第162話 話し合うべきことよりも、鍋に夢中な二人


「まさか二体目が出てくるたぁなぁ……そうするとあの大化け物蕾は、最奥の大物じゃぁなくて、ただの雑魚って扱いなのかねぇ」


 組合屋敷の居間の囲炉裏でぱちぱちと爆ぜる炭を見ながら俺がそう声を上げると、自在鉤に吊るされた……まだ水しか入っていねぇ鍋の中を、菜箸でかき回すポチが言葉を返してくる。


「そうなんでしょうね。

 まぁあの扉が無かった時点である程度察してはいましたが……今後はあの連中ともやり合うつもりで温存しながら進んでいかないとですね」


「それかもっと効率的な倒し方を編みだすか……。

 今日シャロンはそこら辺の研究だとかで医薬通りに行ってるんだろ?」


「はい、そこで植物にも効く毒薬の研究をするとか。

 ついでに魔力を薬に込めることで、あの化け物蕾が自ら体内に取り込むようにするつもりだそうです。

 魔力入りの樹液を飲んでいたということは、魔力入りの毒薬もきっと飲んでくれるはずってことのようですね」


「なるほど、道理ではあるな。

 で、クロコマは神田明神で修行ついでの符術の再研究……ボグとペルは俺達が投げた流し針が格好良いとか言い出して、忍び装束を着込んでの手裏剣ごっこを庭でやってる最中、と。

 ……俺達も改めて鍛え直すなりしたほうが良いのかねぇ?」


「苦行をすれば魔力が宿るというのなら、それもありかもしれませんね。

 道場で狼月さんのお父さんに死ぬほど鍛えてもらえば、体の動きが冴えることはもちろん、パッシブ魔法の強化にも繋がるかもしれませんよ」


「今更それもなぁ……体を鍛えるのは普段からやってるし、親父から習うべきことは全て習った……。

 ただ苦行のためにやるってのも、どうにもやる気にならねぇなぁ」


「……そうですか。

 気持ちは分かりますけど……ただまぁ、このままではいけないことは確かなので、何か考えないといけませんね」


 と、そう言ってポチは鍋の中にまずは味噌を入れて解いていく。


 味噌を解いたなら、よく叩いて焼いてコクと香りを強くしたあん肝を入れて解いて……酒、みりん、下ろし生姜を入れて、ゆっくりとかき混ぜる。


 そうやって下地が出来上がったなら、豆腐、白菜、しいたけ、長ネギを入れてくつくつと煮て……ある程度煮えたなら一口の大きさに切り分けたあんこうの身をごろごろと入れていく。


「あんこうは煮すぎても固くなったりはしないので、じっくり煮て良いお魚なのです。

 じっくり煮れるってことはじっくりと味を染み込ませられるという訳で……じっくりことこと煮込めばその味はまさに天にも昇るほど……滋養もたっぷりで、これを食べればダンジョンの疲れも抜けるはずです」


 なんてことを言ってからポチは、鍋に蓋をし、菜箸を小皿に置いて竹筒を持って……竹筒を使って炭に息を吹きかけ、火力を増させぐつぐつと煮る。


 そこからは忍耐で良い香りとたまらない炭火の香りが漂ってくる中耐え続け……普段の鍋よりも長く長く耐え続けて、しっかりと煮込んだなら……ポチと俺の分の皿と箸を用意し、鍋の側でそれらを構えて……ゆっくりと蓋を開ける。


 するとたっぷりと香りのこもった湯気が立ち、ぐつぐつと煮立つ鍋の中であんこうの肉がぷるぷると揺れ……俺とポチはすぐさまに『いただきます!』と異口同音に声を上げて、箸を伸ばす。


 ぷるんと揺れる肉を箸で掴んで口の中に放り込んだなら、すぐさまその旨味と、生姜味噌の香りが口の中に広がり、ひとたび噛んだなら、肉から汁と旨味が吹き出し……後はもう夢中で噛み続け、気付いた時には飲み下している。


「……うめぇ。

 こんなにうめぇと飯が欲しくなるなぁ、炊きたての飯が」


 飲み下しそんな言葉を俺が口にすると……ポチはあんこうのヒレをガシガシと噛みながら言葉を返してくる。


「狼月さん、我慢です、ここは我慢です。

 もう少し……もう少し鍋の中身が減ったなら米を投入しておじやにしますから……煮汁を取り分けてうどんも作りますから、今はとにかくアンコウの美味しさを堪能しましょう」


「ぐ……そう来たか。

 そう来るってんなら仕方ねぇ、ここは我慢をするとしよう」


 そんなポチにそう返したなら、後はその時を待つことにして箸を動かし……鍋の中のものを次々に口の中へと運んでいく。


 豆腐もしいたけも白菜も長ネギも、どれもこれもがあんこうの旨味をこれでもかと吸っていて、別物かと思うほどの味へと進化している。


 あんこうそのものには敵わねぇが、あんこうの美味さをしっかりと引き立てる脇役を上手くこなしていて……どれを食ってもただただ美味いとの感想しか湧いてこない。


 そうこうしていると段々と鍋の中身が減ってきて……ポチが事前に洗っておいたらしい白米をずざさと鍋の中に流し込んで、白米が旨味の塊となった煮汁を吸い込んでぷくぷくと膨らみ始め……極上のおじやが出来上がっていく。


 おじやが出来上がったなら自在鉤から外し、もう一つの鍋を吊るし、そちらに移した煮汁でもってうどんを煮込んでいって……うどんはうどんで極上の出来に仕上がっていって……口の中であんこうの味を反芻していた俺達は、もっともっと旨味をと求める体の声に負けて、出来上がり次第に茶碗を構え、さっと盛り付けたなら勢いよく口の中に流し込んでいく。


 ゆっくりと食べてよく味わった方が良いとは分かっているのだが、それでも体の声に突き動かされてしまって……せめてよく噛んでその旨味を引き出してやろうと一生懸命に口を動かす。


 動かして飲み下して……そうして気が付けば茶碗も鍋も空っぽになっていて、俺達は満足のため息を吐き出しながら茶を用意し、がぶりと飲み……天井を見上げながら言葉をもらす。


「あー……うめぇ。

 ……そうだな、道場での鍛錬も苦行もごめんだが、一から体を鍛え直すってのも悪くねぇかもな。

 あのダンジョンを盾構えながら駆け抜けられる、体を作り上げるとするか」


「そうですね……ここで、僕達なりのやり方で鍛えて、鍛えながら美味しいものを食べて食べて食べまくっての体つくりをするとしましょうか」


 するとポチがそう続いてきて……俺はそれに頷いて返事をして、ポチもまた頷いて同意が成る。


 そうして二人で大満足となって、膨れた腹を撫でていると……どたばたと慌ただしい足音が聞こえてくる。


 その足音はすっかりと聞き慣れたネイのもので……こちらへと真っ直ぐにやってきたネイは、戸を開いて笑顔を見せて、そうしてから両手で抱えていた長箱をこちらに見せつけてくる。


「見て見て、良いブリが手に入ったわよ! しかも二尾!

 今晩は皆でこれを食べましょう!!」


 それは本当に美味しそうなブリで……今の寒さで鍛え上げられた身を、これでもかと輝かせていて……そんなブリをじぃっと見やった俺とポチは、


「でかした!」

「さすがです、ネイさん!」


 と、そんな声を同時に張り上げるのだった。

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