第135話 今後の……
事態は好転しつつあり、春からを予定している黒船出港の前途は明るい。
と、そんな情報を吉宗様から教えてもらい、ますます励むようにとの言葉まで頂戴し……そうして俺達は江戸城を後にし、組合屋敷への帰途についていた。
帰途といっても組合屋敷は江戸城の直ぐ側で、あっという間の道程なのだが、それでもゆっくりと達成感に浸るようにして足を進めていって……そうしてもう少しで組合屋敷だという所で、ふと気になったことがあった俺はそれをそのまま言葉にする。
「……しっかし、あっちの胡散臭い神々は何だってまたポチ達には神託を寄越さなかったのかねぇ。
まさか種族によって差別をするような神様なのか?」
すると俺の前を歩いていたポチがその耳をぴくりと動かしてから振り返り、立ち止まってからため息まじりの言葉を返してくる。
「はぁ……神託をもらえないのは当然のことじゃないですか。
僕達はもう、向こうの神様を信仰してないんですから」
「あん? どういうこった?」
ポチの言葉に俺がそう返すと……ポチはやれやれと首を左右に振ってから言葉を続けてくる。
「今年の正月、初詣のために僕と家族達はどこに行きました?」
「そりゃぁ近所の神社に……」
「そうですね、墓参りは寺にいきますし、何かあった際に僕達大江戸のコボルトが祈るのは八百万の神々か仏様のどちらかですよね。
大江戸住まいのエルダーさん達だってそうしているでしょうし、あちらに戻りたいと願っているのに戻してくれないからと他のエルダーさん達の多くは信仰を失っているのでしょうし……つまりはまぁ、あちらの神々を信仰していないから……その名前すらも覚えていないから神託が降りなかったのですよ」
「あー……なるほどなぁ、そういうことか。
……コボルトやエルダーだけじゃなく、ボグとペルにも神託は無かったみたいだが……」
と、俺がそんな言葉を口にしていると、そこらに立ち止まって話を聞いていたボグとペルは異口同音に『シャクシャインの神々を信じているから』との言葉を返してくる。
「……ってことは……何だ。
他の種族は未だにあちらの神々を信仰してるって訳か?」
ボグとペルの言葉を受けて俺がそんな言葉を口にすると、ポチは深く頷いてから海の方を見やり、言葉を続けてくる。
「僕達は平和な暮らしの中でこちらの……日の本の文化と宗教に馴染んでいった訳ですけど、戦いの中にある種族達はそういう訳にはいかなかったのでしょう。
戦いに勝たせて欲しいと祈り、戦死した者達の冥福を祈り、更なる繁栄をと祈り……むしろあちらに居た時よりも強い信仰心を抱いていたのではないでしょうか。
あるいは平和な暮らしをしながら元々の信仰を大切に守り続けた種族もいるのでしょうし……世界単位で見れば僕達のように、こちらの宗教に馴染んでいる方が珍しいのでしょうねぇ」
「はぁん、なるほどねぇ。
……しかしまぁ、あんな風に姿を見せてきたり、神託を降ろしたりしてくる神様ってのも、難儀なもんだよなぁ」
ポチの言葉に頷き……夕暮れの中で沈もうとしているお天道様を見やりながらそんなことを言うと、ポチ達は何を言ってるんだコイツというような顔を向けてくる。
「いや、だってよ、そうじゃねぇか。
俺達は居るのか居ねぇのかよく分からねぇ神様仏様を、なんとなくで信仰してる訳で……神主やら坊主やらと違ってその教えのほとんどを守ってねぇ訳だが、神仏が本当にいて言葉もかけてくるとなったら、戒律全部をきっちり守らなきゃいけねぇ訳だろ?
神様と将軍様の言ってることが相反した場合どうすんだって問題もあるし……絶対にロクなことにならねぇよ。
権現様くらい身近な神様ならそこら辺の事情を考慮しての神託をくれそうだが……何万年前生まれの神様とか、海の向こう生まれの神様とかがそこまで気を使ってくれるかは分からねぇしなぁ。
それによ、全部の神様が同じ事を言ってくれるなら良いがよ……神様によって言ってることが違ったりしたら、どうするんだよ?
こっちの神様は酒を飲んで良い、あっちの神様は飲んじゃ駄目なんてことになったら揉めること請け合いだぜ、まったく」
なんてことを言って頭を掻いて、夕焼け空を見上げてから、改めてあの時に見た白い影のことを思い出し、吉宗様の言葉を思い出し……そうしてから大きなため息を吐き出す。
「そんな難儀な神様に振り回されちまって……屋久島や佐渡島のエルダー達は報われねぇよな。
帰りてぇ帰りてぇと未だに故郷を想っているのに、こちらに送り込んできた元凶がこっちで達者に暮らせなんて気楽にも程がある言葉を投げかけてくるなんてよ。
……やっぱりあの時に斬りかかって、ぶった斬っておくべきだったかなぁ」
ため息を吐き出してからそんなことを言うと……前に立つポチ達は笑顔を浮かべながら生暖かい視線をこちらに送ってくる。
ポチもクロコマもシャロンも、ボグもペルも。
江戸城に同行していたエルダー達もがそんな表情で……俺がその顔は一体何なんだと渋い顔をしていると、ポチが一同を代表する形で言葉を返してくる。
「なら今度出会った時はそうするとしましょう。
そうやって狼月さんに何度も何度も斬られたなら向こうの神々も考えを改めるかもしれませんよ。
僕達は今更あっちに行くなんてのはごめんですが、それでも帰りたがっている人達は帰してあげたいですし……僕達も正直、あちらの神々のことは気に入りませんからね。
もっともっとあのダンジョンに通ってミスリルをかき集めて、黒船のことが一段落したなら……今度の目標は神々をぶった斬ること、っていうのも……まぁ悪くはないかもしれませんしね。
で・す・が、何をするにしてもまずは黒船計画です、そちらが上手くいかないことにはお話になりません。
という訳で第五ダンジョンに行くのはもう少し後にするということで……しばらくは第四ダンジョンでミスリル稼ぎといきましょう。
ダイヤモンド……でしたっけ、あれは黒船には役立たないそうですから、雑魚を中心としが狩りが当面の活動になりそうですね」
なんてことを言ってポチは組合屋敷へと向かっていって……ポチに言葉を託した一同もその後についていって……そうして一人取り残されることになった俺は、改めて沈むお天道様を見やり……こっちの神様の下に生まれて良かったなぁと、そんなことを思うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます