第166話 決着……?


 無数の蔓を持つ大化け物蕾が一体でも増えたとなると、手数がうんと増えやがっただけでなく、そこまで広くはない部屋の中がその巨体で圧迫されることになり……飛んで跳ねての回避だけでは避けきれなくなりそう……だったのだが、そこで即座にクロコマが符術を発動させる。


「ワシらを忘れてもらっては困るのう!」


 なんて声を上げながらクロコマが発動させたそれは以前にも使った弾力の符術を、より多くの触媒を使うことで強化したもので……その力でもって弾かれ一息に部屋の隅へと押し込まれた大化け物蕾達は悶えるようにその蔓を暴れに暴れさせ……弾力の符術を強引に、無理矢理に突破し、その蔓をクロコマへと真っ直ぐに突き放つ。


「オラのことも忘れんじゃねぇぞ!!」


 だがクロコマの側には大盾を構えたボグがいて、大声を張り上げたボグが放たれた蔓を盾でもって防いで弾き……そこに俺とポチの斬撃が放たれて、大化け物蕾の蔓はずたずたに斬り裂かれる。


 押しやられて蔓を斬り裂かれ、それでも大化け物蕾達は蔓をあっさりと再生させて……蔓だけでなく本体でもって強引に……力尽くでクロコマの符術を打ち破り、クロコマが魔力を送り込んでいた符が裂けて燃えて、バラバラになり……それを受けて驚いてひっくり返り、ついでに手のひら、というか肉球を軽く火傷したクロコマのことを、シャロンが部屋の外へと引っ張り込んで、軟膏でもって治療し始める。


「符術って強引に破られるとあんなことになるのか!?」


「恐らくですが込めていた魔力が行き場を失って暴走したのでしょう!!」


 そんな光景を横目に見やりながら俺がそう声を上げると、ポチがそう返してきて……それから俺達は攻撃よりも回避に専念することにして、懸命に三体の大化け物蕾からの攻撃を避け続ける。


 時に駆けて時に跳んで、壁を床を天井を蹴って、縦横無尽に。


 そうやって飛び回り過ぎたせいか、上下左右があやふやというか、今自分達がどういう角度になっているのか、どこを駆けているのか、どこを向いているのかも分からなくなってきて……それでも容赦なく無数の蔓が襲いかかってくるものだから俺達は、冷静になる暇もなく魔力任せに部屋の中を駆け回る。


 その間もペルは流し針を刺し続けていて……刺し続けた結果、手持ちの流し針を全て刺し終えたらしいペルが、シャロン達の方へと駆け戻っていく。


 そしてそれを待っていたかのようにクロコマが復帰し、二枚の符術を地面に貼り付け……大きな声を張り上げてくる。


「狼月! ポチ殿! こちらに退避を! これで決めにかかる!!」


 それを受けて俺達はクロコマの方へと駆けていき……そんな俺達を蔓が追撃しようと追い回し、俺達を迎え入れるためにボグが盾を構えながら前に出てきて、俺達はその横を通り抜けて……追撃を仕掛けていた何本もの蔓が同時にボグの構えた大盾へとぶち当たる。


「むおおおおおおおお!!」


 なんて声を上げながら後ずさるボグ、致命的な音を立てながら砕けていく大盾。


 そしてクロコマが両手それぞれを符に置いて符術を発動させて……クロコマの背中に手を置いたシャロンもまた、クロコマを通じて符に魔力を送り込む。


 そうやって発動した弾力の符術二連は、大化け物蕾もその蔓もあっという間に部屋の隅へと押し込んで……押し込まれた大化け物蕾がぐしゃりと潰れていって……身体中に刺さった流し針から樹液が盛大に吹き出し、吹き出せば吹き出す程大化け物蕾は漬物石に押し潰された野菜のようになっていく。


「……うへぇ、魔力次第で符術はこんなことも出来るのか。

 圧殺とはえげつねぇなぁ」


「……相手が植物で良かったですね。

 これが動物だったらあれやらこれやらが出てきちゃいそうですよ……」


 息を切らし整え……壊れて使い物にならなくなった大盾から顔を覗かせながら俺とポチがそんなことを言うと……耳をピクピクと動かしたクロコマが声を張り上げてくる。


「馬鹿なこと言っておらんで、構えを取れ!

