第124話 江戸前の
さて、ボグ達の飯を準備すると言っても、今から材料を買いに行っていたんでは時間がかかりすぎちまう。
下拵えなんだの、調理だってそれなりの時間となってしまうはずで……そういうことならばと、俺達は休憩室を出て組合屋敷を出て……組合屋敷側にある寿司屋へと向かう。
組合屋敷は江戸城の近くにあり、江戸城の近くは大江戸の中心地であり……こういった高級な飯屋が結構な数存在している。
江戸城の職員や、江戸城に用があってやってきたお偉いさんやらを客としているだけあって、その店構えも中々に立派なもので、ついでに味の方も値段までも立派なもので……そんな立派な店で寿司用の大皿3枚分を持ち帰りでの注文をし、俺が一皿、ネイが一皿、ポチ達が一皿持つ形で屋敷へと帰り……きょとんとしながらも大人しく休憩室で待っててくれたボグ達の下へと運びながら声をかける。
「シャクシャインも様々な魚介がよく獲れるらしいが、江戸湾だって負けちゃいねぇからな。
新鮮な魚介類をこれでもかと使った江戸前握り寿司……これが中々どうして美味いんだよ」
寿司というと一昔前までは、それ一つ食えば十分ってくらいの、大きくて大味なものだったらしいのだが、最近は氷櫃のおかげで色々な魚が手に入るようになり……手に入るのなら当然その色々な魚を……色々なネタを楽しみたいとなり、そういう訳で小さめの一口程の大きさの握り寿司が主流となっている。
ただネタを飯の上に乗せるだけじゃぁなくて、飯に色々と味をつけてみたり具を足してみたり、ネタもそのままだけじゃぁなくて炙ってみたり醤油なんかに漬け込んでみたりと、様々な手間が加えられるようになっていて……最近では豊富過ぎる程に豊富な種類の魚介類を寿司として楽しむことが出来るようになっている。
という訳で大皿の上に敷かれていた薄布を剥ぎ取ると、多種多様、色とりどり、赤色に黄色に青色に白色に……きらきらと輝くいくつもの握り寿司がその姿を顕にする。
「俺達は鍋をたっぷりと楽しませてもらったからな、この寿司はボグとペルで楽しんでくれよ。
それとも3皿程度じゃ足りなかったか?」
更に続けて俺がそう言うと、ボグとペルは泡を食ったように顔を左右に振って……そうしてから、その手で寿司を掴み上げ……ネイが用意した醤油入りの小皿にそれをつけて、ボグは一口でぱっくりと、ペルは二口三口でゆっくりと、寿司を楽しみ始める。
「う、うめぇ、ただ魚を乗せてあるだけじゃねぇんだなぁ」
「……ん、オイラにはちょいと大きいけど、それでもこれはついつい食べたくなっちゃう味だなぁ。
これならシャクシャインでも再現できるかな?」
ボグ、ペルの順番でそう言って……ペルは食べれば食べる程にゆっくりと、米粒一粒一粒を味わっているかのように食べるようになり、逆にボグはその両手でもって、咀嚼しねぇで丸呑みしてるんじゃねぇかってくらいの勢いで食べ始める。
「白い魚もうんめぇし、青い魚もうんめぇし、何食ってもうめぇなぁ。
うめぇうめぇ……オラ、大江戸にこれで本当に良かったよぉ」
食べて食べてネイが用意した茶を一口でがぶりと飲んで、また食べて食べてそんなことを言って……そうやって満面の笑みとなっていたボグは、魚の骨がのどでに引っかかりでもしたのか、突然浮かない表情をし始める。
「……大江戸は面白いとこで、美味しいとこで、仲の良い兄弟がいるとこで……オラ、帰りたくねぇなぁ。
大江戸にずっといてぇなぁ、でもシャクシャインには家族もいるし皆もいるし、ずっと大江戸にはいらんねぇしなぁ、シャクシャインの飯も食いてぇシャクシャインの空気も吸いてぇし。
……ああ、やっぱりシャクシャインに帰りてぇなぁ、でも大江戸にもずっといてぇなぁ」
おそらくは自分の中でその考えをまとめることが出来ないのだろう、矛盾しているようなことを繰り返し口にして……そうしてボグはぐったりと項垂れる。
ボグもペルもシャクシャインの重鎮で、いずれはシャクシャインへと帰る身であり……帰らないといけないと分かっているからこそ、そういった未練があるようで、俺はそんなボグに笑いながら声をかける。
「なぁに、俺達がダンジョンに潜ってミスリルを持って帰ってきて、黒船が本格的に作られるようになりゃぁ、たったの一日で江戸とシャクシャインを行き来できるそうだし、そうしたら暇を見つけてはこっちに遊びに来たら良いだけの話じゃねぇか。
そうなったら俺達もそっちに遊びに行くことになるだろうし……会おうと思えばいつでも遠方の知り合いに会えるような、そういう時代がもうすぐそこまで来てるんだからよ、そんな風になる必要はねぇんじゃねぇかな」
するとペルがボグの側へと駆け寄って、その膝をばしばしと叩きながら「そうだそうだ」と俺の言葉に同調して……そうしてボグは項垂れていた顔を上げて、満面の笑みをこちらに向けてきて……そうして口をぱくぱくとさせながら何かを言おうとする。
何かを言おうとするが上手く言葉が出てこなくて、ついでに安心したせいか腹の虫がもっともっと寿司を食わせろとばかりに「ぐぅぅぅぅ」と鳴いて……そうしてボグはその両手をぐわりと構えて、次から次へと寿司を掴み、自らの口の中へと送り込んでいく。
そうして食って食って食い続けて……大皿三皿を綺麗さっぱり、見事なまでに空っぽにしてくれて……そうしてから膨らんだ腹を撫でながら一言「うまかったぁ」とそう言ったボグは……何を思ったか突然、凄まじい勢いで立ち上がり、大きな声を上げる。
「オラ! 決めた! オラ、兄弟と一緒にダンジョンに行く!
ダンジョンに行って兄弟を手伝って、黒船の完成を早めてからシャクシャインに帰る!!
ペル、まだ当分はオイラ達、大江戸にいられるんだよな?」
そんな突然過ぎるまさかの一言を受けて……ボグがそう言い出すのを予測していたのだろう、ペルは半笑いになりながら言葉を返す。
「いられるにはいられるけども……行けてせいぜい2・3回が限度だぞ?
オイラ達だってずぅっと遊んでられる程暇って訳じゃぁねぇんだし……本当にそれっきりの助っ人って感じにしかなれねぇぞ?」
「いいよぉ、それでいいよ、2・3回もいけるなら十分だよぉ。
オラのこの両腕で泥人形だろうが何だろうが、全部張り倒してやるからよぉ。
兄弟達も魔法を使えるようになったんだしぃ、皆で大暴れと行こうじゃないかよぉ」
そんなことを言い合うボグ達に俺は、当分は……祝言を挙げるまではダンジョンにいかないつもりなんだとの発言をしようとするが……俺がそうする前に、いつのまにかすぐ側までやってきたネイが、俺の横腹をつねりあげることで発言を止めて……止めながら満面の笑みをこちらに向けてくる。
その笑顔は今は余計なことを言うなとか、ボグとペルが一緒なら安心できるから私に構わず行ってこいとか、そんなことを言っているかのようで……夫婦としての以心伝心を、まさかのこんな形で決めることになった俺は、顔を強張らせながらも頷いて、準備ができ次第にボグ達とダンジョンに向かうことを決めたのだった。
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