第133話 決着後の一幕



 大量の金剛石の山というドロップアイテムを手に入れて……これを俺達だけで運び出すのは手間だぞとなって、すぐに俺達は扉の向こうで待ってくれていたエルダー達に声をかけた。


 するとエルダー達がすぐにわらわらと、興味津々といった様子でやってきて……そうしてエルダードワーフのうちの一人が、金剛石を手に声を上げる。


「こいやギヤマンじゃねぇか!

 こんなにもたくさんのギヤマンが手に入るたぁなぁ!」


「いや、ギヤマンて……随分古い言葉を使うんだな。

 だがそれはガラスじゃなくて恐らくは金剛石で……」


 そんな声に対して俺がそう返すと、エルダードワーフは顔をしかめながら言葉を続けてくる。


「だーから、こいはギヤマンじゃって言うとるんじゃ!

 なんでか大江戸の人々はギヤマンをガラスのことだと思いこんでおったようじゃが、ギヤマンはディヤモンド……金剛石のことを指す言葉でな。

 こんだけのディヤモンドがありゃぁお前、立派な城が五つは建つんじゃねぇか?

 少なくともあっちの世界じゃぁそれだけの価値のある宝石として扱われておったぞ」


「はぁ!? こんな石で城が!?

 あっちの世界はどうなってやがんだよ、まったく……」

 

 なんて会話をしているうちにも金剛石の回収は進み……そうしてあらかた回収し終えたというところで、今度はエルダーエルフの一人が、部屋の最奥……見えない壁を指差しながら声をかけてくる。


「おい、狼月、なんか『先』があるようだが、なんで先に進まんのだ?

 あそこのほら、あの壁……ひび割れていてその奥から何か、魔力のようなものが漂ってきているぞ」


 その声を受けてすっかりと油断していた俺達は、慌てて構え直して体を緊張させる。


 先……先だと?

 大物を倒したらそれで終わりじゃなくて、まだ先があるってぇのか?

 

 ダンジョン最奥の、中々現れねぇ扉の……更にその先。


 それは全くの未知の世界で、もしかしたらあちらに繋がっているかも知れない場所で……構え直した俺達は慎重に慎重に、ゆっくりとエルダーエルフが指し示す場へと向かい……そこにあるらしいひびわれへとそっと手を触れようとする。


 その瞬間、ひび割れがあるらしいそこから白い煙が溢れてくる。

 いや、白い煙というか白い光か。


 それはあっという間のことで、何かを出来るような余裕は全くなく、俺達はすぐさまに白い光に包み込まれてしまい……そして光の向こうに、なんといったら良いのか、ぼんやりをした何体かの人影を見ることになる。


 それらは白いようで黒いようで、はっきりしない形をしていて、目をこすってはっきりと見ようとすればする程、霞んでしまうような曖昧な存在だった。


 だけれども人の形をしていることは確実で、会話をしていることも明白で……その会話の声が曖昧な響きではあるものの、どうにか俺達の耳へと届いてくる。


 ……が、それは俺の知る言語じゃぁなかった。

 聞き覚えがなく、聞き覚えがない上にぼんやりとしているせいで、ただのうめき声にしか聞こえなくて。


 老若男女入り交じる、本当に言葉なのかと怪しくなるようなそんな声だった訳だが、どうやら俺達の周囲にいるエルダー達には聞き覚えがある言語らしく、エルダー達の全員が目を見開きながらその言葉に聞き入っていて……そしてまさかのまさか、その言葉を知っているらしいポチが、懸命に翻訳しようとし始める。


「これはあちらの言葉……?

 愚かな……猿? 猿じゃなくて、猿人? えぇっと猿が……猿が滅ぶ?

 助けを拒否した? 拒絶、かな。

 ……だから滅ぶ、もう誰も……手助けしてくれない?」


 その言葉を受けて、相手を恐ろしい何かであると判断したのか、まずシャロンが怯えながら側に寄ってきて、続いてクロコマが寄ってきて……最後にポチが寄ってきて、俺は体に巻きつけたままの抱っこ紐でもって、そんな三人を背負うことにする。


 無言で紐を掴んで動かし、ポチ達にそれを知らせ、すぐに察してくれたポチ達が背中に上ってきて……しっかりと紐を結び直す。


 そうやっていざとなったら全力で逃げる準備をしておいてから、黒刀を引き抜き……そうしながら覚悟を決めていると、ペルもまたボグに背負われ、ペルを背負ったボグは両手の爪をぐいと構えての戦闘態勢を取る。


 すると側に駆け寄ってきたエルダーエルフが、小さな……俺達にしか聞こえないだろう小さな声をかけてくる。


「いや、待て、待て待て待て。

 あれは恐らくだが……神々だ、我ら程度では相手にもならない高位の存在だ」


「あぁん? 八百万の神様達がなんでこんなとこにいて、どうしてあんな訳のわかんねぇことを話し合ってんだよ」


 そう俺が返すとエルダーは首を左右に振ってから言葉を返してくる。


「ち、違う、あれはあちら側の神々で、神々が語っているのは恐らく、あちらの世界についてのことだ。

 ……あちらの世界の人間がこれから滅びる……いや、これから手ずから滅ぼすと、そんなことを神々は言わんとしているらしい」

 

「あぁ……?

 神様仏様ってもんは、お天道様辺りから人を見守るだけで口出し手出しをしねぇ存在だろうに、滅ぼすってのは何事だよ。

 ……なんだか言葉も態度も気に食わねぇっつうかなんつうか、何様なんだよ、連中は」


 そう俺が返すと一斉に、背中のコボルト達が「神様ですよ」「神様でしょ」「神様だろ」と返してきて、俺はなんとも決まりの悪い気分になる。


 だがそれでも、どうしてだか連中のことが気に入らなくて、連中に一言を言ってやりたくて、俺が大きく一歩を踏み出し、連中に向けて声をかけてやろうとすると……連中が振り返り、こちらをその両の目で見やってくる。


 俺を見てポチ達を見て、ボグを見てペルを見て、そしてエルダー達のことを見て連中は、どういう訳なのか優しげな微笑みを浮かべ……心の底から安堵したような、嬉しそうな表情をしやがる。


「おいこら、何なんだお前らは! さっきからやいのやいの! 滅ぼすだ何だと物騒な!

 神様だってんなら大人しく、お天道様から下界を見るだけにしてやがれ!!

 アリの巣見つけては水流し込んで喜ぶ性悪かってんだ!!」


 その表情がどういう訳だか、理由もなく腹が立って、そうして思わず俺の口からそんな言葉が漏れると、連中は更に笑みを深くして……そしてその手をさっと振るう。


 すると俺達を包み込んでいた白い光が消え失せていって……元通りの、大泥人形がいた部屋の光景へと戻っていく。


 そうして白い光が完全に消え失せた瞬間、連中のものと思われる声が響いてくる。


「感謝の言葉と……達者に暮らせ、ですかね?

 ……なんであの人達は最後に笑っていたんでしょうね」


 その声をそうポチが訳すと……周囲のエルダー達はその訳が間違ってないと、頷くことで示してきて……それから俺達はしばらくの間、今しがた起きた出来事は一体何事だったのかという、そんな答えの出ない話し合いを行うのだった。

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