第139話 一揆
ボグとペルが正式に仲間になって……仲間になった上でそろそろシャクシャインに帰るとなった頃、久しぶりに吉宗様から御庭番としての招集の命が下った。
御庭番。
元々は忍び達の残党を密偵として雇ったもので、当時の将軍様の個人的なことや、城下町の実情や、遠方大名の動静を探るための組織だったらしい。
それがいつしか将軍様直属の手駒という形になり……いくつかの部署に枝分かれした上で、拡大していき……現在、何人くらいの人間が所属する組織なのかは、俺やポチにも把握出来ていねぇ。
特に密偵連中に関しては名前も顔すらも知らない連中がいるような有様で……そうした裏方の働きのおかげで今の天下泰平があるのだろう。
俺やポチはそんな御庭番の中にあって裏ではなく表の部署……吉宗様の手下というか雑用というか、小間使いのような部署に所属している。
大っぴらに活動し、暇な時には鍛錬をしたりそこらをふらふらと歩いたりとし……御庭番ってのはこんな連中なんだと周囲に知らしめるのが主な仕事だ。
御庭番ってのは後ろ暗いことをしている訳じゃぁねぇ。
こんな風に江戸の中を歩き回って悪い連中に睨みを効かせたり、何かがあればすぐさまに吉宗様に報告したりするんだ……と、そんな風に俺達が振る舞うことによって御庭番とはこういう連中なのだという虚像を作り上げ、裏方連中の仕事をしやすくするという、そんな部署という訳だ。
もちろん実際に同心なんかの手伝いをすることもあるし、火事や災害があれば火消し連中の手伝いをするし……江戸城の仕事で手が足りねぇ所があればそれを手伝ったりもする。
吉宗様に言われてダンジョンに潜っていたのも、そうした仕事の一つという訳だ。
俸禄というか給金はそれなり……食わねど高楊枝なんてことを言わないで済むくらいにはもらえていてそこに不満はねぇんだが……裏方連中は俺達の数倍もらっているそうで、そこんところをちょっとで良いからこっちに回してくれねぇかなと、そんなことを思うこともあった。
ダンジョンに潜るようになった今では、ダンジョンの稼ぎが多くて……多すぎるくらいで、そんなことを思うこともなくなった訳だがなぁ。
……と、そんなことをつらつらと考えながらポチと二人で江戸城に上がり、吉宗様の部屋へと足を向ける。
今日はダンジョン絡みの話ではねぇのでシャロンやクロコマ、ボグとペルも組合屋敷の方で待機となっている。
待機するだけじゃぁ暇だからと、あれやこれと飯を買い込んでの食い道楽をやっているらしく……話と仕事が早く済んだなら、顔を出してそれらをつまみ食いてぇもんだ。
「狼月さん、どうやら今回はただ事ではないようですね」
道すがらポチがそんな声を上げてくる。
「みてぇだな……さっきから人が出たり入ったり……慌ただしいったらねぇ。
普段は見ねぇ顔がちらほら居るのを見ると裏方連中も動いているようだな」
俺がそう返すとポチはこくりと頷いてから「むぅん」と唸り声を上げて……と、そうこうしているうちに吉宗様の自室へと到着する。
しっかりと挨拶をしてから入るべきかとも思ったが、部屋の戸は開け放たれていて、ひっきりなしに人が出入りをしていて……挨拶どうこうの必要はなさそうだと、足早に吉宗様の下へと向かう。
「おう、よく来たな犬界、ポバンカ。
……まぁ、あれだ、一揆だ」
俺達が顔を見せるなり、部屋の最奥で大量の書類に囲まれていた吉宗様がそんな声を上げる。
一揆……一揆?
このご時世に? どこの誰が?
