第134話 神託やら何やら

 

 なんとも言えねぇ不思議な体験をしたという土産話と、金剛石ことディヤモンド……言いにくいからとダイヤモンドに改名された石を持ち帰り、吉宗様に事の次第を報告し……それから数日が経って。


 そろそろボグとペルが故郷に帰るかもしれないという話が持ち上がり、すっかりと仲良くなってしまった友人との別れを惜しむ日々を送っていると、吉宗様から話がしたいとの連絡が来て……俺、ポチ、シャロン、クロコマ、それにボグとペルとで江戸城へと向かうことになった。


 いつも通りに江戸城へと入り、吉宗様の自室へと入り……そしてどういう訳かいつも通りとはいかずに、いつになく厳しい表情をしている吉宗様の前に、ゆっくりと腰を下ろす。


 そうして何事があったのかと全身を強張らせていると、吉宗様がゆっくりと口を開き……重く響く声をこちらにかけてくる。


「事態が予想以上に好転しているようだ」


 予想もしていなかった短さと内容その言葉に、俺達はなんとも言えず唖然としてから……俺が代表する形で言葉を返す。


「一体何があったのでしょうか? 事態、とは?」


 その言葉を受けて吉宗様は、大きく頷いてから説明をし始めてくれる。


「お前達も知っての通り、余の目的は乱れている世界に平和をもたらすことであり、その第一段階として、今も尚争っている人々の和平と融和のためにと尽力してきた。

 だが対立の溝は中々埋まらず、話を聞いてさえもらえず、状況は悪化するばかり……だったのだが、お前達があのダンジョンを攻略したあの日以降、状況が変わり始めたらしい。

 和平のためにと接触していた種族の多くが態度を改め始めたようだとの連絡があってな……今まで断固として拒絶していた和平と融和に対し、受け入れようとする姿勢を見せ始めたらしいのだ」


「……各種族の多くが、ですか。

 そこまで劇的な変化が起きたということは……既に黒船での接触を開始していたと?」


 吉宗様の言葉が途切れた折を見て俺がそう返すと、吉宗様は首を左右に振ってから、厳しい表情のまま言葉を返してくる。


「いや、黒船はまだだ。

 これから冬になるからな、近場ならともかく、外海に出るのは冬を越え春からでも遅くはないだろうと考えていたのでな、今は試運転と改良を繰り返すのみとなっている。

 黒船とは全く関係ないところで何故か事態が好転しているとかで……一体何が起きているのかを確かめるために比較的近場にいて、すぐに連絡の取れる種族……具体的には海に住まう、人魚、と呼ばれる種族達に確認のための使者を派遣して、それが今朝方帰ってきたのだが……」


 そう言って吉宗様はまた言葉を切る。

 言葉を切って小さなため息を吐き出し、そうしてから言葉を続けてくる。


「人魚曰く、神託、があったそうだ。

 人魚達が信奉する神から神託があり、元の世界に戻るとか元の暮らしに戻るとか、そういうことは考えずに、この世界で生きてゆけと……そのためにこの世界の住人達と仲良くせよと、そんな具合の神託が、な。

 まだ他の種族への確認が出来た訳ではないが……人魚達が言うにはかなりの範囲の種族達に似たような神託が降りているらしい。

 念の為にと確かめたのだが、コボルト、エルフ、ドワーフには特にそういった現象は起きていないようでな……時期を鑑みるに、お前達が見た何某か……ポバンカ達があちらの神々ではないかと考える存在が、なんらかの動きを見せたのかも……しれん」


「……あの連中が、ですか」


 吉宗様が言い淀んだところで、俺が思わずそんな声を……連中への嫌悪感というか不満というかを込めた声を出してしまうと、吉宗様はようやくそこで表情を緩めて……そうしながら言葉を返してくる。


「神仏はお天道様で黙って見ていろ……か。

 犬界のその考えは余も嫌いではないがな……どうやらあちらの神々はこちらの神々と違って、大人しくしているつもりはないようだ。

 あるいはあれが神々であるという考え自体が間違っているのかもしれないが……様々な要因を鑑みるに、今のところは神々であると考えておいたほうが良さそうだ。

 そして犬界達が見た神々であると仮定するならば……一連の流れにもなんとなしの仮説を組み立てることが出来る」


 と、そう言って吉宗様はその仮説とやらを語り始める。


 そもそもの発端、どうしてコボルト他、あちらの世界の住人達がこちらの世界にやって来たのか。


 仮説、神々がこちらに送り込んだのだろう。


 その際、神々の力が強すぎて、もしくはやったことが大きすぎて、その余波でダンジョンが出来たとも、あるいはダンジョンが出来たことすらも神々の意思だったのかもしれない。


