんな俺に対し親玉蕾は、ただ黒刀を迎撃するだけでなく俺本体をどうにかしようと蔓での攻撃を画策するが、それはボグと俺のすぐ側に控えたポチとペルが迎撃してくれて……それだけでなく俺自信も黒刀での防御を連撃の中に織り交ぜる。


 俺を殺そうとする殺意と魔力のこもった蔓での一撃は、あの陽炎を再現させようとしているこちらにとっちゃぁ、ありがたいもんで、援護のようなもんで……そうやって相手の攻撃を利用とする俺にビビったのか蔓の動きが鈍る。


 わざわざ鈍らせてくれるんなら、こっちとしちゃぁありがたいばかりで、その隙を逃すかと俺は攻勢を更に強めていって……そうして何度も何度も何度も何度も、もう何度叩きつけたかも分からねぇくらいに黒刀を叩きつけた頃に、ポチから声が上がる。


「陽炎です!!」


 それを受けて俺は黒刀の状態を確認するのも面倒だと、振り上げていた黒刀をそのまま親玉蕾本体へと向けて振り下ろし……親玉蕾へ二度目の斬撃を食らわせてやるのだった。

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