第163話 魔力の器
しばらくの間、体を鍛え直すと決めて……それなりの運動と体作りのための食事を繰り返すようになって五日後。
さて、今日はどんな飯を食うかな? なんてことを組合屋敷の廊下で考えていると、通りがかったペルが声をかけてくる。
「……兄弟? なんかしばらく見ないうちに、随分と魔力を蓄えられるようになったね?
苦行でもしているのかい?」
「いや? 魔力に関するようなことは特に何もしてねぇが……?」
俺がそう返すとペルは訝しがるような顔をし……じろじろとこちらを見やりながら言葉を続けてくる。
「いやいや、以前とは全く見違えるような魔力の充実っぷり……絶対に何かしてるでしょ。
これだと自分でも何か、変化みたいなものを感じ取ってるはずだよ?」
「んなこと言われてもな……。
俺としちゃぁ全くいつも通りで……ああ、いや、そうだな。
一昨日湯豆腐を食べている時になんかこう……パッシブ魔法が発動するような感覚があったような……?
いやしかしそれも一瞬のことで、そんな魔力がどうこうって感じじゃぁ無かったがな?」
「……いや、そもそも狼月は魔力を茶碗に盛り付けて食べるなんていう、無茶苦茶な方法で魔法を習得してるからね……食が魔力に関係するというのも十分にあり得ることだよ。
コボルト達がコボルトクルミで火力を回復したりもしているし……それに近い感じとか?」
「いやいや、コボルトクルミは異界の食べ物だから、だろう?
あの時食ってた湯豆腐は至って普通の湯豆腐だったぞ……? それも確か豆腐を食ってた時だからなぁ……豆腐でも魔力、増えるのか?」
「流石にそこら辺はしっかり調べてみないことには、なんとも言えないかな。
だけど……兄弟に起きている現象は何かを食べて魔力を回復したとか、そういうんじゃなくて……魔力を入れる器、それを大きくした結果、保有魔力が増加してるって感じだから……えぇっと、湯豆腐を食べると魔力の器が大きくなる、かもしれないのかな」
「……湯豆腐でか。
いやしかし待ってくれ、豆腐なら毎日のように食ってるぞ? 味噌汁に冷奴に……。
ってことは何か、俺ぁ毎日魔力の器が大きくなってんのか?」
「うーん、その可能性が無いとまでは言わないけども、それだけで大きくなっているのならもっと前に気付けたはず……。
何か湯豆腐を食べた時に変わったことはなかったのかい?」
「変わったことってもなぁ……ちょいとばかし高級な店に行ったこともあってか、驚く程美味かったってことくらいかねぇ?
ここ最近は景気が良いおかげか、どこの店に行ってもだいたい美味いもんを食わせてくれるんだけどよ、高級店となるとそれがまた一段と美味ぇんだよな。
良い材料かき集めて手間暇かけても儲かるってんで味がどんどん良くなっててなぁ、食い道楽としちゃぁ嬉しい限りだねぇ」
「……うん? 兄弟って最近ずっと、美味いものばっかり食べてた?
確か何日か前にオイラ達に声をかけずにあんこう鍋食べてたりしたよね?」
「お、おう、そうだな、あの日から美味いもんばっかり食べてるな。
……っていうかあの日はちゃんと、うんまい寒ブリ昆布鍋を食わせてやったじゃねぇかよ!!」
半目で恨みがましそうにそう言ってきたペルに対し、慌てながら俺がそう返すと……ペルは腕を組んで首を傾げてしばらく頭を悩ませて……そうしてから言葉を返してくる。
「もしかして、なんだけど、湯豆腐どうこうは関係なくて、美味いもんを食えばそれだけで兄弟は魔力の器が大きくなるとか?
大きくなるっていっても僅かな量で、普段は気付け無いんだけども、続けて食ったもんだから変化が露骨になった、とか?
……もしかしたらそこに食材によっての影響の大小とか、そういうのもあるかもしれなくて……消化が良いとその分だけ器への影響も早いとか?
それならまぁ……湯豆腐は消化に良さそうではあるよね」
「……なんだそりゃ。
つまり俺ぁ、坊さんや修験者達が苦行で得てるもんを、ただ飯食ってるだけで得られるって訳か?」
突拍子もないペルの話に俺がそう返すと……ペルは至って真面目な顔で言葉を返してくる。
「ありえない話じゃないでしょ。
そもそも魔力それ自体が胡乱な存在な訳だし……理屈どうこうを言うなら苦行で器が大きくなるのもどういう理屈でそうなるのかは分かってないんだしさ。
美味いってのは主観の話で……何が辛いか苦しいかもある意味主観で、苦行を喜んじゃうようなアレな人も世の中にはいる訳だから……うん、まぁ、そう考えれば似たようなもんじゃないかな?
それにだ美味しいものを食べてりゃそれで良いって、喜んでもいられないんだよ?
この仮説が本当だとすると、ご飯を美味しく食べられなきゃ器は大きくならない訳で……たとえば悩み事があるとか、腹がいっぱいでこれ以上食べられないとか、舌をやけどしちゃったとか、そういう要因でどんな高級料理でも、高級料亭のご飯でも美味しく食べられないとなったら、それで成長が止まっちゃう訳だからねぇ」
「……美味いもんをただかき集めて食えば良いってもんじゃなくて、心を晴れやかにして腹を好かせて、美味しく楽しく食わなきゃぁならねぇって訳か。
そういうことなら最近はよく運動をしていたし、新婚ってこともあって心は軽いし……ボグやペルみたいな仲間も増えたしで、何を食っても美味いような状態が続いてはいたなぁ。
そんな状態でうんまい飯を食ったもんだから、影響が大きかった……かもしれねぇってことか。
……まぁ、あくまで仮説で、これ以上のことを確かめたけりゃぁもっと美味いもんを食って食って……器がどうなるかを確認しねぇとだな」
と、俺がそう言うと、ペルはさっき以上の半目となってこちらを見やり……そうしながらため息まじりの言葉を続けてくる。
「はぁ……まぁ、その通りなんだけどさぁ、なんだか魔力も安っぽくなっちゃったもんだねぇ。
とりあえずオイラくらいに魔力の敏感なのがその体に触れてる状態で食事をすれば、器にどういう影響を与えているのかとか、そこら辺のことが分かるはずだから、その辺りから試していくとしようよ。
同じくパッシブ魔法の使い手のポチがどうなるかもためして置きたいとこだね……それと同じものをネイさんにも食べてもらって、ほとんどダンジョンにいってなくて、身体的な鍛錬もしていなくて……だけども魔力の使える彼女にどういう変化があるか確認しておきたいとこだね」
その言葉に俺はこくりと頷いて……そうしてから自らの腹をばしんと叩き、
「よし、そういうことなら早速、皆で美味い飯を食うとするか!」
と、そんな……美味いもんを食いたいだけ食える都合の良い理由が見つかったとの、喜びの大声を張り上げるのだった。
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