第172話 それからとこれから
新さん……いや、吉宗様が魔法を使えるようになったと思ったら、その魔法は特別なもんで、他者の魔力の器を大きくするものだった。
そんなことが明らかになって……翌日には当然というか何というか、その件については口外無用、との幕命が下ることになった。
吉宗様の魔法はただ使えば器を大きく出来るものという訳でもねぇようで、その前に修行なり食事なりの、器を大きくするための支度が必要らしく、その上で魔法の光を浴びたなら器が普段よりもより大きくなる……と、そんな具合のようで、それなりに面倒ではあるのだが、効果の程は流石は天下の徳川家ってなもんで、実際に光を浴びた俺達の魔力は目に見えて……パッシブ魔法の効果が段違いになったと実感出来る程のもんとなっていた。
そんなことが広まってしまえば前々から魔力の器を大きくしようと修行やら苦行やらしていた連中にも目を付けられることは請け合いで、まず間違いなく面倒なことにもなるはずで……あの場に居合わせた一同、口外する気などさらさら無く、むしろ大恩ある吉宗様に面倒をかけねぇために積極的に隠蔽に協力するとまで申し出ていて……そしてそんな俺達に対し、吉宗様は口止め料代わりということで、ある提案をしてきた。
それは口外無用ながら有用な魔法なのは確かなので、忠勤著しい俺達だけは特別にその恩恵に与れるというもので……つまるところ俺達が今後、魔力の器を大きくしようと思ったら、江戸城に登城して吉宗様の自室で魔法の恩恵を得るか……何故か吉宗様の代理が出来る進さんなる人物を組合屋敷に呼んでそこで恩恵を得ることが出来る、というものだった。
そんな提案に対し俺たちは、江戸城ならまだしも組合屋敷なんかでやっても良いもんなのか? なんてことを思ってしまった訳だが、そこら辺は隠蔽工作の方を御庭番の隠密達が上手くやってくれるんだそうだ。
……まぁ、その魔法を使う際には魔力の器を広げるための食事がほぼ必須な訳で、当然その場に居ればそのための美味い飯を食える訳で、そこら辺を毒味無しで自由に食える新さんが一番の得をするような提案だった訳だが……まぁ、文句も異論もなし、力を貸してくださるというのだから、ここは素直に受け入れるべきなんだろう。
そういう訳で俺達は今後……吉宗様や新さんの暇を見てではあるが、より効果的に魔法の器を大きく出来ることとなり……ダンジョンの攻略に弾みがつくことになったのだった。
「実際あの最奥の親玉蕾は厄介そうだったからなぁ」
新さんが見せた力について、江戸城であれこれと話し合った翌日、組合屋敷の縁側で庭を眺めながらそんな言葉を口にすると、隣に座るネイが言葉を返してくる。
「いや、あたしにそんなことを言われてもね?
確かにあの場にいたし、魔法も使えるけども、ダンジョンには入ったこともないのよ?」
「まぁ、あれだ、たまには夫婦の時間があっても良いかと思ってな。
ポチとシャロンもどこかに二人きりで出かけたようだしよ」
「それならもうちょっと夫婦らしい話題を選んだらどうなの?」
俺の言葉にネイがそんな風に返してきて……頭をガシガシと掻いた俺は、なんとか話題を探そうと頭を働かせる。
「あー……なんだ、あー……飯か、美味い飯の話でもするか?」
「……話題を探してそれなの?
いやまぁ……冬の今、どこかに出かけるだとか季節の花だとか、そういう話題が出てこないのは仕方ないと思うけど……」
「……んなこと言われてもな。
もう少しで年末年始だって話でもするか? 大掃除しなきゃならねぇとか……。
……いや、待てよ、出かけると言えばだ……黒船がありゃぁ楽に温泉地まで行って雪見風呂なんて洒落たことが出来るんじゃねぇか?
ほら、なんだ……海沿いの、伊豆の方にある、熱海だったか? あそこまでならよ、黒船でちょちょいと行けちまうんじゃねぇか?
冬の雪道を歩いていくなんてのはとんでもねぇが、船で楽にいけるんなら……それだけでもちょっとした商売になりそうじゃねぇか?」
それはただの思いつき、ただなんとなしに口にしただけのもんだったんだが、商売人のネイとしては色々と思うことがあるのか、はっとした顔になってから深く考え込む。
「熱海まで黒船なら……半日もあれば余裕で行ける?
半日で行って温泉入って一晩泊まって、それから帰ってくるだけでも、それなりの娯楽になり得るんじゃぁ……。
客船の可能性はもちろん考えていたけど、そうよね、別に箱館までじゃなくても近場でも良いのよね……歩かなくて良い旅、か。
馬車による街道旅なんてのも話題になったけど、こっちの方が圧倒的に楽で、面白くて、商売になるんじゃぁ……」
深く考え込んでそんなことを言って、ネイは頭の中でそろばんを弾いているのか、そのまま空を見上げて……そうして無言となる。
そんなネイの横顔を見て俺は、まぁ、ネイらしいと言えばネイらしいかと何も言わずに、その無言に付き合っての無言を貫く。
無言を貫きネイの真似をして空を見上げて……今年の雪はどれくらい積もるんだろうかと、そんなことを考えていると……考えがまとまったのかネイが声を上げてくる。
「狼月、あんたさっさとダンジョンを攻略しちゃいなさい。
攻略が終わったなら、年末年始休暇ってことで皆で熱海まで行くわよ。
熱海までいって良さそうな旅館に泊まって……江戸からの客でどれだけ稼げるかを試算してみるわよ。
黒船で運行しても元が取れるのか、それだけの価値があるかは行ってみないことには分からないわ。
商船の方が稼げるんでしょうけど、それでも可能性があるなら二隻目を検討しても良いし……とにかく現地に行ってみないことには始まらないわ!
雪見温泉で体を休めながら向こうの食事を楽しめば魔力の器だって大きくなるんでしょうし……これもダンジョン攻略の一環みたいなものよ!!」
「お、おうよ……」
元々年末年始は休むつもりだったし、それまでには攻略するつもりだったし、文句もねぇんだが、流石に温泉旅行をダンジョン攻略と言い張るのは違うんじゃねぇかなぁと思いつつも……そんな声を上げて頷いた俺は、ネイの好きにさせてやるかと、それ以上は何も言わず……これからの計画とやらを熱く語るネイに、ただただ相槌を打ち続けるのだった。
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