第141話 大きな買い物
同心屋敷を後にして、それから御庭番の同僚の所や旧知の友人の所なんかに行ってみて、あれこれ話を聞いてみた……ものの、今ひとつ良い答えを得ることが出来なかった俺は、もう他に行く所もねぇからとネイの店へと足を運ぶことにした。
祝言の相手であり、主役でもあり、こういった事に関しちゃぁ特別知恵が回るネイであれば、何か意見があるかもと思ってのことで……店に入るなりネイは、俺の表情なんかから話があると察してくれたらしく、すぐに店の二階へと案内してくれた。
「今日は一人なの? 珍しい……ポチはどうしたのよ」
「ついさっきまで一緒だったんだがな、祝言の話をするならってんでポチはポチでシャロンのとこに向かったよ」
二階に進み、用意してもらった座布団の上に腰を下ろし、そんな軽口を枕にして吉宗様から道楽……というか祝言についての話があったという報告をすると、ネイは喜んで良いのか悪いのかといったような、複雑そうな表情をしてから言葉を返してくる。
「まずやるのかやらないのかはっきりしなかった祝言が、やる方向で固まりつつあるのは良かった。
で、祝言ついでの道楽については……別に反対はしないけども、そもそもの話、アンタ今どのくらいの金を持っているのよ?」
「あん? そこらに関しちゃぁ、組合の屋敷を買うとかどうこうの時点で教えてなかったか?」
俺が訝しがりながらそんな言葉を返すと、ネイはやれやれと顔を左右に振ってからいつもよりも低音の声を投げかけてくる。
「あの時からまた随分時間が経ったし、その間のうちにミスリルをどかどか拾ってきたしで状況が違うでしょ、状況が。
これから夫婦になる訳なんだし、そこら辺のことをはっきり教えておきなさいよ。
何をするにしてもまずは予算! 予算を元にして考えていけばおのずと形が出来上がっていくものなのよ」
と、そんなことを言われて俺は、概ね正直に持っている銭についてを口にする。
銭……金銭、通貨。
ここら辺は先代将軍の時代から少しずつ変化を迎えつつあった。
銅銭、銀貨、金貨があるのはそのままだが、更にそこから一段上の、幕府銀行にそれらを預けることで発行される預り証のような代物『紙銭』と呼ばれるものがあり……重くてかさばる大判小判を持ち歩くのが面倒だって連中は、その紙銭の方を通貨同然のものとして使っている。
これは大判十枚分の紙銭を銀行にもっていきゃぁ大判十枚と交換してもらえるから大判十枚と同じだけの価値がある通貨なんだ……と、そんな理屈だ。
そして俺も最近は……どう考えても家に置いておくような金額じゃねぇからと、財産の大半を銀行に預けるようになっていて……第四ダンジョンでのミスリル掘りを繰り返した結果、手持ちの紙銭の額は結構なものとなってしまっていた。
「あ、あ、アンタねぇ!?
よくもまぁ、この短期間でそんなに溜め込んだわね!?
っていうか、アンタにそんなに稼がれちゃうと、あたしの商人としての誇りが傷つくんですけど!?」
その額を耳にするなり、ネイはそんな悲鳴のような声を上げてきて……俺はうるさがって耳に指を突っ込み、ネイから顔を背けながら言葉を返す。
「まぁー……自分達のことながら俺も驚いたけどよ、ただまぁアレだ、こんな風に稼げるのは今だけ、なんだそうだ。
今はミスリルの需要があるから高く売れるが、ある程度の量が出回るとか供給が安定するとかした時点で値は下がるものらしくてな。
黒船の機関開発のための実験で、ばかすか使っている今だけの、特需みたいなもんだって話だ。
だからまぁ、いつまでもこんな稼ぎが出来ると思うなよってなことは、職員連中に言われたよ」
「そ、それにしたってねぇ……。
っていうかもう、こんな額を溜め込んでればそりゃぁ言われるわよ、もっと道楽で散財しろって……。
アンタみたいな中々銭を吐き出さない個人に、これだけの量の金銭が集まっちゃってるなんてのは、川の水の流れが止まってしまって淀んでいるようなもので、どんどん水が腐れて良くないことばかり起きるようになっちゃうのよ。
アンタにとっても良くないし、周囲にとっても良くないし、このお江戸にとっても良くないし……その全額とまでは言わないけども、大半を吐き出す覚悟でやっちゃったほうが良いかもしれないわね」
「吐き出す覚悟って言われてもなぁ……またどっかに屋敷でも買うか?
それとも……なんか上等の着物や茶器でも買い漁るか?」
「アンタの場合、そこら辺のものを買ったとしても、押入れか箪笥に押し込んでそのままにしちゃうじゃないの。
何か物を買うにしても、もっと他の……役に立ちそうなものを買いなさいよ。
そもそも今回は祝言と道楽に使うって話をしにきたんじゃなかったの?
買った着物や茶器を使っての風変わりな祝言を挙げるというのなら、ならまだ分かるけどもね、祝言の後で色々と使いまわせそう……だ、し……」
と、そんなことを言うなりネイは黙り込み……顎に片手を当てて、もう片方の手で空中にある見えないそろばんを弾き……そうして半目になって俺と窓の外を交互に睨む。
「……頭金ということならいけ、るかな?
ものが手に入りさえすれば払いはどうとでもなるし……うん、いけるはず。
まずは上様に相談しなくちゃだけど、そこは狼月の伝手でどうとでもなるか……うん。
よし、狼月、これから江戸城に行くわよ!」
交互に睨んだ末に窓の外にある江戸城を睨み、そんなことを言ってきたネイは……そのまま立ち上がり、俺の背中を押す形で店から出て江戸城へと一直線に向かい始める。
その道中で一体全体何を買う気なんだと問いかけてみると、とんでもない答えが返ってきて……俺は呆れ返りながらいくらなんでもそいつは無理があるだろうと呆れ果てることになる。
確かにそれがありゃぁ……それの上でやらかすなら派手な祝言となるだろうが、流石にそれを幕府が手放すとは思えねぇ。
間違いなく吉宗様もネイからの提案を断るはずだ……と、そんなことを考えながら江戸城に向かい、吉宗様の自室に入り、俺の財産とネイの財産の一部を頭金にして、そいつを買わせてくださいとネイが頼んだ結果は……、
「はっはっは!
いずれは民間にも卸すつもりだったからな、機密を漏らさないようにとの契約と幕府関係者による監視を受け入れるのなら許可を出そう。
常に幕府関係者が張り付き、機関室なんかに入っての操作や修理などをするのは幕府関係者だけという形で……運行運用については犬界達の好きにして構わん。
何しろまだまだ試作段階で様々な故障や面倒が発生するかもしれないが……それについても受け入れてもらうぞ。
……しかし、まさかのまさか『黒船』を買っての船上祝言とは大きく出たものだ!
出港式を兼ねて港全体を使って宴を行うというのも、中々どうして悪くない道楽になりそうだしな、澁澤であればその後は商船として上手く扱えるのだろうし……いやはやまったく良い目の付け所ではないか!」
……と、そんな感じのまさかの快諾で……そうして俺達は、よりにもよっての黒船を買って、その船上でもって祝言を挙げることになってしまうのだった。
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