第120話 狼月の魔法
握り飯というか魔力を食らって……そうしてから目を開けるとペルの不機嫌な表情が俺を出迎える。
あぐらを組んで、膝に肩肘を突いて、そうやって肘枕を作って、不機嫌そうに口を尖らせ、眉をひそめ。
「……普通はさ、集めた魔力を食べるなんてことはしないもんなんだよ。
魔力は外に発するもんであって、内部に取り込むものじゃないってのに全く、それを兄弟はまんまと食ってしまって、挙げ句に体に馴染んでしまってると来たもんだよ。
で、どうなの? 集めた魔力を食べてしまった感想は? 吐きそうなら吐いても良いよ?」
更にはそんなことを言われてしまって……俺は自分の手を見て足を見て、軽く動かしてみて違和感が無いかと確かめる。
「感想って言われてもな……特に何もねぇってのが正直な所だな。
魔力が何なのかってことはまぁ、なんとなく理解出来たんだが、それを使ってどうこうとかは全く分からねぇってとこだな」
確かめたならそんなことを言って立ち上がり……軽く体をひねってみるがやはり特に変わった様子はねぇなぁ。
「じゃぁこれはどう? オイラが今魔力を練り上げてるけど、これは見えてる?」
と、体の様子を確かめている所でペルにそう言われてそちらへと視線をやってみると……ペルが持ち上げて見せた手のひらの上にふんわりと、雪のような何かとでも言うべきか、透き通っているというかボヤけているというか、あやふやな白くて丸い何かが浮かんでいるのが見える。
「ああ、白い変なのが見えてるな。それが魔力なのか?」
「そうだね、これが魔力……って、色まで見えてるのかよ!?
えぇ……? 魔力を食ったら魔力を感じられるようになったってこと? それとも魔力が何かを理解したから? それにしてもこんな薄い魔力を感じ取れるなんて、随分とまぁ良い目になったもんだね。
……じゃぁ次はオイラのように魔力を練ってみて、何かをしてみてよ。
兄弟の中には今、それなりの魔力があるはずで、それを使うことで魔法……とまでは言わないけども、それなりの何かを発揮出来るはずだからさ」
「何かって言われてもなぁ……何をどうしたら良いのやらさっぱりなんだよなぁ」
なんてことをぶつぶつと呟きながら俺はとりあえず、意識を自分の中にあるらしい魔力へと向けてみる。
魔力、俺の魔力……特に見えないし感じもしない何か。
ペルが構えているのと、ペルの体内にあるのはなんとなく見えるというか、感じ取ることが出来るんだが、自分の中の魔力というのは、どういう訳か感じ取ることが出来ねぇ。
本当に俺なんかに魔力なんてものがあるのだろうか?
俺に魔力をどうこう出来たりするのだろうか?
そんな疑問を懐きながら俺は、何はともあれまずは行動あるのみだろうと……拳を腰のあたりに構えてみる。
想像するのはポチの小刀の飛ぶ刃、鋭い一閃、敵を切り裂く必殺の一撃。
そんなものが出てきたら嬉しいなーという、そんな思いでもって構えた拳を何度か突き出してみるが……ただ空を切っただけで特に何かが起きたりはしない。
ならばと手刀を何度か振ってみても駄目、足なのかと蹴りを何度か繰り出しても、跳ねてみても道場内を駆けてみても駄目。
これじゃぁいつも通りの鍛錬じゃねぇかとそんなことを思いながら体を動かしてる所で……俺はある違和感を懐き、そしてそれと同時に、一体何に驚いてしまったのか、肘枕を崩して横に転びかけたペルが大きな声を上げてくる。
「ばっかじゃねぇの!?
兄弟! お前自分の魔力を体力に変換しちまってるぞ!
