第128話 扉の向こうにいたのは


 群れがいた部屋から続く通路を奥へと進み……いくつかの角を曲がり、散発的に出現してくる泥人形達を退治して……そうしてまた群れがいたのと同じくらいの大きさの部屋へとたどり着くと、またもあの扉が……大物がいる部屋へと続く扉が俺達のことを待ち構えていた。


 石造りで無骨な意匠で、今までの扉とはまた違った印象を受けるが、中央にでんと壁も何もねぇのに立っているのがいかにもあの扉で……俺達は一旦その周囲に腰を下ろして、息を整えながら相談を始める。


「……結構奥にあるんだなぁ。

 毎回毎回ここまで来ないと大物に会えねぇってのはちときついな」


「確かに……ここまでで結構体力も削られていますし、もし大物をやるつもりならドロップアイテムとかを無視して、出来るだけ体力温存でこないと厳しいかもですね」


 俺の言葉にそうポチが返してきて……クロコマやボグ達が唸り声を上げながらそれに同調する。


「ドロップアイテムを無視して、出来るだけ楽をしてここまでやってきてからの大物か……。

 そもそもここまで来られたのはボグやペルがいてのことだからなぁ、俺達だけじゃぁ厳しいんだろうし……そうだな。

 ボグとペルが帰る前のどこかのタイミングで大物に挑んで、それを最初で最後の挑戦とする、って感じが良いのかもしれねぇな。

 命あればこそ、だしな、他のダンジョンを攻略するうちにここの攻略法を見つけられるかもしれねぇし……ここで無理をする必要はねぇだろうさ」


 続けて俺がそう言うとポチ達は賛成だとばかりに頷いてくれて……一人だけ頷かなかったシャロンが、石の扉の方を見やりながら言葉を返してくる。


「えっと、安全第一の方針には賛成なんですけど、まずは情報を集めませんか?

 あの扉の向こうに何が居るのか……扉の隙間から見るだけなら安全な訳ですし、どんな大物がいるのかをまず調べてから色々話し合いましょう」


 そんなシャロンの指摘を受けて、そりゃそうだと己の頭をぺしんと叩いた俺達は、そっと立ち上がって意思の扉へと近付き……いつもよりもかなり重い石扉を、少しだけ引き開けて、その向こうに広がっている空間のことを、わずかに開いた隙間から覗き込む。


 扉の向こうにあったのは荒野のそこら辺を……谷のような形になっている場所を掘り進んで、洞窟というか居住空間に仕上げたような場所だった。


 ただ雑に掘っただけでなく、入り口はしっかりと長方形に、その左右には柱のような彫刻をこさえて、入り口の上にも彫刻があって、かなりの手間隙をかけたことが伺える。


 そんな入り口の向こうにはそこまで深くはない、太陽の光が十分に届くような広さの空間があり……そしてそこに大きな、今までの泥人形よりも大きな、巨大泥人形とでも言えば良いのか、金持ち連中の蔵よりも大きいんじゃないかってくらいのどでかい一体の魔物が、何をする訳でもなく虚空を眺めながら棒立ちになっていた。


「なんだよありゃぁ、ふざけんじゃねぇぞってくらいにでけぇな、おい。

 流石にあれとは殴り合えねぇっていうか、ボグであっても軽々ふっとばされちまうんじゃねぇか?」


 そんな化け物のことを睨みつけながら俺がそう言うと……俺の足元辺りに居たクロコマとペルがその顔をずいと……化け物がこっちに気付いちまうんじゃねぇかってくらいに突き出して、その化け物のことをじぃっと見つめてから同時に声を上げる。


「おい、あやつの核、一つじゃないぞ!」

「あいつ、核が何個もありやがる!!」


 その声を受けて改めて化け物へと視線をやった俺は……泥人形の核を探る時と同じ要領で化け物の核を探ろうとし……そしてその全身のあちこちに核があるというとんでもない光景を目にすることになる。


 数は……10個以上。

 あまりにも数が多すぎて、魔力がぼやけてしまって、はっきりとしたことが分からねぇ程に多い数となっている。


 それぞれの核に込められた魔力も多いようで、魔力がこんこんと溢れているというか、力強いというか……泥人形とは全く別格の気配を漂わせていて、厄介な相手であることを直感させてくれる。


「こいつは……参ったな。

 あれをやろうと思ったら……全員分の銃でも用意して全部の核が潰せるまで連射と撤退を繰り返すしかねぇんじゃねぇか?

 幸い扉のこちら側にはこねぇ訳だから、ここから狙撃って手もある訳だが……」


 化け物のことを見やりながらそんなことを俺が言っていると……ボグも化け物のことを見たくなってしまったのか、俺に覆いかぶさるような形で覗き込もうとしてきて、そしてついついと言った感じでボグの足が、俺の足元にいたクロコマとペルのことをちょこんと蹴り押してしまう


「あ、ご、ごめん!?」


 そんな声をボグが上げる中、蹴り押されてしまったクロコマとペルは、転げるようにして扉の向こう側に行ってしまい……そしてそんなクロコマとペルのことを感知したらしい化け物が……蔵よりも大きい泥の塊が、ずずずずずと地鳴りのような音を立てながらゆっくりと立ち上がる。


 ゆっくりと……じっくりと、体が重いのか予想以上にのろまな動きで、太陽を追いかけるひまわりでももうちょっと早く動くんじゃねぇかってくらいの動きでずずずずずと。


 扉の向こうに蹴り押されたことで大慌てになってこちらに戻ろうとしていたクロコマとペルだったが……そののろま過ぎる動きを見て拍子抜けしてしまったのか、こちらに戻ることもなくただぽかんと化け物のことを見やっている。


「……お、おせぇ。

 なんだ、あの動きは……あれで何かと戦ったりできんのか?

 さっき言った作戦を使わねぇでも、弓や銃、ポチの小刀があれば逃げ撃ちみたいな感じで、一方的に攻撃できんじゃねぇのか?」


 なんて声を俺が上げて、クロコマとペルとボグが大きく頷きながら同調し……遅れて顔を突き出してきたポチやシャロンまでが呆れ果てる中、ゆっくりとゆっくりと立ち上がった化け物は……こちらに向かって突進してこようとする。


 のろまに鈍重に、音だけは立派なもんを立てて、こっちに来るまで何年かかるんだよってくらいの勢いで。


 扉から化け物まで人間の足で言うなら……五十歩か、それ以上か。


 そんなにも距離があいているもんだから、俺達はへらへらと笑いながら油断しきっていたんだが……そんな油断を窘めるかのように、化け物はだんだんと……ゆっくりではあるが確実にその動きを早くしていって……最初の動き出しが嘘かと思うような、そこそこの早さになりながらどしんどしんと地面を揺らし、こちらへと駆けてくる。


「う、うおおおおお!? か、加速しやがった!?

 動き出しがのろいだけで、しっかりと動けるんじゃねぇか!?」


 それを受けて俺はそんな悲鳴を上げてから……慌てて手を伸ばし、まずはクロコマを掴んでこっちに引っ張り込み、次にペルを掴んでこっちに引っ張り込む。


 そうしたらボグと協力して開きかけていた石扉を全力で押して、これでもかと押し込んで……化け物がこちらに来るよりも早く、扉に到着するよりも早く、しっかりと石扉を押し閉じる。


 そうしてしばらくの間、全身を使って石扉を押し込んでいた俺とボグは、お互いの顔を見やってから、石扉のことをじぃっと見やり……扉が押されたりだとか叩かれたりだとか、そういうことが無かったことに安堵しての大きなため息を吐き出すのだった。

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