第167話 親玉蕾
更に奥へと道が続いている。
あの扉が無かった時点で、ある程度は予想していたが、それでもその事実は衝撃的で、ため息を吐き出した俺達はそのまま崩れ落ちそうになる。
……が、ここで力を抜いては駄目だと踏ん張って全身に力を込めて立ち直り……全員の状態を確認したなら小休憩を取り、茶をがぶりと飲んで水分を補給し、握り飯を腹の奥へ押し込むかのように食って栄養を補給し……そうしてからその奥へと続く道を進んでいく。
撤退するにしても情報が欲しい。
次回挑む時の指針になる何かが欲しい。
そんな事を考えながら足を進めていくと、二つの部屋があり、化け物蕾が何体か出現してくるが、今となってはそんな連中敵でもなく、難なく撃破出来、更に奥へ奥へと進んでいく。
すると大化け物蕾が居たのと同じような空間に出て……化け物蕾はもちろん、大化け物蕾もいないその空間のことを少しの間調べていると、またいつのまにかあの扉が現れて……それを確認した俺達はなんとも言えない安堵のため息を吐き出す。
「あー……よかった、ここが最奥か。
これ以上先ってぇのは流石に考えたくなかったなぁ」
「最奥にして、親玉のいる空間ということですね……。
しかしそうなるとあの扉の向こうには大大化け物蕾でもいるのでしょうか?」
俺とポチがそんな会話をしながらその扉へと近付いていって……ドアノブを握ってその扉が開閉可能であることを確認したなら、念の為に、蔓での攻撃が飛んでくるかもしれねぇからと、シャロンとクロコマ、ボグとペルに少し離れてもらってからそぉっと……ゆっくりと慎重に扉を開く。
「さてさて……鬼が出るか蛇が出るか」
「……せめて花が出るか草が出るかにしません?」
開きながらそんな軽口とポチと叩き、そぉっと開いた扉の隙間から中を覗き込むと……まさかのまさか、扉の向こう側には、このダンジョンの様子からは想像も出来ない、可憐な花畑が広がっていた。
白、黄色、桃色、薄く爽やかな彩りの可愛らしい花々が並び、空から降り注ぐ太陽の光を遮るものはなく、どこまでも陽の光と青空が広がっていて……花々が揺れる様子を見るに、爽やかな風まで吹いているようだ。
「こりゃぁまた……新しい芸風で来やがったな。
まるで別のダンジョンに繋がってるかのようじゃねぇか……」
「うぅん……あるいは、昔はここもこんな風な景色だった、とか?」
そんな俺とポチの感想が気になったのか、シャロン達がこちらをちらちらと見る中、俺達は敵の親玉の姿を探すが……化け物蕾の系統と思われる存在は特に見当たらない。
「……まさか花が敵って訳でもねぇだろうし……大化け物蕾みてぇにどこかに隠れてるのか?」
「それかあるいは、花に擬態している、とかですかねぇ。
大化け物蕾みたいな奇襲をされる可能性を考慮すると、試しに入ってみるというのには賛成できないですねぇ……」
「なら出来ることはせいぜい、何かを投げ込んでみる、くらいか。
相手が生物ならシャロンの毒薬でむせさせる、なんて方法があるんだがなぁ……とりあえずは礫で様子を見てみるか」
「了解です。
もし何かあったらすぐに扉を閉じましょう、あの長い蔓は厄介ですからねぇ」
更にそんな会話を続けたなら、礫を用意し、しっかりと握り……花畑の中央辺りへと投げ込んでみる。
すると花畑の中に隠れていたというか、埋もれていたというか……花の一種かと思って敵だと認識していなかった小さな……常識的な大きさの蕾の一つが蠢いて、その中から非常識な量の蔓を吐き出し、飛んでくる礫を凄まじい勢いでもって叩き落とす。
それを見た俺達は蔓がこちらに迫ってくるような様子は無いながらもすぐに扉を閉じて、扉が開かれることのないようにと念の為に背中でもって押し込んで……押し込んだまま、口を開く。
「小型から大型ときて、更に大きくなるかと思ったら、まさかのまさか、小型より縮んでくるたぁなぁ」
「えぇ、驚きました。
その小さな体から馬鹿みたいな量の蔓が生えてきたことも。
あれもまた常識で考えてはいけない存在であるようですね……で、どうします? やり合いますか?」
「……いや、撤退だろうな。
撤退して作戦を組み直す……が、とりあえず今やれるだけのことはやって、情報を集めておこうぜ」
と、ポチとそんな会話をしたならシャロン達を呼んで……そうしてから準備を整えた俺達は、扉の向こうへと様々なものを投げ込み始める。
まずは流し針。
全員で一斉に投げまくったが、その全てが大量の蔓であっさりと叩き落されてしまう。
どうやら投げるのはもちろん、矢として射るなんてのもこいつには通用しないようだ。
次はボグのぼろぼろになった大盾。
どうせもう使えねぇだろうからと放り投げてみたところ、蔓に捕まりぐるぐる巻きにされ、そのまま握りつぶすかのように潰されちまって……どうやら力はかなり強いようだ。
そん次は物って訳じゃぁないんだが、クロコマの符術でもって魔力の塊を部屋の外から投げへと放ってみる。
結果は蔓によってあっさりと迎撃されちまうというものだった。
……あの蔓、魔力までぶっ叩けるのか。
そこから先はシャロンの独壇場。
塩をはじめとした植物に有効そうなもんを次から次へと、採算度外視で投げ込んでいく。
その全てが当然のように蔓に迎撃されることになった訳だが、迎撃されたことによりむしろ塩他の粉末が周囲に散らばることになり……蔓の悶え方からしてそれなりの効果はあったようだが、決定的なものではなかったようで、その動きを鈍らせたり、蕾を弱らせたりといった結果には繋がらなかった。
「……遠距離での流し針はほぼ無意味、シャロンの毒には期待が持てる、か。
こうなると決め手はやっぱり接近戦になりそうだな」
「そうですねぇ……あの数の蔓を相手にするのは大変でしょうけど」
「そもそもあの小ささでは流し針もそうは刺せんからのう……樹液に関しても入っているのか入っていないのか分からんような状態だ、直接叩き潰した方が良いだろうのう」
「うっふっふ……対植物用毒塩の改良をしなければなりませんね」
「そーなるとオイラはの出番はあんまりなさそうだねぇ」
「その分オラが頑張るよ!!」
俺、ポチ、クロコマ、シャロン、ペル、ボグの順でそんなことを言い、扉をしっかり閉めて……そうして俺達はまだ少しの体力の余裕があるからと、あえてダンジョンを歩いて入り口まで戻り、大量のドロップアイテムと共に江戸城へと帰還するのだった。
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