今疲れてねぇだろ? 全然疲れてねぇだろ? 多分更に動いても疲れねぇぞ! 魔力が尽きない限りはな!」
そんな大声を受けて俺は、抱いた違和感の招待を確かめるために、改めて自分の体の様子を確認する。
まずそれなりに体を動かしただけあって息は切れている、汗もじんわりと浮かんでいて、体が熱を持ち、季節が季節なら湯気が上がりそうな程だ。
と、ここまではいつも通りなんだが……ペルの言葉の通り、疲労感が全くねぇ。
まだまだ動かし始めたばかりとは言え、体を動かしたら動かしたなりの疲労感があるもん……それなりに体が重くなり、筋肉が痛みを訴えるもんだ。
本来あるはずの疲労感が全くねぇってのは中々の違和感で、それが気味悪く思えてしまって、駆けていた足を止めた俺は思わず呆然としてしまう。
「兄弟、ちょっとだけ魔力の冷気を吹きかけてみるぞ。
吹きかけられて寒くなったかどうか、寒くなったならどのくらい寒くなったのか、正直な感想を教えてくれよ」
呆然としている所にペルがそんなことを言ってきて……手のひらの上にあった白い魔力を、冷気というか吹雪のような……雪の変わりに魔力の欠片が舞い散る不思議な風をこちらに送り込んでくる。
それは見た目にはとても寒々しく、冬の山村を思い出すような代物だったんだが……魔力だからなのか何なのか、特に寒くもねぇし、試しに舞い散る魔力に触れてみても、雪のように冷たさが伝わってくることはなかった。
「特に寒くも冷たくもねぇなぁ。
風が吹いてるって感じは僅かにあるが……」
「……なるほどね、魔力を内側に取り込んでそれを体力に変えたかと思えば、その身に纏ってマントのようにして相手の魔力を防いでいるのか。
そしてそれは全くの無意識で……ようするに寒かったら体温を上げてなんとかしようとするとか、身震いをしてなんとかしようとするとかっていう、反射的に本能的に頭じゃなくて体の方が勝手にやってるみたいだね……。
……兄弟ってさ、獣か何かなの? 魔力のことを知った獣とかモンスターとかがそんな感じで魔力を使うんだけども……」
「誰が獣だ、誰が。
俺だけが特別変なんじゃなくて、こちら側の人間が魔力を覚えたら皆こんな感じになるかもしれねぇじゃねぇか!」
ペルの言葉に俺がそう返すと、ペルはうろんげな表情となって、無言で俺のことをじーっと見つめてくる。
そんなペルにどんな言葉を返したものやらと俺が悩んでいると……道場の戸が開かれ、顔を出したネイが声をかけてくる。
「狼月いる? ちょっと話が……ってボグさんも一緒か。
……そしてそっちの方が話に聞いてたペルさんね。
良いお茶菓子が手に入ったんだけど、皆も一緒に食べない?」
その声に対し俺とペルは無言で視線だけを投げ返す。
その視線は恐らく、同じようなものになっていたのだろう、同じような色を放っていたのだろう。
俺だけが異常なのか、それともこちらの人間皆がそうなのか、確かめるのは誰かもう一人で試してしまうのが手っ取り早い。
そういう訳でネイに「ちょっとこっち来てくれ」と声をかけて、俺の意図を察したらしいペルが、道場隅に積み上げられていた座布団をこっちに持ってきてくれて、そこにネイを座らせての、先程俺が受けた魔力講座がもう一度繰り返される。
何がなんだか分からないながらも俺達に押し切られる形で俺達に付き合ってくれたネイは、それから少しの後に目を開き、魔力を発言させ……手のひらの上にペルが作り出したような、魔力の玉を……銀色に輝くあやふやなものを作り出すことに成功する。
それは俺にはどうやっても出来ないもので、ネイの隣でネイの真似をしてみても何度やっても作り出せないもので……。
そうして俺だけの、ペル曰く獣のような魔力の使い方は、自分からどうこう働きかけることのない受動的な魔法……ということで、パッシブ魔法とかいう訳の分からない名前をつけられてしまうのだった。
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