第173話 決戦 親玉蕾
数日後。
ダンジョン攻略の準備が整ったということで、植物まみれの第五ダンジョンへと向かい……新さんの魔法のおかげもあってか、攻略はさくさくと進み、あっという間に最奥へとたどり着いた俺達は、例のドアを前にして準備万端、気合も十分にそれぞれの獲物を構える。
「はい、という訳で熱海温泉旅行のために気張っていきましょう」
そんな中で真っ先に声を上げたのは、ガラス瓶を手に鼻息を荒くしているシャロンで……その瓶の中にはシャロンお手製の新作の毒薬が入っているらしい。
「で、その毒はどんなもんなんだ? 触ったり口の中に入ったりしねぇよう、気をつける必要があるもんなのか?」
そんなシャロンに俺がそう声をかけると、シャロンは……昨日渡した冊子に詳しく書いてあったでしょうとか、なんで読んでないんですかとか、そんな顔をしてから渋々といった様子で解説を始める。
「こちらにはいわゆる精油、と呼ばれるものが入っています。
特定の成分を含んだ精油は一部の植物にとってとても有害で、除草剤として活用されていまして……ただ有害なだけでなく、あっという間に効果が出る速効性のあるものとなっています。
前回色々試した中でこれが一番効いてる感じでして……うねうねと動き回っている関係か、吸収も早いようで、効果は驚く程早く発揮されます。
そんな精油を特別に濃縮して、もう一つ効果のあった塩を混ぜ込んだのがこの瓶の中身でして……言ってしまうと、こちらは人間にもコボルトにとっても特に有害じゃありません。
というかアレです、狼月さん辺りは同じような成分を皮膚に有しているはずですよ」
「はぁん? 俺にもだ? 皮膚ってぇと……つまりそれは人間の脂ってやつなのか?」
そんなことを言うシャロンに俺がそう返すと……シャロンは笑っているのか顔をしかめているのか、なんとも言えねぇ表情をしてから、言葉を返してくる。
「こちらの油はお茶とか野花から抽出したものなのですが……同じ成分とされている油が、一定の条件を満たした人間さんの皮膚にも出てくるんですね。
えー……つまりですね、こちらの油が皮膚に出てきますと、俗に言う加齢臭、のような匂いを発するようになります。
……まぁ、はい、そういう訳でこの油は人間やコボルトにとってはとても身近なものでして……まぁごくりと飲んだらお腹を下しちゃうでしょうけど、ちょっと触れるとか口の中に入った程度では特に問題ありません。
目に入ると痛いかもなので、そこは気をつけてくださいね」
そんな説明を受けて俺は、いやいやまだそんな年じゃねぇはずだとか、そんな匂いはしねぇはずだとか、そんなことを考えながら袖を持ち上げて、鼻に近づけて、鼻を鳴らしてみるが……そんな匂いは全くしねぇ。
いや、うん、それもそうだ、親父ならまだしも、まだまだ若い俺がそんな匂い出てくるはずねぇよな、ねぇはずだよな、いやしかし、もしかしてコボルト達の鼻には……?
と、俺がそんなことを考えながら鼻を鳴らし続けていると、シャロンはこれ以上の必要はねぇだろうとばかりに背負鞄を下ろしての準備をし始め……手で持っていた瓶と同じ油が入っているらしい瓶を何本も鞄から取り出し、その瓶用に作ったらしい投擲紐も用意し始める。
そうしたなら事前に打ち合わせをしていたらしいボグがドアのノブへと手をかけて……それを受けてシャロンはすぐに瓶を投擲出来るように構えを取り……ボグがドアを開けた瞬間、ぽぽいぽいと、次々に瓶が投げ込まれる。
それを受けて小さな体ながら、何本もの蔓を操る親玉蕾は、以前流し針を投げつけた時と同様に、その蔓でもって瓶を迎撃しようとして叩き割り……蔓や本体にべっとりと精油とやらが降りかかる。
それを何度も何度も繰り返して、持ってきた瓶全てを投げ込んだなら、すぐさまボグがドアを閉じて……その体でもってしっかりとドアを抑え込み、敵の親玉がドアの側や、ドラのこちら側に来ねぇと分かってはいるものの、一応の対策を取る。
「速効性があるとはいえ、吸収されるまではそれなりに時間がかかりますので、しばしここで待機しましょう。
そして十分に成分が行き渡り、相手の動きが鈍ったなら、いよいよ本番……親玉蕾との決戦です」
そう言ってシャロンは、背負鞄を背負い直し……防がれると分かっていながらも投げるつもりなのだろう、何本かの流し針を手に握り込む。
ポチやペルもまた流し針を構え……クロコマは符術での援護をするぞと、符の束をしっかりと用意して腰に下げ……俺とボグは囮件盾役をこなすために、それぞれの獲物……黒刀と爪を構えながら己のうちの魔力を滾らせていく。
俺達もそれらを使っての攻撃はするつもりだが、どうせ効きやしねぇのだろう。
であれば俺達の役目は魔力を大きく膨れ上げさせ、魔力を感知するらしい親玉蕾の意識を自分達に釘付けにすることで……敵に肉薄し、無防備な状態で流し針を刺すことになるポチ達のためにも、しっかりと囮にならねぇとなぁと気合を入れる。
俺達が不甲斐ねぇ真似をすれば一番危険な目に遭うのはポチ達だ。
そうなると手抜きも油断も許されねぇ訳で……今までも命がけの戦いはあって、その度に必死になってきた訳だが……今回はもう一段か二段上の、今までとは別モンの必死さがいるんだろうなぁ。
なんてことを考えていると、頃合いとなったのかシャロンがこくりと頷き……先程と同様にボグがドアノブへと手を伸ばす。
そうしてドアが開かれると、改めてというかなんというか、このダンジョンに不釣り合いの花畑の光景が視界に飛び込んできて……その中央で親玉蕾が、まるで草が萎れているかのような、茶色混じりの色となり、張りの失われた蔓をしんなりとうなだれさせて……毒が余程に効いたのか、弱りきった姿を見せてくる。
そんな姿を見ているとついつい油断したくなっちまうが……油断は大敵だ、俺とボグは込めた力と魔力と気合をそのままに、ドアの向こうへと足を進め、ずんずんと親玉蕾の下へと向かい……俺は黒刀を、ボグはその爪を力いっぱいに振り下ろす。
すると親玉蕾は、命の危機というか、切羽詰まった状況となって奮起したのか、蔓に張りを取り戻し、変色していた皮膚というか表面というか、とにかく体の色を緑色へと戻していく。
そうして無数の蔓が俺達の攻撃を防ぐために、鋭く力強く振るわれて……黒刀と爪と蔓がぶつかり合い、甲高い音を立てて火花を散らし……それが決戦開始の合図となるのだった。
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