第137話 やけっぱちそうめん

 

 店に入ると鰹節とゴマの良い香りが辺りに充満していて、その中でポチ達が鼻をすんすんと鳴らしていて……余程にポチ達の好みに合う香りだったのか、案内の店員が来てもすぐには動こうとせず……後から来た俺達に背中をつつかれたことでようやく動き出し、そうやって俺達は店の奥の大部屋へと案内される。


 上等な木の机があり、座布団があり……生花があり、掛け軸もあり上等な飯屋にありがちな落ち着いた雰囲気となっていて、障子戸の障子紙にもうっすらと花の絵が描かれているという手の込みっぷりだ。


「ほう……思ってた以上に良い店じゃねぇか。

 やけっぱちなんて名前からは想像もできねぇ落ち着き様だなぁ、おい」


 なんてことを言いながら案内されるがままに席に移動し……俺、ネイ、ボグが手前側、ポチ、シャロン、クロコマ、ペルが奥側の席で腰を下ろす。


「とりあえず全員分のやけっぱちそうめんを持ってきてくれや」


 席を下ろすなり軽く手を上げた俺がそう言うと、店員は笑顔で応じてくれて……すぐに手拭いと冷茶を用意してくれて……俺達は冷茶をすすりながら、落ち着いた雰囲気のその部屋で料理が来るのを静かに待つ。


 いくつ数える間に来るか、冷茶を何倍飲む間に来るかと、そんなことを考えながらゆったりしていると……思っていたよりも早く、全員分の桶が運ばれてくる。


 桶の中には水が入れられていて、いくつもの氷が浮かんでいて、そこにそうめんがたっぷりと入れられていて……色をつけられた麺がちょこちょこと混ざり込んでいて。


 見た目でもう涼しいそれは夏に食べたら最高なんだろうなぁといったような具合になっていて……それを見て俺は思わず声をもらす。


「随分とまぁ早く出来るんだなぁ」


 するとそれを受けて女性店員が配膳をしながら言葉を返してくる。


「それはまぁ、そうめんですので。

 こちらの器に入ってるゴマダレの中にお好みの量、こちらのめんつゆを入れて頂いて、薬味はミョウガ、ネギ、ワサビ、それと刻み海苔をお好きなだけお使いください。

 個人的にはミョウガは絶対に外せなくて、ネギとワサビはお好みで、海苔は最後にちょっとだけがいい感じですね」


 俺に返事をするついでに、そんな説明を済ませた店員は、配膳が終わるなりぺこりと礼をし……障子戸を丁寧に締めて、部屋から去っていって……俺達はそれを見送ってから手を合わせ、


『いただきます』


 と、異口同音に声を上げてから箸を手にとってから目の前の器へと手をのばす。


「……んー……俺はとりあえず全部の薬味でいってみるかな」


「僕はネギ以外全部で」

「私もそれで」

「儂もそれで」


 俺の言葉にコボルト三人が続いてきて……ネイは俺と同じ薬味全部、ペルとボグはネギとワサビ抜きのゴマダレを作り上げていく。


 器に入っているゴマダレは摩り下ろしたゴマにちょっとの水を混ぜて作ったという感じになっていて、それだけで食べてみるとゴマの風味で口の中がいっぱいになるとろみのあるタレという感じになっていて……そこにめんつゆを流し込むとゴマと鰹節の良い風味が混ざり合って……更にそこに薬味を入れると、それだけをすすっても美味いんじゃないかという具合のタレが出来上がる。


 出来上がったタレにそうめんをくぐらせると、つるつるのそうめんにとろみのおかげかゴマダレがうまい具合に絡んでくれて……それを口の中に運ぶと、なるほど、これは人気になるのも納得だという味が口の中いっぱいに広がってくる。


 そうめんそれ自体がまず出来がよく、つるつるつるつると気持ちよくすすることが出来て、それにゴマダレがしっかりと絡んでいて、それ単体では味気ないそうめんにしっかりとした風味と味を追加してくれていて……甘めのゴマダレとその風味を堪能していると、たまに現れるミョウガとネギとワサビが良い刺激と風味と、それと食感を与えてくれる。


 それらのシャキシャキとした食感はそうめんには無いもので、たまに来るからこそその触感が妙にたまらなくて……めんつゆだけだと単調で飽きてしまう味も、ゴマと薬味達の風味のおかげでいくらでもすすることが出来る。


「こいつは驚いたなぁ。

 美味いのはもちろんだが、飽きずにいくらでもすすれるし、どんどんどんどん食べたくなるし……。

 普通のそうめんだと後半は、うんざりしながら食べることもあるんだが、これだとそういうのは一切ねぇなぁ。

 俺はそうめんを食う時はかき揚げやらの天ぷらが欲しくなるほうなんだが……このそうめんだったらこれだけで十分だなぁ」


 一口二口三口と食べて、そうしてからそんな感想を口にすると……ネイやボグ、ペルが同意を示す頷きを見せてくれる。


 頷いたならまた食べ始め……と、ネイ達がそうする中、ポチ達は余程に味が好みにあったのか、それとも香りがその鼻にあったのか、俺の言葉に対し無言無反応でひたすらそうめんをすすり続けている。


 コボルトの口でそうめんをすするのは難しそうにも思えるが、そんなこともないのかずるずるずるずると、勢いよくそうめんをすすっていって……そうしてあっという間に桶の中のそうめん全てをすすり尽くし……その腹をこれでもかと膨れさせる。


「あ、あまりに良い匂い過ぎて我を忘れてしまっていました……。

 ううっぷ……も、もっとしっかり噛めば良かった、消化に時間がかかりそ……うっぷ」


「……う、うぅ、こんなに美味しいそうめんがあるなんて……反則ですよぉ」


「むぐっふ……京にも美味いそうめんがあったが、これは……その上の上を行くな……」


 ポチ、シャロン、クロコマの順でそんな声を上げて……そうしてそのままこてんと倒れて……消化が落ち着くまで横になっているつもりなのか、そのまま何も言わず何もせず、寝息のような呼吸音だけを上げ始めるコボルト達。


 そんなコボルト達を見やり、そこまでコボルト好みだったのかと驚き……ゴマダレの中にコボルトクルミの粉末でも入っているのかと訝しがりながら、こちらはこちらでゆっくりと……そうめんの食感とゴマダレの風味を堪能していく。


 そうしてポチ達の回復を待つ意味でもゆっくりと残りのそうめんをすすっていった俺達は……桶の中を空にしてから、店員に頼んでもってきてもらった冷茶をがぶりと飲み干し……満腹だと腹を叩きながら満足感たっぷりのため息を吐き出すのだった。

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