第131話 対決 大泥人形!


 大泥人形の突撃は、速度が上がり切る前に避け始めないと手遅れになっちまう。


 ギリギリまで粘るとか狙いを見極めるとか、そんな小賢しいことはせずに、とにかく脱兎の如く駆けて距離をとって、大げさ過ぎる程に大きく逃げて……常に大泥人形から視線を外さないようにして。


 自分だけならともかく仲間二人の命を背負ってるんだから、大げさ過ぎるくらいがちょうど良い感じで……俺もボグも、そんな具合に洞窟風となっている部屋の中を逃げ回っていく。


 俺達がそうやって逃げ回っている間、背中のポチ達が懸命に攻撃を繰り返して……効いているのか効いていないのかはよく分からねぇが、とにかく相手の図体がでかいので外れることなく全てが命中している。

 

 魔法の刃と魔法の矢が次々と突き刺さり……あれが実態のある刃や矢であったなら、今頃大泥人形は針山のような有様になっていたことだろう。


 十や二十では済まない……五十や百の刃や矢に貫かれても、それでも大泥人形は弱ることなく元気に暴れまわっていて……そして時折、クロコマの符術によって生み出された大槍が、大泥人形の体をぐさりと貫く。


 地面や壁から突如光り輝く槍が現れて、それが足から脳天まで、右腕から左腕までを貫いて……普通の生物だったらあの符術一つで決着がついていたことだろう。


 筋も肉も五臓六腑もなく、血も流れねぇ大泥人形だから耐えられているだけで、全くあの槍の鋭さといったら、鋼鉄製の大鎧があっても防げねぇに違いねぇ。


 そんな風に戦況が進んでいって……駆けて駆けて駆け続けて、次第に俺とボグの息が切れ始め、ポチ達の魔力も減っているのか、刃や矢の威力が落ち始める。


「……あ、あいつの核はちゃんと減ってんのか? このまま戦い続けて良いもんなのか?」


 大泥人形が壁に突撃し、その衝撃でその体を崩し待っている隙に、ぜぇはぁと息を切らせながら俺がそう言うと……背中のシャロンが言葉を返してくる。


「へ、減ってはいます、減ってはいるんですが……数が少なくなったら命中率が下がっちゃったと言いますか、中々当たらなくなったと言いますか……!

 しっかり狙わなきゃいけないんですけど、しっかり狙うとそれを察してやつが核を移動させてしまうみたいで……か、完全なトドメにはまだまだかかりそうです」


「……む、無駄な攻撃を繰り返していた訳じゃないって知れて安心したが……まだまだ駆けなきゃならねぇって知って絶望もしたぜ、ちくしょうめ!!」


 シャロンの言葉にそう返した俺は……大泥人形が再度動き始めるその時まで、大きく息を吸って吐いて……切れている呼吸を少しでも落ち着かせようと懸命に努める。


「核がある程度減ったら、一斉攻撃を仕掛けても良いかもしれん!

 核が潰れれば潰れただけ、やつの原動力たる魔力は減少することになる! いずれは動きが鈍り、突撃の威力も失われることだろう! そうなったら残りの核全てが潰れるまでタコ殴りにしてやれば良い!!」


 そんな俺に、少し離れた所で息を整えていたボグの、大きな背中に張り付いているクロコマがそんな大声をかけてきて……俺はその言葉に頷き、その時がくるまでもう少しだけ頑張ってやるかと脚に力を込めていく。


 そうして再びの突撃がやってきて……俺とボグは駆け出して回避に走る。


 泥人形の突撃は今まで通りの速さで、今まで通りの威力で、全く弱っている風には見えねぇが……それでもクロコマの言葉を信じることにして、とにかく駆けて駆けて駆けまくる。


 背中のポチ達だって息を切らしながら頑張っているんだ、俺だけが情けない姿を見せる訳にゃいかねぇぞと、重くなってきた脚に活を入れて……そうして更に駆けて駆けて、どれくらい駆けたかも分からなくなってきた所で、ようやく大泥人形に変化が現れる。

 

 泥の巨体がゆっくりと……砂山に雨が降り注いだかのように崩れて、ゆっくりとだが確実に泥人形からただの泥へと変化していく。


「や、やったか?」


 息を切らし、膝に手をついて、今にも地面に倒れ伏しそうになりながら俺がそんなことを言うと……崩れて地面に広がっていた泥が、まだまだ終わりはしないぞとばかりに蠢き始める。


「なんだってんだ、こんちくしょう……」


 俺がそんなことを言う中、大泥人形だった泥は……もう一度、先程までのような大泥人形へと戻っていく。


「いや、本当になんだってんだよ、こいつは……?」


 一度崩れてもとに戻って。


 それに一体どんな意味があるのかと俺が訝しがっていると……ポチ達が「あぁ!?」なんて声を上げ始める。


 それを受けて何かがあったらしいと改めて大泥人形を注視した俺は……そこでようやく大泥人形が何をしたかに気付く。


 いくつもあったはずの、そこらの泥人形と同じくらいの大きさだったはずの核が一つだけになっていた。


 一つだけの大きな、残り全てを合体させたかのような巨大核へと。


「ポチ! ペル! あれを攻撃するんだ!」


 まさか、そんなことがあるのかと冷や汗をかきながら俺がそう言うと、ポチ達はすぐに攻撃を仕掛けてくれて……そしてポチの刃やペルの矢がその巨大核へと命中するが……核は揺るがず、砕けることなく、大泥人形の中で佇み続ける。


「そういうことかよ、ちくしょう……。

 小さなままだと砕かれるが、大きくしたなら……一箇所に集めたならポチ達の攻撃くらいは弾けるって訳か。

 もしかしたら小さな傷くらいはついてるのかもしれねぇが……それで砕くまでには結構な時間が必要になりそうだな」


 時間もそうだが、俺やボグの体力と、ポチとペルの魔力も必要な訳で……こいつは厄介なことになったと歯噛みした俺は……意を決して腰に下げている黒刀へと手をのばす。


 ボグの爪ではあの巨体の中心までは届かないかもしれねぇが、俺の黒刀ならば届くはずで……ポチ達の攻撃では砕けないかもしれねぇが、俺の黒刀ならあるいは砕けるはずで……。


 体力を消耗しちまった現状、黒刀を振るうにはちときついが……これしかねぇなとゆっくりと黒刀を引き抜く。


 もしかしたらこの重ったるい黒刀をそこらに投げていたならもっと走れたのかもしれねぇ。

 そうしていたら余裕をもって攻撃を仕掛けられたのかもしれねぇ。


 だけれども愛刀をこんな訳の分からないところに放り投げておくってのはどうしても出来ねぇことで……今更そこら辺のことをくよくよと振り返っても仕方ねぇ、今出来ることをしてやるかと、黒刀を大きく振り上げる。


 すると背中に張り付いたままのポチとシャロンが、俺のしようとしていることを察してくれたのだろう、何も言わずに俺の邪魔にならねぇようにと、背中にがっしりと張り付いてくれる。


 揺れないよう、振り回されないよう、俺の体と一心同体ってな感じに構えてくれたポチ達は、そうしながら残っていた魔力を俺の中に注ぎ込み始める。


 それはシャロンがやっていた支援魔法の一種のようで……俺の身体能力を高めていたパッシブ魔法を、更に更に、一段も二段も強力なものへと変化させてくれる。


 そうしていくらかの体力を取り戻し、いつも以上の活力と膂力を得た俺は、大泥人形に向かって駆け出すのだった。

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