第159話 何度かの戦いを終えて


 一度倒せれば後は楽なもので、それから俺達はどんどんと化け物蕾を倒していった。


 俺とボグが盾で受けて、ポチ達が流し針を刺して……そうしてダンジョンを奥へと進み、何度かの戦いを経たことで、ずっと化け物蕾の観察をしていたらしいクロコマが、その生態というか習性というか、とにかくそんなものを見抜くことに成功し……何度かの戦闘後、広い部屋で適当に座りながらの休憩中にそこら辺の説明をし始める。


「ようするにだ、奴らは心の目のようなもので魔力を見ておるのだろうのう。

 狼月はパッシブ魔法の使い手で、ボグは異界の生まれで、戦闘中はその大きな体に魔力を充満させておる。

 それがゆえに化け物蕾はその大きな魔力を感知して、真っ先に攻撃してくる……という訳だのう。

 ワシ等の動きに気付かんのは、体が小さい上にパッシブ魔法の使い手ではなく、魔力を充満させていないからだろうのう。

 その上、流し針を刺すという戦闘法には魔力は不要なのだから、奴らがワシ等に気付かんのは当然のことと言える訳だのう」


「ふーむ……しかし以前、始めて化け物蕾と戦った際には、ポチとペルに気付いて攻撃をしようとしてなかったか?

 その時はもう流し針も刺し終えて逃げるだけの状態で……魔力なんて込めるようなこともしてなかったと思うが……」


 クロコマの説明に対し、首を傾げた俺がそう返すと、クロコマは一つ頷いてから言葉を返してくる。


「うむ、あの時ポチ殿もペル殿も魔力を込めてはおらんかったが……逃げる際に二人は奴の体液と言うか樹液というかを踏んでしまっていた。

 奴が動けるのは恐らく、その液に魔力を込めて操作しているからで、あの時流れ出た液にはそれはもうたっぷりと魔力が込められておったのだろう。

 それを踏んでしまい、魔力水がちゃぷんと揺れて、それで魔力の揺れを感じ取ってそこに何かがいると気付いたのだろうのう。

 仮に流し針が魔力を使うような代物であったのなら、奴は刺された瞬間に気付いて、引き抜くなりの対応をしていたのかもしれん」


「ああ、なるほど……魔力が動きさえすれば、それであいつはそこに何かがいると気付くのか。

 ……しかしそうすると、だ。

 こう……魔力が一切ねぇ連中なら、化け物蕾に襲われることなく最奥まで行けちまうんじゃねぇか?」


「確かにそれなら行けるかもしれんのう。

 まー、行けたとして戦闘をしないではドロップアイテムも手に入らんし、何の意味も無いがのう。

 ダンジョンの調査という意味ならあるかもしれんが……魔力のない人間はダンジョンの秘密とかにはあまり興味無さそうだしのう。

 ダンジョンに入り続けるうちに狼月のように魔力を宿すようになるかもしれんし、そうなったら途端に襲われることになる訳で、いやはや危ないったらないのう」


「いつどうやって魔力が宿るか分からねぇのに、魔力が宿った瞬間襲われる訳か……。

 そいつはまた、たまったもんじゃねぇなぁ」


「そもそも化け物蕾をなんとかできたとして、他の魔物が現れるという可能性も否定しきれんからのう。

 最奥の大物のような連中が道中突然出現せんとも言い切れん訳で、一種ではなく二種三種の魔物が出てくる可能性だってある訳で……その上ドロップアイテムも手に入らん、稼げんとなったら、誰もそんな危ない真似はせんだろうのう」


「それはまぁ……そうか。

 魔力で動き、魔力を感知する、魔力生物……か。

 そうするとこう、上手く魔力をぼやかすとか、どこかに魔力を塊にして吐き出すとかしたなら……囮とかになったりしねぇかな?」


「どうにかして無理矢理にそんなようなことをやってみれば、一瞬の囮にはなるかもしれんが……それもあの蔓でびしばしと叩かれたならすぐに霧散してしまうだろうからのう。

 疲れて叩かれたく無い時に、魔力をこう……体の芯の方に抑え込むとかが精一杯だろうのう。

 狼月がそうすればボグが多く殴られ、ボグがそうすれば狼月が多く殴られる。

 二人が同時にしたならワシらが狙われる訳だから、それだけは勘弁して欲しいがのう」


「なるほど……ならまぁ、余程のことがない限りは、んなことはしねぇほうが良さそうだな。

 ……そもそも魔力を抑え込むってのもよく分からねぇし」


「分かりたければ滝行や苦行でもして悟りの道を踏み出してみると良い。

 何年か続ければ最初の一歩か二歩くらいの理解はできるかもしれんのう」


 ……と、そんな会話をクロコマとし、水筒の中の茶をごくりと飲んだ俺は、出来もしないことに頭を回すのをやめて、ぼんやりと体を休ませる。


 このダンジョンがあとどのくらいの深さまで続いているのか、あと何度化け物蕾と戦うのか、どちらも全くの未知数な訳で……出来るだけ体力を回復させようと力を抜く。


 そうしてどれだけ時間が経ったか……そろそろ立ち上がって先に進むかと抜いていた力を込めようとしていると、クロコマが側へとやってきて、ちょいちょいと袖を引っ張り、ポチ達の方をそっと指で指し示す。


「……狼月としてはアレ、許せるのか?」


 更にそんなことを言ってきて……俺は出来るだけ視界に入れないようにしていたポチとシャロンの方へと視線をやる。

 

 二人はなんというか、この休憩時間もずっと……お互いの手を取り合ったり見つめ合ったり、いかにも新婚夫婦でございますというような仲睦まじい様子を見せていて……どうやらクロコマはそれに思う所があったようだ。


「許すも何も、夫婦仲が良いってのは結構なことじゃねぇか」


 そうクロコマへと言葉を返すと、クロコマはその鼻筋にシワを寄せながら言葉を返してくる。


「夫婦仲どうこうは、自宅でやったら良いではないか!

 なぜ、なぜワシの目の前でわざわざ……!」


「いやまぁ、わざとやってる訳じゃぁねぇと思うぞ……。

 というか、そんなに羨ましいんならお前も一緒になったら良いじゃねぇか。

 ダンジョンでたっぷりと稼いで、十分な貯蓄もあるんだろうし、後はもう、お前の勇気の問題っつーか……贈り物をして一緒になってくれと頼んだら良いだけの話だろう」


 クロコマには幼馴染の、仕立て屋のミケコという良い相手がいる。


 以前見た時にはもう、恋人同士というか、好き合っている同士といった様子になっていて……後は時間の問題だと思っていたんだが……どうやらまだまだその時ではないようで、俺の言葉を受けたクロコマは、その黒い毛を逆立てて尻尾をピンと立てて……そうして恥ずかしさからか丸くなり、もじもじとし始める。


「……いや、そろそろ先に進むんだから立ってくれよ。

 夫婦云々は……ポチ達のことにしてもお前達のことにしても、ダンジョンから出た後に話をするとしようや」


 そんなもじもじ黒毛玉に俺がそう声をかけると、黒毛玉は渋々といった様子で立ち上がり……そうして今更ながらに表情を取り繕って、いつでも行けると言わんばかりの引き締めた表情を見せてくるのだった。

 

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