第165話 急成長


「思えば食いもんに特別な思いを込めるってのは、江戸っ子にとっちゃぁ当たり前のことなんだよなぁ、鯛でめでたいとか……九里四里美味い十三里はまた別もんか」


 そう俺が声を上げるとすぐ側に立つポチが言葉を返してくる。


「あー……そう言えばそうですね。

 お正月に食べる食積なんかもそうですからねぇ……。

 黒豆で邪気を払い、数の子で子孫繁栄、伊達巻で知恵が増えることを願い、栗きんとんで金運を呼ぶ。

 最近ではめでたさを重ねるっていうことで、お重箱に詰めるなんてのも流行り始めましたからね」


「お? 知らねぇのか? 最近は食積じゃぁなくておせちって呼ぶらしいぞ。

 江戸城近くの料亭が重箱に詰め込んだ料理のことをおせちって名前で売り出したことで定着しつつあるとかなんとか」


「へぇー……そうなんですねぇ。

 ウラジロ、ユズリハ、松竹梅、お餅、橙、 干し柿、ホンダワラ、伊勢えび、熨斗あわび、勝ち栗、昆布の蓬莱飾りとかも似た感じですかねぇ……全部が食べ物って訳ではないですけど。

 ……法力、神通力、霊力。

 昔から不思議な力についての伝承はある訳で……一部の修行僧達は異界との接触前からそこら辺を認識していたという話もありますし……そこにきて精進料理が魔力増強に効果的というか、魔力増強を意図して作られている節があるとなったら……もう、あれですね。

 もしかしたらずっと昔の昔、飛鳥よりも前の時代なんかには当たり前に魔力があって、魔法が飛び交っていたのかもしれませんね」


「はぁん……そうなるとこちらとあちらの違いってのは何になるんだろうねぇ?

 元は同じ世界……だったりするのかねぇ」


 なんて会話をしながら俺は黒刀を構え、ポチはコボルト刀を構え……例の大化け物蕾が複数体出てくる部屋を前にして構えを取る。


 あれから俺達は食い道楽よりも、精進を……己の魔力を高める目的で、組合の皆と一緒に、あるいは仲間達だけで、夫婦だけで食事をしたりして、精進を重ねてきた。


 そうして魔力を少しずつだが確実に高めていくと、新たに分かってきたことがあり……常に発動していると思いこんでいたパッシブ魔法も、たとえば風呂に入っている時、寝ている時なんかには発動していねぇと気付き……パッシブ魔法の発動の切り替えや、出力の調整……のようなものを感覚的に身に付けることに成功したのだった。


 調整出来るようになると、無駄な魔力の消耗が減り、効率的な節約が出来るようになり、長期戦でも魔力と体力を維持出来るようになってきて……そうしてパッシブ魔法の使い手の俺とポチはがらりと戦い方を変えることになり……それから鍛錬と連携の練習を積み上げ、そして今日、俺達はその戦い方でもってダンジョンへと挑むことになった。


 ボグは引き続き盾を構えての壁役だ、シャロンやクロコマ、ペルを守る大事な役割。


 クロコマは符術で全員を助け、シャロンは投擲や覚えた魔法で俺やポチの支援、ペルは遊撃隊としてその時々の判断で動いてもらうことになり……そして俺とポチは、ここまで溜め込んだ魔力を使ってパッシブ魔法を全開にしての……斬り込み隊。


 俺は盾を捨てて黒刀を握り、ポチは流し針を刺す役目をペルに任せてコボルト刀を握り……そうしてダンジョン内を駆け回って、飛んで跳ねて……大化け物蕾の攻撃全てを回避し、いなし、遊撃のペルが流し針を刺すための隙を作り出す。


 器を広げた俺とポチが魔力を全開にしたなら、魔力でこちらを感知する大化け物蕾の攻撃は俺達にしか飛んでこねぇはずで……三体現れようが四対現れようが、どんな奇襲が来ても俺達以外に攻撃が行くことはねぇはずだ。


 その分だけ俺達が攻撃を食らう可能性は上がる訳だが……器を広げ、一種の開き直りのような、坊さん達が言う所の悟りの境地のようなものに片足を突っ込むことに成功した俺とポチは、その全てを回避して見せると……回避することが出来るとの自信を胸に、足を進め、部屋の中へと入っていく。


 するとまた前回のように壁の中から蔓が現れ、真っ直ぐに俺達の方へと向かってきて、俺とポチは同時にその蔓を切り払う。


 切り払われた蔓はすぐに再生し、更に多くの蔓が壁の中から現れるが……俺達はその全てを、パッシブ魔法で強化した身体能力でもって切り払っていく。


「狼月! ポチ! 下だ!!」


 そうしているとペルの鋭い声が響いてきて、俺達は確認することなく床を蹴り、尋常の人では不可能な程に高く早く飛び上がる。


 飛び上がったなら空中で姿勢を整え、刀を振って、床から生えてきた蔓を切りながら安全そうな一帯に着地し、次から次へと襲いかかってくる蔓全てを切り払っていく。


 そんな風に連続でこの重い黒刀を振ったならならあっという間に息が切れそうなものだが、パッシブ魔法が強化してくれた胸はまだまだ行けると余裕を見せていて、息が切れることはない。

 

 シャロン曰く、体内の魔力が呼吸で吸う空気……酸素の代わりをしてくれているとかなんとかで、そのおかげで多少動き回った程度では息が切れることはねぇそうだ。


「はっ、魔力の器が広がるだけでこうまで違うたぁなぁ!」


「狼月さん、油断しないでくださいよ!」


 蔓を切り払う中で俺がそう声を上げると、ポチがそう返してきて……今度は上下左右、というか四方八方から蔓が現れ、確かにこりゃぁ油断してらんねぇなと俺は床を蹴り飛び上がる。


 同時にポチも飛び上がり……それから俺達は空中で身を翻しながら刀を振るい、ダンジョンの見えない天井や壁を蹴って蹴って、上下左右に飛び回って、まるで義経公の八艘飛びってな気分で襲いかかる蔓を回避しながら、その全てを切り払っていく。


 それでも息は乱れねぇ、体力も魔力もまだまだ充実している。


 技術はまだまだな俺達だが、身体能力では確実にそこらの達人連中を上回ったなぁと、そんなことを考えていると、焦れたのか何なのか……三体の大化け物蕾が姿を見せてくる。


「やっぱり居たぜ三体目ぇ……植物如きが伏兵たぁ舐めやがって」


「はるか海の向こうに住まうという食虫植物なんかはありとあらゆる手で虫を騙し捕食するそうですし、むしろこういった絡め手こそ植物らしい手なのかもしれませんよ」


 その三体の大化け物蕾を空中で睨みながら俺がそんな声を上げると、床をすたたたたっと、目にも留まらぬ疾さで駆けるポチがそう返してきて……そうして大化け物蕾との戦いは本番を迎えることになるのだった。

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