 ワシらの魔力にも限界ってもんがあるし……敵の体が消えておらんとこを見るとまだまだ戦闘はこれからのようだぞ!!

 ……もう少ししたら符術が解ける、そうなったら後は自分達でなんとかしてもらうからのう!!」


 その声を受けて俺とポチは、刀を構えながら一歩前に進み出て……部屋の片隅で樹液を吹き上げながら縮んでいく大化け物蕾のことを見やる。


 その姿はどんどんと縮んでいって……本当に漬物かと思ってしまう程に押し潰されて、よくもまぁあんな狭い空間に三体もの大化け物蕾が押し込まれているよなと、感心する程で……いや、本当にあそこに三体、いやがるのか?


 どんなに縮んだとしても潰したとしても、どう見てもあの小ささは二体が限度ってところで……その事に気付いた俺は飛び上がりながら大きな声を張り上げる。


「ポチ!!!」


 それだけの声と、俺が飛び上がったことでポチに全ては伝わったようで、ポチもまた全力でもって駆け出す。


 駆け出し、その場から退避し……直後、少し前まで俺達が居た場所の床から何本もの蔓がまるで地獄の針山かと思うような鋭さで、ぐわんと生えてくる。


「やっぱりか! こんちきしょう!!」


 どういう理屈かは分からねぇが、壁や床からの奇襲はこいつらが得意とする所……そんな連中のうちの一体が、符術から逃れるために壁か床の中へ入り込んでいたようで……回避行動を取った俺達を追いかける形でぐんぐんと蔓を伸ばしてくる。

 

 その蔓から脱げるため俺とポチは、またも駆けて跳んでの大立ち回りをすることになり……蔓の数が減って余裕が出たということで、逃げ回りながらも刀を振るって、蔓のことを切り刻んでいく。


 本体は未だに姿を見せていねぇが、それでもどこかにはいるはずで……今もその体には流し針が刺さってるはずで……蔓のことをこれでもかと切り刻んで本体を引きずり出してやるぞと、そんなことを考えて俺とポチは刀を振るい続け……切り刻まれる度に再生していた蔓は、だんだんとその勢いを失い、再生速度も目に見えて落ちていく。


「そろそろ姿を見せたらどうだこの野郎!!」


「アナタに勝ち目はもうありませんよ!」


 そんな蔓に対し俺とポチがそんな声を張り上げた―――その時、床からまるで水の中から浮いて来るような感じで、ぷかりと大化け物蕾の……萎れた本体が浮かんでくる。


 浮かんでくるなりそれは地面にぐたりと力なく広がり……広がり切ると微動だにしなくなり……そうして少しの間の後、きらきらと煌めきながら体が消滅し……ころころと、結構な量のドロップアイテムが、部屋の隅の方と、今しがた大化け物蕾が浮かんできた辺りに落ちてくる。


 それを受けて黒刀を鞘に納めた俺が、これでこのダンジョンも攻略完了かと、大きなため息を吐き出していると……刀を構えたままうろうろと部屋の中を歩き回ったポチが、震える声を上げてくる。


「……例の扉が無いものでもしかしたらと思って調べてみたのですが……皆さん、このダンジョンはどうやら、まだまだ先があるようです。

 ……ここに道が……真っ直ぐに伸びる道がしっかりありますよ」


 その声を受けて俺とドロップアイテムを拾っていたボグと、手に軟膏を塗り直していたクロコマと、それを手伝っていたシャロンは目を丸くし……そうして一同で同時に、大きなため息を吐き出すことになるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る