考えられるのは……。
と、頭の中身を素早く回転させ、ひねり上げて、どうにか答えをひり出した俺は、吉宗様の前のいつもの席に腰を下ろしながら言葉を返す。
「豪農連中ですか?」
するとどうやら俺の考えは当たっていたようで、吉宗様は苦い顔をしながらこくりと頷く。
豪農……力と土地を持った農家連中。
戦国の世が終わり、武器に鉄が使われなくなって……それから次々に鉄を使った農具が開発され始めた。
今までの農具と段違いの力を持つそれらは、作業を楽にしてくれるだけでなく、凄まじいまでの収穫量をもたらしてくれて……そこに更にエルフ達がもたらした知識と農法と、氷櫃保存による長期輸送による新しい販路なんてものが加わって、それはもう物凄いことになってしまった。
農家と言えば全員が金持ちで、山程の作物に囲まれて食うに困ることがなくて……逆に農家以外、武士なんかは貧乏に苦しみ食うに困ることになってしまって。
そうして武士は食わねど高楊枝なんて言葉が出来てしまって……そんな農家連中に対し、幕府は年貢の引き上げを決定しようとした……のだが、農家連中はそれに全力で抵抗し始めた。
太閤検地の際に末代までこの年貢で良いと言われたとか、そんなことを言って、本物かどうかも分からねぇ書状まで持ち出して……もう時代が違うというのにいつまでも太閤検地のことを振りかざし続けて。
そうして一揆まで起こそうとした連中が現れた訳だが……コボルトとエルフとドワーフと、彼らの力と技術を得た幕府軍にそのほとんどがあっさりと鎮圧されることになった。
だけれどもまだまだ太閤検地の時の年貢しか払ってねぇ連中がそこかしこに存在していて……そうやって力を得て大名以上の存在にまでなりつつある連中のことを最近は豪農と呼んだりもするという訳だ。
「ダンジョンが産出するドロップアイテムによる経済の活発化と、最新式の銃……秘銃と黒船と……そこら辺の噂を仕入れた遠方の連中が焦ってことを起こしたようだ。
このままじゃぁそれらで力をつけた幕府に、年貢の値上げを強制されるだろうから、そうなる前に暴れて力を見せつけてやる……ということらしい」
「い、いやいやいや、力を見せつけたとして、そこから先はどうする気なんですかい、連中は。
そこに黒船と秘銃を持ってこられたらそこまででしょうに。
……というか秘銃はもう結構な数が作られているはずでは……?
……あの性能を前にしたら、いかに豪農と言えど……」
「まぁ……蜂の巣になっちゃいますよね」
吉宗様の言葉に対し、俺とポチが続き……その言葉を受けて慌ただしく動いていた江戸城の職員達がしんと静まる。
人間もコボルトも誰もが沈痛な表情で……なんて馬鹿なことをしてくれたのだと、そんなことを内心で考えているようだ。
「遠方の山奥の方で起こったことで、黒船からの直接砲撃はできないが、黒船による人員輸送や物資の運搬はこれまでとは比べ物にならない速さで行われることになるだろう。
既に試作のものではあるが、三隻の黒船が出港していて……追々、鎮圧の報が届くと思われる。
だがそれでも一揆は一揆だ、江戸の民は不安に思うかもしれないし、これを機として動くよからぬ連中がいるかもしれん。
犬界とポバンカにはそこら辺のことを踏まえた上で……ダンジョンに行く頻度を少しだけ落とした上で、見回りを兼ねた道楽の回数を増やしてもらいたい。
お前達表のお庭番がいつも通りか、それ以上に浮かれて過ごしている姿を見れば、安心する者達もいるはずだ。
祝言に関してもこの際だ、支度が整い次第やってしまって構わない……他にも何か民の不安を取り除くことが出来る案があれば、お前たちの裁量で実行してもらって構わない。
よろしく頼むぞ」
静まり返った部屋の中で吉宗様のそんな声だけが静かに響いて……俺達はただ「御意」とだけ返して頭を下げる。
俺達がそうすることで吉宗様や裏方が少しでも楽になるのなら、文句もねぇ。
ボグとペルもそろそろ一旦帰るそうだし……その前に一つ盛大な道楽でもやるべきかと、そんなことを考えていると……同じようなことを考えているらしいポチがこちらに視線を送ってきて……そうして俺達は、視線でどんな道楽にするかねぇ? と、そんな会話をしながら立ち上がり、吉宗様への挨拶を済ませた上で江戸城を後にするのだった。
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