第121話 それぞれの魔法


 パッシブ魔法なるものを覚えて、それから色々と調べてみたのだが、どうやらパッシブ魔法を覚えてしまうと、どうやっても普通の魔法が使えなくなってしまうらしい。


 エルフやドワーフ、コロポックルの魔法はもちろんのこと、クロコマの符術も駄目で、逆にエルフやドワーフ、コロポックルやクロコマなど、普通の魔法を使える者達がパッシブ魔法を使おうとしても、どうやっても使うことが出来ねぇようで……普通の魔法か、パッシブ魔法かは二者択一、どちらかしか使えねぇ仕組みになっているようだ。


 組合のエルフ達曰く、パッシブにせよ普通の魔法にせよ、その魔法を使った時点で、魔法や魔力に対する固定観念が出来上がってしまうせいなんだそうで……これはもうそういうものなんだと思って受け入れる必要があるようだ。


 そういう訳で俺はパッシブ魔法を、ポチもパッシブ魔法を、シャロンはエルフやコロポックルの魔法を習得することになり……クロコマは引き続き符術を鍛えていくという感じで魔法や魔力というものと付き合っていくことになった。


 そういう訳で調査やら習得やら使いこなすための練習やらで数日が過ぎて……俺達は道場での鍛錬の日々を過ごしていた。




 今日の鍛錬は魔力を感じ取る力を鍛えるための鍛錬で、泥人形の核を見つけ出すための鍛錬で……目隠しをした状態でポチ達の攻撃を受け止め、受け流すものとなっている。


 開いた目で見るのではなく、目を閉じた世界の中でポチ達の魔力を感じ取り、どう動いているのかを正確に把握し、実践とほぼ同じような動きの中でその動きに対応するという訓練で……目隠しをした状態で道場の中央に立つ俺目掛けて、魔力を唸らせたポチ達が物凄い勢いでもって襲いかかってくる。


 パッシブ魔法で身体能力を強化している関係で、その全身に魔力を巡らせているポチの姿はシャロンやクロコマよりもはっきりと、くっきりとしていて捉えやすいものとなっている。


 魔力を流し込まない限りは服や武器などは形を成さないので、裸のポチにそっくりのモヤのような何かが激しく道場内を駆け回っているような感じで……その手足も口も耳も尻尾も、むき出しになっているキバさえも見て取ることが出来る。


 逆にシャロンやクロコマは、その手足だったり符だったりと、一部にのみ魔力を込めているので、何処に居るのかは分かるものの、何をしようとしているのか、今どんな体勢をしているのかなどを見取ることは出来ねぇ。


 ……だが、いつどこを狙って攻撃してくるのかという、その大雑把な動きを読むこと自体は可能で……俺は次々と襲いかかってくるポチ達を手で払い、あるいは掴み、もしくは躱し、完璧と言って良い手際で受け流していく。


 ポチの動きは、パッシブ魔法の効果もあって三人の中でも特に素早く力強いが、同じくパッシブ魔法を発動している俺であれば問題なく対処することが出来る。


 逆にシャロンやクロコマの動きに対処するのは大変だ。


 パッシブ魔法なしの鈍い動きで、そもそも近接戦を苦手としていて、まさか鍛錬で符術やら魔法やらを使う訳にもいかないので切り札が使えず……そう考えると驚異じゃねぇように思えるかもしれねぇが、そもそもの魔力が小さく、その気配を感じ取ることが難しく……それでいて、コボルトらしい身体能力は有している訳で……ちょっとでも油断をしちまうとその姿を見失ってしまいそうになっちまう。


 そういう訳で、かなりの意識を向ける必要があり、敏感に魔力を感じ取る必要があり……かと言ってそちらにばかりかまけていると、自由になったポチが好き勝手に暴れちまって、さぁさぁ大変ってことになっちまう。


 いやはや本当にまったく、魔力を感じ取る訓練に最適というかなんというか……訓練相手としてコボルトはこれ以上ない相手だろう。


 良い仲間に恵まれて俺は本当に幸せもんだねぇと、そんなことを考えながらポチ達のことを受け流していると、そこでまさかまさかの予想外、ポチ達以外の魔力が二つ乱入してくる。


 一つは驚く程に小さい……ポチ達よりも小さいかもしれない魔力で、大きさとしては小さいのだが、ポチ達よりも濃密で純度が高くて……ぐわりぐわりと音を立てて唸っているかのようだ。


 もう一つは驚く程に大きく……間違いなく俺よりも大きくて、力強くて……その体から

かなりの量の魔力が溢れてしまっているようで、まるで湯気立つ茹で蛸といった有様だ。


 小さな魔力はその手を上げるとそこから冷気というかなんというか、周囲の熱を奪い取る独特の魔力を放ってくる。

 大きな魔力はパッシブ魔法に近い魔法を使っているのか、体内に魔力を巡らせるのではなく、体外に魔力を放出し続けるといった方法で身体能力を強化し、こちらへと直接的な手段で襲いかかってくる。


 ひとたび冷気に捕まえれば体が冷えて動きが鈍り……大きな魔力が振り上げてくるその両腕はそんな隙を逃さず、俺を叩き潰すつもりなのか凄まじい勢いで振り下ろされてくる。


 当然ポチ達も容赦なく攻撃を繰り出してきていて……目隠しの中の、暗く魔力だけが光る世界の中で俺は、一人体力と魔力が続く限り奮闘し続ける。


 そうやっているうちに体力と魔力が減り続けていって、汗が全身から吹き出してきて……そろそろ鍛錬も終了かなと、少し動きを緩めた、その時。


 今まで全く感じ取れなかった気配、もう一つの魔力が凄まじい勢いで俺の方に突撃してくる。


 それは凄まじい勢いで、かなりの魔力が込められていて……直撃を受けたらまずいことになりそうだと、直感的に感じ取った俺は、全力でもってその場から飛び退き、目隠しを引き剥がし、一体誰がこんな危険な真似をしてくれやがったと、その魔力の発射源へと視線をやる。


 するとそこにはとぼけた顔のネイが立っていた。


 俺の婚約者という立場になる、最近魔力を覚えたばかりのネイが、まるで軽いいたずらをした子供のような、とぼけた笑顔で……。


 その姿を見て硬直し……視線を移動させ、先程俺に迫ってきていた魔力の着弾点を確認し……道場の床が見事なまでに焦げ付いているのを見て、再度ネイへと視線をやった俺は……半目になって無言の抗議をネイに送る。


 最近ネイがペルに魔法を習っているのは知っていたが、まさかこんな、とんでもないことをしでかすまでになっているとは……。


 炎を生み出したというか、火球を生み出したというか……魔力でもってそんなことをしでかして、挙句の果てに自分も訓練に混ざりたいと思ったのか、それを俺に狙いを定めて放ちやがった訳だ。


 ……魔力に集中していたせいで、いつのまにかネイがそこにいたということに気付かなかった俺も俺だが、しかしよくもまぁ、こんなことをやってくれたよなぁ。


 なんてことを考えているとネイは「えへっ」なんて声を上げて笑顔を弾けさせ、そのまま踵を返して道場から出て行こうとする。


「うおい!!」


 そんなネイに対し、そんな声を上げた俺は……とりあえず今日の飯はネイの奢りで美味い出前飯を腹いっぱい食ってやるぞと、そんなことを心に決めるのだった。

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