 その仮設が正しいとして、では何故あちらの神々はコボルト達をこちらに送り込んだのか。


 仮説、コボルト達が人間に襲われていたという状況を考えるにコボルト達を救うためではないか。


 これまでに集めた情報から、こちらの世界で起きたことを時系列でまとめると、どうやらコボルトが最初に送られたあちらの世界の住人であるらしい。

 その次がエルフとドワーフで……それから少しの間を置いて世界各地に多種多様な住人達が送り込まれることになった。


 最初にコボルトを救うために神々がそうして……神々の思惑通りに綱吉公がコボルトを保護することになり、上手くいったことに気を良くした神々が次々に、エルフ、ドワーフといったこれまた人間と敵対し、人間から攻撃されていた種族を救うため、こちらに送り込んできた。

 

 エルフ、ドワーフもまた綱吉公に保護されたが、それ以降は綱吉公の手の届かぬ所で起きたことが故に保護されず、各地での戦乱のきっかけにまでなってしまい……その頃からぴたりと送り込みが行われなくなったのは、神々がそういった状況を危惧したからではないか。


 では狼月達が見た神々と思われる白い影が、話していた内容……猿、滅ぼす、助けを拒絶辺りの言葉にはどんな意味があるのか。


「……流石に断片的過ぎて、これらに関してはなんとも言えんな。

 それでも無理矢理に考えるのなら……今、最先端の学者達が論じている学問に、進化論というものがある。

 あらゆる生物は自然の厳しさの中で淘汰され、淘汰されるからこそ生きようとあがき、あがいたものが生き残り……強い子を残して、進化していく……という論だ。

 その論の中では人と猿は近いものとされ、猿が進化した姿が人だという説もあるそうだ。

 ……仮にあちらの世界に神々がいるのなら、コボルトの神や人魚の神がいるのなら、そうした神々から見れば、なるほど、確かに猿は人なのだろう。

 そう考えてみると……あちらの神々はあちらの人間を滅ぼそうと考えているのかもしれん、助けを拒絶という言葉まで考慮するなら、神々が手を下さずともこのまま行けば自然と滅ぶ、とかの可能性もある。

 あちらの世界には魔物がいて、エルフやドワーフ、人魚達も日常的に魔物と戦い魔物の数を減らしていたそうだ。

 そんな世界から突如エルフやドワーフ達がいなくなってしまったなら……。

 あちらにはかつて魔物達が闊歩する暗黒時代という時代があったそうだが……暗黒時代再び、ということもあるのかもしれんな」


 そう言って吉宗様は長かった仮説についての話を終える。


 以前ポチがドロップアイテムのことを、あちらの神からの贈り物……あるいは迷惑を駆けたことに対する詫びの品、なんて仮説を立てていたが……吉宗様の仮説を正しいとするのなら、もしかしたらポチの仮説も当たっていたのかもしれない。


 全てはあちらの神々の思いつきというか、気紛れで起きたことで……その結果が今の江戸の世で……。


 そんな事を考えた俺は吉宗様の前だというのに、頭の中で考えたことをそのまま口に出してしまう。


「……あちらの神々とやら、やっぱり気に食わねぇなぁ。

 ポチ達やボグやペルがこっちに来てくれたことは嬉しく思うし、それに関しちゃぁよくやったと褒めてやらんでもないが、それ以外の全てにおいて連中は一体何様なんだよ。

 そしてあちらの神々がそんなことしでかしたってんなら、こちらの神仏も文句の一つも言ってやったらどうなんだよ……まったく」


 俺のそんな言葉に何を思ったのか、吉宗様は苦笑をする。

 続いて俺の横に座っていたポチ達も俺のことを見やりながら苦笑して……そして吉宗様を含めた一同が、苦笑しながら吉宗様の背後に飾られた一組の、紅白の紐なんかで飾られた派手な弓矢をくいとその指や目線でもって指し示す。


 それは日光東照宮から送られた破魔弓矢で……江戸幕府を開いた権現様もこちらの神の一柱であることを、そこでようやく思い出した俺は、物凄い勢いで全力で、頭を畳に打ち付けての謝罪の言葉を口にするのだった。

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