第136話 一山越えたので道楽を
とりあえずしばらくの間はミスリル集めを続けることになり、ついでにあの神連中にで出会えたならぶった斬るということになり……翌日。それはそれとして一山越えたのだから、ここらで一つ道楽でもしてみないかということになった。
とっくに当初の目的だったダンジョンを世間に宣伝するとかは必要ねぇのだが、それはそれ、これはこれ。
理由はなくとも美味いものを食えるに越したことはねぇってことで、組合屋敷でもって次の道楽はどうするかと、そんなことを話し合うことになったのだが……シャクシャインへの帰還が迫るペルの口から出たのは、まさかの料理の名前だった。
「そうめんを食ってみたいな」
そうめん、まさかのそうめん。
大江戸自慢の蕎麦ってならまだ分かるんだが、秋に入り始めた今にそうめん……。
「いや、まぁ、今でも探せばそうめんを出してくれる飯屋はあるんだろうが……なんだってまたそうめんなんだ?」
囲炉裏を囲んで座り、だらりと力を抜きながら俺がそう返すと、ペルはこくんと頷いてから、なんとも簡単な答えを返してくる。
「食ったことないからだよ」
「な、なるほど……?」
簡単過ぎるペルの答えに対し、俺がそんな声を上げるとペルは、仕方ないなとその首を左右に振ってから言葉を返してくる。
「シャクシャインじゃ麺料理と言えば蕎麦ばっかりでさぁ、たまには他の麺料理も食べたくなる訳よ、
で、そこに蕎麦よりつるつるしてて食いやすくて、それでいて甘みがあるらしいなんて言われちゃうと、オイラとしちゃぁ食べたくなっちゃう訳よ。
多少時期外れでもさぁ、まだまだ暑い時期だし、美味しく食べれちゃうんじゃない?」
そう言われて俺は、まだまだ秋になったとは言えない暑さの中で、自分が着ている薄い着流しをちょいと掴んで「ふぅむ」と唸る。
酷く汗ばむって訳じゃぁないが、それなり暑く、そうめんをつるつると食えたなら喉の奥からさっぱりと出来そうで……そういやまだ今年は食ってなかったなぁと、そんなことを思い返す。
「たまたま忙しい時期が重なったせいで七夕もやれなかったしなぁ。
七夕にそうめんを供えるのが毎年のことだったんだが……そうだな、かなり手遅れになるが、七夕気分でそうめんを食べにいくのも悪くねぇかもな」
そうしてから俺がそう言うと、ペルとその隣でだらけていたボグが満面の笑みとなって……ポチ達もまた笑みを浮かべて尻尾を振り回し始める。
そして俺の隣でゆったりとしながら話を聞いていたネイが……、
「なら、やけっぱちそうめんでも食べにいきましょうか」
なんて、思わず耳を疑いたくなるような声を上げてきて……俺は顔をしかめながら言葉を返す。
「やけ……? 何? やけっぱちそうめん?
なんだよそりゃぁ、そんなそうめんがあるのか?」
「うん、やけっぱち。
ここらで麺料理って言えば蕎麦ばっかりで、以前食べた創作蕎麦とか、かけ蕎麦とかコボルト蕎麦とかそこらが売れ筋みたいで……お店でそうめんを出して商売をするって結構厳しいみたいなの。
それでもそうめん好きな人はいる訳で、お店をやりたいって人も出てくる訳で……そんなお店の一つが、あんまりにもそうめんが売れないもんだから、やけっぱちになって作った、新しいそうめんの食べ方っていうか、料理がそのままやけっぱちそうめんって呼ばれてるよの」
「へぇ……ネイの耳に届くってこたぁ、それなりに美味いってことなのか?」
「らしいよ、私は食べたことないけどね。
ゴマをたっぷり摩り下ろして、そこにほんのちょっとのめんつゆをかけて、ミョウガ、ネギ、ワサビを混ぜて、出来上がった特製ゴマダレに、氷で冷やしたそうめんをつけて一気に吸い上げる……って感じの料理みたい。
そうめんと一緒にゴマの風味とミョウガやらネギやらの風味が一気に口の中からお腹の奥まで入っていって……その爽やかさがたまらないとかなんとか。
とろっとしたゴマダレがたっぷり絡んだそうめんの美味しさは、普通のめんつゆそうめんとは比べ物にならない美味しさらしいわよ」
とのネイの説明を受けて、一同がごくりと喉を鳴らす。
たまたま近くを通りかかったエルダー達までがこちらに視線をやりながらごくりと喉を鳴らしていて……そうなったらもう言葉はいらないとばかりにネイを覗いた全員がすっくと立ち上がる。
そうして店の場所を知っているネイを先頭に……まさかここまで食いつくとは思ってなかったのだろう、目をぱちくりとさせているネイの背中を、強引に押す形で屋敷を出ていって……程々に暑さが緩んだ江戸の中をずんずんと、足を進めていく。
流石にエルダー達も来るとなると大所帯過ぎるというのもあってか、時間をずらして行くからお先にどうぞと、そんなことを言ってくれて……やけっぱちそうめんがあるという店に向かうのは、俺、ネイ、ポチ、シャロン、クロコマ、ボグ、ペルという面々となる。
広い大通りに多くの人が行き交っていて……そんな中でも目立つボグとペルは本来であればそれなりの注目を集めるはずなのだが、これまでの数日の間に散々江戸の中を駆け回っていたというか、あちらこちらで飯を食っていたせいか、江戸の人々も特に驚いたり騒いだりすることなく、ボグ達の存在を当たり前に受け入れている。
まぁ、元々コボルトやらエルダーやらで慣れていたというか、ボグやペルのような隣人がいても今更気にはしないというのもあるのかもしれねぇなぁ。
そんな風に大通りをずんずんと進んでいって……飯屋がそれなりに多く並ぶ通りへと入っていって。
そうして蕎麦蕎麦うどんと、定番の麺料理の看板が並ぶ一画へと足をすすめると、ネイの説明通りの料理名『やけっぱちそうめん』とえらく達筆な字で書かれた大きな看板が姿を見せる。
「……まさかやけっぱちと、そのまま看板に書いちまうとはなぁ。
本当にヤケになっちまってるのか、それともあんな名前に負けない程に味に自信があるのか……。
まぁ、この並びで潰すこと無く店を続けられてる時点で、相応の味ではあるってことか」
なんてことを俺が言っていると、ポチ、シャロン、クロコマのコボルト三人は、俺の言葉に耳を貸すことなく足を止めることなく、鼻をすんすんと鳴らしながら店の中へと入っていっちまう。
鼻の良いコボルト連中が、あんな風になりながら入っていくということは、店内から余程に良い香りがしているようで……俺達はそんなポチ達を追いかける形で、なんとも珍しいそうめん店の中へと入っていくのだった。
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