第140話 同心コボルト
吉宗様から盛大に道楽を楽しめと言われて……翌日。
俺とポチの二人は道楽の前に今の江戸の状況を確認しておこうと、江戸城近くにある同心屋敷へと足を運んでいた。
同心……奉行の下の与力の下に位置する役人のことで、昔は色々とややこしい仕事があったらしいが、今はとにかく単純に江戸中を見廻り、やらかした不届き者をとっ捕まえる役目を与えられている。
その役目の内容から多くのコボルトが同心として働いていて……江戸の各所にある同心屋敷に仲間達と住まう形で日々を暮らしている。
昔は番屋なんかを活動の拠点にしていたらしいが、仮にも治安を守る役人の拠点が番屋では問題があるだろうと、俺達が生まれる前頃から同心のための屋敷が建てられるようになり……そこでの暮らしが中々快適だとかで、今では競争率の高い人気の職業となっている。
そんな屋敷の敷地内にはまず立派な庭があり……あちこちに穴ぼこのあいている庭の中を敷石を踏んで進むと、立派な木造屋敷の玄関があり……いつ誰が来ても良いようにと大きく開かれた戸の奥へと進むと、多くの人が駆け込んできても良いようにと横に広く作られた上がり
「よう、誰かいねぇのかい!」
そこに腰掛け声を上げると、奥を隠すように立てられた、これまた横に広く大きい屏風の向こうからとたたっと足音が聞こえてきたと思ったら一人のコボルトが駆けてきて……黄八丈の着流しに、紋付き巻羽織に、コボルトには大きい十手を腰に差した格好でもって、俺達の前に現れる。
白黒混じり毛の細面……確かハチって名前のコボルトだったか。
「あ! 犬界の旦那じゃないですか! どうしたんですか、こんなとこまで!
今座布団用意するんで、ちょっと待ってくださいね! 今この屋敷には不器用もんしかいないんで茶の方は諦めてください!」
すっぱりとしたそんな台詞を口にしたハチは、まずは俺用のでかい座布団を玄関脇の座布団の山の中から引っ張り出してこちらに差し出し、次にポチ用の小さな座布団を引っ張り出してこちらに差し出し……そしてお気に入りなのだろう、ハチ用と思われる特別分厚い座布団を引っ張り出し、そこの上にちょこんと正座してから、尻尾を振り回しながら声をかけてくる。
「で、で、で、御庭番のお二人が今日はどんな御用ですか?」
「ああ、最近の江戸の様子はどうかと思ってな……ほら、遠方で騒ぎがあったろう?
そこら辺の影響とか……それとダンジョンの影響とか、何かあったら聞かせてくれねぇかな」
と、俺がそう返すとハチは、こくりと頷いてから立ち上がり……奥へととととっと駆けていって、分厚い帳面を持ってきて……座布団にまたもちょこんと座り、それをめくりながら言葉を返してくる。
「んあー……そーですね、最近になって治安が悪化したとかは……特に無い感じですね。
一揆の話は自分達も聞いてますが……まだ町民達にまでは広まっていないのかも?
仮に広まったとしても自分は問題無いんじゃないかなと思ってますがー……一応見廻りの方の回数は増やしてます。
で、ダンジョンの影響についても……一時多少の影響はあった感じですが、今は落ち着いてる感じですね。
むしろダンジョンのおかげで景気が良くなったからか皆よく働きよく遊ぶようになって……治安に関しては改善してるまでありますよ」
「ふーむ……そいつは願ったりなかったりだが……連中はどうなんだ?
俺達以外のダンジョンに潜ってる連中は?
確かよそ者も結構いたはずで……何かしでかしそうな奴らもいたが、連中は大人しくしているのか?」
「そりゃもちろん大人しくしてますよ。
何しろここは大江戸、天下の将軍様のお膝元ですからねぇ、何かしようものなら即自分達同心に捕まって大江戸から即追放ってなもんですよ。
お上を怒らせちゃったらダンジョンに入れなくなっちゃうってのもありますが、何より犬界さん達のおかげっていうのもありますね。
犬界さん達はダンジョンの攻略度合いでてっぺんと言いますか、最先端を突っ走る有名人な訳で、その有名人が暴れることなく大人しくしてるんだから自分たちも……ってなもんですよ。
犬界さん達が大人しくしてるのに、それ以下の彼らが暴れたなら、ただただ嘲笑されるだけで、悪名すら上がりませんからねぇ……そういう意味では犬界さん達の大人しさっぷりには感謝しないといけませんね」
「大人しく、ねぇ。
俺達からすりゃぁ結構盛大に遊んでるつもりなんだがな」
「えぇー……酒は飲めども程々。
博打を打つ訳でもなく、女遊びをする訳でもなく、友人家族恋人と食い道楽ばかり。
言っちゃぁアレですが、犬界さん達は大人しすぎる程に大人しいもんだから、一部の方々にはとっても不人気なんですよ。
せっかくの好景気だっていうのに、一番の金づるが来てくれない、他の金づるも真似して来てくれない……みたいな。
道を外れたもんに憧れるような悪ガキ達も犬界さん達には呆れてるみたいなとこありますし……まぁ、変な憧れでもって暴走されるよりはマシなんですけどね」
「な、なるほどな。
……ならまぁ、今後も似たような感じでやってりゃぁ、同心連中としては文句無しって所なのか?」
自分達としては好きなように遊び回っていたつもりで、それがまさかそんな評価をされているとは驚きで……その事実に少しだけ怯みながら俺がそう声を返すと、ハチはこくりと大きく頷き、開いていた帳面を静かに閉じてから露骨に大きな声を上げてくる。
「えぇえぇ、そうしていただければ文句なしですね。
個人的にはたまにはあの夏の時のような、盛大なのもやってほしいとこですが……犬界さんの財布のことは犬界さんが決めるべきですし、どーこーと言うつもりはないですね。
……ああでも、寒くなる前にー……食べ物が美味しい秋のうちにー、どうですかねー、一つだけでも!」
どうこう言うつもりはないと言ってきた直後にどうこう言ってきやがったハチは、これまた露骨な態度での上目遣いなんかをしてきて……それを受けて俺がずっと静かだったポチに視線をやると、ポチは仕方ないでしょうと、そんなことを心中で呟いているかのような表情をしてから小さく頷き……それを見た俺は頭を掻きながら仕方ねぇなぁとため息まじりに言葉を吐き出す。
「あー……まぁ、そうだな、上様からも盛大にやれと言われてるからな。
具体的にどうしたもんかは分からねぇが……祝言やらが落ち着いたら何かやるのも良いかもしれねぇな」
するとハチはその言葉をいたく喜んだようで、その尻尾をはちきれんばかりに激しく振り回し……そうして振り回しすぎて尻尾を痛めてしまったのか「うっ」との声を上げ尻尾へと手を伸ばし……そのまま座布団の上へところんと寝転がって悶えるのだった。
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