第122話 ボグとペルの料理
魔法で攻撃しやがった詫びとしてネイの財布で出前でも取ろうと思っていたのだが、そこでペルとボグから待ったがかかった。
「出前するくらいならさ、オイラ達が作るよ!」
「狼月達にオラ達の飯も食ってもらいてぇしなぁ」
そう言って二人はネイから財布を預かって港の市場へと駆けていき……俺が鍛錬でかいた汗を流したり着替えをしたりして……囲炉裏のある休憩室で腰を落ち着けた頃に、材料を抱えて帰ってきた。
二人が買ってきたのは新鮮な生鮭と季節の葉物野菜とキノコと、豆腐で……それらを持って休憩室隣の台所へと向かい、包丁でまな板を叩く軽快な音をさせながらの調理をし始める。
新鮮な生鮭……それは以前にも店で見かけたある道具のおかげでこの江戸でも手に入るようになった一品だ。
エルフ達の活躍で、仕組みはよく分からねぇんだが、魔法の力で中のものを冷やすことの不思議な食材保存箱『氷櫃』なるものが開発されて、それ以来江戸の食糧事情はがらりと変わることになった。
中に入れたもんを冷やしたり凍りつかせたりすることのできる氷櫃は、その便利さが知れ渡ると各家庭や商店だけでなく、船や荷馬車なんかにも導入されるようになり……それによって食糧事情だけじゃなくて、荷運びの常識までが根本から覆された。
遠方で取れた魚は氷櫃に入れて運べば腐らねぇので、塩漬けにする必要はねぇし、野菜や果物なんかも氷櫃があれば長持ちさせることが出来て……そうやって活発化した荷運びの手がどんどんと広がっていくと、今まで見向きもされなかった地方や食材が注目されるようになって……。
人口の多い江戸にはそれに見合った量の食料が集まるようになり、人口の少なねぇ地方では作ったら作っただけ食料が売れるようになり……場所を問わず季節を問わず、色々なもんを食えるようになったって訳だ。
そしてその代表例が鮭になるだろう。
江戸湾では獲ることが出来ず、塩漬けにしたもんしか食えなかった鮭が、氷櫃のおかげで塩漬けにしなくてもありつけるようになって、様々な鮭料理が開拓されるようになって。
吉宗様も大好物だとかで季節になると毎日のように鮭を食べているそうだ。
そして……ペルやボグ達の故郷、シャクシャインは鮭の名産地で、名産地出身の二人の作る鮭料理となったら……これはもう期待しねぇほうが嘘ってもんだよなぁ。
「どんな料理が来るのかねぇ」
囲炉裏の前に座り、ゆったりと構えながら俺がそう言うと、向かい合うようにして腰を下ろしているポチ達が尻尾を振り回しながら弾む声を返してくる。
「ボクは鮭ならどんな料理でも文句なしですよ! 焼いてよし煮てよしの最高のお魚ですからねぇ」
「わ、私は鮭を食べる機会がこれまであんまりなくって……すっごく楽しみです!」
「ワシは塩鮭が好きなんだが……ま、普通の鮭も嫌いではないからのう、どんな料理が出てくるやらのう!」
ポチ、シャロン、クロコマの順にそう言って……それに続く形でネイが声を上げてくる。
「冷やすも燃やすも魔法で色々できちゃって……ちょっとの鍛錬でその魔法が覚えられちゃって。
……これって危なくないのかしらね?
さっきみたいに魔法を悪用しようとしたらそれで色々できちゃう訳で……」
その言葉に、よりにもよってやらかしかけたお前が言うのかと、そんな視線を送っていると……大きな鍋をボグが持ってきて囲炉裏の上に吊るされた自在鉤に引っ掛け始め、それに続いてやってきたペルがネイの疑問に対する答えを口にする。
「危ないと言えば危ないけども、魔法を悪用しちゃうようなやつが魔法が無くても松明や刀を使って悪事をやらかすだろうしね……魔法があるからとか、魔法そのものが危険って訳ではないのさ。
それこそ氷櫃みたいに上手く使えば便利になる訳だし……それに、魔法を覚えられるかは才能次第の部分があるし、覚えられたとしても魔力をどれだけ持っているかで出来ることも限られてくるしね。
それと多分だけど、この江戸はもうそういった魔法犯罪に対する備えも完了してるんじゃないかな?」
「へぇ、そうなのか?」
ペルの言葉に興味を惹かれた俺がそう返すと、ペルはこくりと頷いてから言葉を続けてくる。
「江戸城やここには結構な数のエルフがいるだろう?
エルフ達は特別に目が良いっていうか、魔力を見分ける力に優れていて、そんなことをやらかそうとしている奴がいれば魔力の濁りですぐに気付けるんだよ。
そんなエルフ達が江戸の各地をそれとなく見張っているようだし……それと前にもいったけど、こっちの世界にも神通力とか法力とかがある訳で、そうした力を秘め持つ神社仏閣が各地にある訳で……。
まぁ、うん、多分だけどもああいう場所も魔法とか魔力に備えて色々やってるんじゃないかな?」
「はぁー……なるほどね。
俺達が気付いていねぇだけで、上様や幕府、それと神社仏閣やらが備えをしてくれていたって訳か」
なんて会話をしていると、自在鉤に吊るされた鍋がぐつぐつと良い音を立てはじめ、なんとも空きっ腹にきくいい香りを放ち始め……鍋のことをじぃっと見つめていたボグが、その熊鼻をひくひくとさせてから、満足げな笑顔になって……そうして鍋の蓋をそっと開ける。
野菜と豆腐とキノコと鮭の切り身と。
それらを澄んだ汁に入れてぐつぐつと煮込んで……鮭鍋といったところだろうか。
「へぇ、美味そうじゃねぇか。
……汁が随分と澄んでいるようだが、醤油汁って訳でもねぇようだな」
その鍋を覗き込みながら俺がそう言うと、ボグがふふんと自慢げに鼻を鳴らしてから言葉を返してくる。
「醤油汁は半分正解ってところだなぁ。
水を入れて酒とみりん、醤油と味噌の両方を……汁が濁っちまわないように程々に入れて、ゆっくり煮立てていって……いい感じになったら鮭を入れて、鮭に火が通ったら野菜をいれてって感じだぁ。
そうやって煮詰めていって煮立ったら……この二つをふりかけたら完成だよぉ」
そう言ってボグは二つの紙包みを取り出す。
一つは小さく、一つは大きく……まずは小さな包みを広げて鍋の中に振りかける。
それは砕いた胡椒だった。
鍋から離れていても香りが漂ってくる程の良い黒胡椒のようで……それを結構な量振りかけたなら、お次は大きな包みを広げて、その中に入っていた四角く白い何かをぽちゃんと鍋の中に落とす。
「これは牛酪だよぉ、エルフ達はバターって呼んでる牛の乳で作った美味しい美味しい食いもんなんだぁ。
これがもう鮭と相性抜群で、焼いた鮭に塗るだけでもうんまいんだけど、鍋の中に入れてもうんまくて、こんな風に香りが立ってきて……さぁさぁ、いい感じに出来上がったから皆で食べようよー。
オラ共が冬になるたびに食べる、イシカラアペ鍋だよぉ」
そんなボグの言葉のすぐ後に、鍋の中からふんわりと……牛酪の良い香りが漂ってきて、その香りにやられた俺達は、ボグが説明している間にペルが持ってきてくれた、器と箸を構えて……目の前の鍋に挑みかかるのだった。
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