第142話 手紙


 俺達が黒船を買うと決まったことは、すぐに幕府からの立て札で世間へと知らされることになった。

 

 それは命をかけてダンジョンに挑み続け、攻略の最先端を走り続ける俺と、ダンジョン事業に最初から協力的で、新店舗まで構えて幕府を支援してきたネイだから売ることを許可した、という内容だった訳だが……それを受けて騒いだのがネイの同業者、商人達だった。


 当たり前の話だが黒船を持っているかどうかってのは、商売の世界においてとんでもない格差となってしまう。

 黒船で商品を運ぶだけでもえらい利益が出るだろうし、漁をしたって他の船とは段違いの水揚げ量となるだろうし……今までの船では行けなかった新規海路開拓による海外貿易となったらそれら以上の利益に繋がるはずだ。


 かつての勘合貿易では投資額の十倍以上を稼げたそうだが……黒船でもって様々な事情で乱れている各国に様々な物資を売れるとなったら、それ以上の稼ぎを出せるかもしれず……そういう訳で商人達はすぐさまに幕府に自分達にも黒船を売ってくれと掛け合ったそうだ。


 そんな商人達に幕府は、俺達に黒船を売ったのはあくまで今までの働きを認めての特例中の特例で……同じように売って欲しいのならば、まずは俺達以上に幕府の役に立つべきだと、そう回答したようだ。


 更には黒船はそう簡単に量産出来るものではないからと、売るにしても数隻だけになるだろうとも話し……その数隻を誰が手に入れるかは『早い者勝ち』だと、そんな商人達を煽るようなことまで言ってしまったらしい。


 これにより商人達は、ダンジョン探索者を雇って、十分な装備と資金を与えた上でダンジョンを攻略させるというダンジョン探索の後援者のようなことをするようになり……更に幕府が行っている様々な事業に積極的に投資することにもなり……そうして商人達はダンジョン特需で溜め込んだ財を一気に吐き出すことになったようだ。


 どんなに吐き出してしまっても黒船さえ手に入れば取り返せる。

 黒船はとりあえずの頭金だけ払えば買えるそうだし、今はとにかくダンジョンと幕府に投資しまくるしかねぇ。


 と、そんなことを考えてのことらしく……大江戸の大商人達がこぞって財を吐き出したことにより、ただでさえ良かった景気が今まで以上の好景気となって……そうした空前の好景気のおかげで、俺もネイも要らぬ嫉妬だとか恨みだとか、そういったものを向けられずに済むことになった。


 いや、商人連中も内心では俺達のことを憎く思っていたに違いなく、狂いそうなほどの嫉妬もしていたに違いねぇのだが……そんな感情に振り回されている暇があったら、稼ぐために動けってのが商人の本分であり……早い者勝ちの黒船という餌を目の前にぶら下げられちまったら、もうそれどころじゃぁねぇのだろう。


 こうした動きのどこまでがネイと吉宗様の狙いだったのかは俺には分からねぇが……あの二人のことだ、恐らくは最初からこうなることを予測した上で『買う』と言い『売る』と返したのだろう。


 いやはやまったく、腹の中が読みきれねぇというか、なんというか……恐ろしくもあり頼もしくもありといった所だろう。


 ともあれ、そういう形で俺達が黒船を買ったことと、黒船船上で祝言を上げるということは江戸中に知れ渡ることになり……港を貸し切って大々的な宴会をやるということも知れ渡ることになり……何人かの商人や飲食店の連中は、そこに屋台を出して稼いでやろうなんてことを考えているようだ。


 ……ちなみに、俺達と一緒に祝言を上げることになっていたがために、俺達と一緒に黒船船上で祝言を上げることになってしまったポチとシャロンは、当然のように驚き、呆れて、自分達を巻き込んでくれるなと文句も言ってきたが……祝言と宴会の費用を俺達、というかネイが持つとなったら、それでご機嫌となってあっさりと受け入れてくれた。


 まぁ……前代未聞の規模の派手な祝言になることは間違いねぇ訳で、それをタダで行えるってなったら文句もねぇのも当然だろうなぁ。


 そういう訳で、それから数日は何事もなく平和に過ぎていって……そうしてある日の朝。


 いつも通り家族皆でゆっくりと朝食を食べていると……朝からの来客があって、お袋がまず玄関へと向かう。


 そしてすぐに玄関から駆け戻ってきて、親父の肩をばんばんと叩いて……親父が慌てて立ち上がり、慌てすぎたために袴を踏んづけちまって一度転んでしまってから立ち上がり……そうしてとんでもねぇ勢いでもって玄関へと駆けていく。


 そんな親父の背中を見て、俺とポチと……その他の家族が一体何事だと茶碗と箸を手に唖然としていると親父の仰々しい声、というか絶叫が玄関から響いてきて……その後に随分とりっぱな封筒に包まれた手紙を手にした、がちがちの緊張顔の親父と、一体何があったのか頬に手を当て嬉しそうに微笑むお袋がこちらへと戻ってくる。


「ろ、ろ、ろ、ろ、狼月!?

 きょ、京の公家様からの、お、お、お手紙だそうだ……! な、なんだかえらく立派な服を来た人が持ってきてくださったぞ!!」


 親父は戻ってくるなりそう言って、手にしたそれを差し出してきて……公家が一体何の用だと首を傾げながらそれを受け取った俺は、早速開封して中を検める。


「……お、おう。

 吉宗様……あの話を断ったことを実は根に持ってたりするのか?」


 その手紙には結構とんでもないことが書かれていて……俺がそう呟くと、親父とお袋と……弟妹達と、ポチとその一家の『早く何が書かれていたのか教えろ』との熱視線が俺へと突き刺さる。


「いや、なんだ……俺達の祝言に、かしこき辺りの名代として公家さんが出席するそうだ。

 俺としちゃ全く覚えがねぇんだが、俺名義であの辺りに結構な寄付があったそうで、その礼ってことらしい。

 ……以前、吉宗様がおたわむれに、俺達に官位をどうとかって話をなさったことがあったんだが……それを断ったことが影響してんのかなって、思ってな」


 と、俺がそんなことを言うと、まずポチが、


「あー……そんなこともありましたねぇ」


 と、そんなことを口にする。


 次にお袋が「良い祝言になりそうね」なんてことを言いながら手を叩いてはしゃぎ……弟妹達やポチの家族達がよく分からないままに「めでたいめでたい!」なんてことを言いながら騒ぎ始める。


 そしてそんな中親父は、大口をあけて硬直し……呼吸も忘れて硬直し続けて、そしてそのまま意識を失ったのか、両手両足を情けなく構えてのカエルのような体勢でひっくり返ってしまうのだった。

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