第138話 ボグとペル
腹いっぱいにそうめんをすすり、食後のまったりとした時間を冷茶の入った器を片手に過ごし……苦しいからなのか右へ左へと転がっているポチ達の膨らみすぎた腹具合を見て、もうしばらくはここで休憩したほうが良さそうだと、そんなことを考えていた……その時。
「んん……!?」
唐突にあることに思い立って、そんな声を上げてしまう。
「……そう言えばそんな仮説もあったな……。
そうなるとあの時連中に会えたのは……ああ、そこまで考えてはなかったなぁ」
更にそんな言葉を俺が続けると、ポチ達を含めた一同は、俺に向けて何事だという視線を向けてくる。
「いや……ほら、以前にあっただろ。
どうして俺とポチ達だけがあの扉に出会えるのかって話……人間だけでダンジョンに挑んでもダンジョン最奥の大物に、どういう訳か出会えねぇってあれだ
確定とは言えないまでも、人間とコボルト、多種族で挑んだ場合に現れるんじゃねぇかと、そういう仮説があってるんじゃないかとなった訳だが……以前のダンジョンであの神もどき連中に会えたのってのは、もしかしたらそれと同じ理屈、かなりの数の多種族でもってダンジョンに居たから……じゃねぇのかって、そんなことに思い立っちまったんだ。
それまで連中に会えていねぇってのに、なんであの時だけと不思議だったんだが……改めて考えて見るとあの時は、人間の俺、コボルトのポチ達、エルフとドワーフのエルダー、そしてボグとペルと、過去一番の多種族っぷりだったんだよなぁ」
多種族だからこそあの扉が現れて大物と戦えて……更に多種族ならばあの連中がいたあの空間に行くことが出来る。
あくまでただの仮説で、何の証拠がある訳でもねぇんだが……あの時は偶然というかなんというか、ドロップアイテムを回収するためにエルダー連中がダンジョン内にいて、そしてボグとペルとい二種族が参加していて……。
過去に例のない多種族っぷりがあの結果に繋がったと考えても……まぁ、おかしくはねぇんじゃないかねぇ。
「しかしそうすると……困ったことになりましたね。
ようやく手に入れたあちらへの帰還の手掛かりだというのに、ボグさんとペルさんがシャクシャインに帰ってしまったら、再現不可能になってしまうというか……新たな種族の仲間を得るまで、足止め状態になってしまいますよ」
そんな俺の言葉に対し、大きな腹を転がしながら、起き上がり小法師のように起き上がってみせたポチがそんなことを言ってきて……瞬間、ボグとペルがなんともいえない複雑そうな表情をしてしまう。
「あっ、シャクシャインに帰るなとか、そ、そういう話ではなくてですね……え、えぇっと、狼月さんの仮説が正しいのなら、その……そ、そうです! 人魚さんとか他の種族に声をかけてみても良い訳ですし!」
それを受けて慌てたポチがそんなことを言うが……全くの逆効果というかなんというか、ボグ達の表情はより複雑なものとなってしまう。
何しろ人魚は海や川といった水の中でしか生きられない存在らしいのだから、それをダンジョンにつれていくなんてのは、無理で無茶の、この場しのぎの言葉でしかない。
とはいえボグ達はシャクシャインの要人であり、ボグ達にとってもシャクシャインこそが居場所であり故郷である訳で、そこに帰るななんて話は出来るはずもなく……そうしてポチがあわあわとその口を動かす中、頭を一掻きした俺が流れを変えるために口を開こうとすると、それよりも先にペルが声を上げてくる。
「しかたねぇなー。
帰還を望んでいる者達の問題となるとオイラ達も無関係じゃないからなー」
「……そうだぁそうだぁ、オラんとこの親戚にも帰りたがってる人がいるからなぁ」
続いてボグがそう声を上げてきて……俺達はそれは一体どんな意味での発言なのかと目を丸くしながら二人に視線を向ける。
「ああ、いやいや、帰らないとかじゃないよ、帰るは帰る、そこは変わんない。
帰るんだけども、また来ても良い訳だし? 大江戸駐在員とか、親善大使とか、そういう形にしても良い訳だし?
黒船が本格運行したら一日くらいで行き来出来る訳でしょ? それなら……まぁ、たまに狼月達を手伝うくらいはなんでもないんじゃないかな」
「オラも帰って冬備えしねぇとだからぁ、一度は帰るけど、冬備えが終わって冬が来て……長い冬の間巣ごもりするくらいなら、あったけぇ大江戸でダンジョンに潜るってのも悪くねぇかもなぁ」
するとボグとペルはそんなことを言ってきて……そんなことを言いながらペルはまん丸になった腹をゆっくりと撫でて、そしてペルが残したそうめんをぺろりと平らげたボグは……全然足りないのか腹でもってぐぅぐぅと鳴きながら周囲をきょろきょろと見回し始める。
「……そいつはありがてぇ話だが、大丈夫なのか?
向こうでは仕事もあるんだろう? こっちに来るようになって忙しすぎてぶっ倒れたってのは勘弁だぜ」
と、そんな言葉を返した俺が手を振り上げて、ボグのための追加注文をしようと店員を呼んでいると……ボグとペルは笑顔になって、異口同音に単純かつ効果的な一言を返してくる。
『いざとなったら仕事をすっぽかすから大丈夫』
「……いや、それは大丈夫なのか? 本当に問題ねぇのか?」
そんな一言に俺がそう返すと二人はまたしても同時に、
「問題ないさ、兄弟のためだからね」
「問題ねぇよぉ、兄弟のためだかんなぁ」
と、そんなことを言ってくる。
そんな二人のありがたい想いへの感謝を示そうと、品書きを手にとって何か良いものでも頼んでやろうとするが、この店で一番良いものとなるとそれはやけっぱちそうめんで……そのことを察したのかボグが品書きを俺の手から奪い取って、そうしてから駆けてきた店員に向かって注文を済ませてしまう。
「やけっぱちそうめん、五人前くださいな」
そうして品書きを食卓の上に戻したボグは、俺に向かってなんとも良い顔をし……自分達はこれで十分だと、そんなことをその顔でもって伝えてきて……それを受けて俺は、照れを紛らわすために頭を掻きながら二人に向けての言葉を口にする。
「あーあー、好きに食え好きに食え。
手伝ってくれる度に腹いっぱいになるまでなんでも食わせてやるよ。
寿司だろうが鰻だろうが、上等な砂糖菓子だろうが、二人が食べたいもんを食わせてやるから……ダンジョンの謎を解いて連中をぶった斬るその時まで、ひとつよろしく頼むよ」
するとボグとペルと……ついでにネイやポチ達が良い笑顔になって、その笑顔をこちらへと向けてきて……そんな大量の笑顔は注文した大量のやけっぱちそうめんが届くまでの間、俺に向けられ続けるのだった。
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