第119話 魔力


 コボルト屋での食事を終えて、腹を膨れさせて動けなくなったボグを引き摺りながらどうにか組合屋敷の道場へと帰還して……ボグをそこら辺に寝かせてやった上で俺は、ペルとの魔力を使うための鍛錬……というか瞑想を開始していた。


 ペルに言われるまま道場の中央で座禅を組み、目を閉じ……目の前に立つペルの言葉に耳を傾ける。


「ボグがぶっ倒れてくれたのは幸運だったな、おかげで五月蝿いやつが静かになってくれた!

 で、だ。魔力を使うための器の作り方は色々だって話はもうしたけども……それなりに死線をくぐって体を鍛えてきた兄弟なら基礎はもう出来上がってるはずなんだよ。

 後はそれを形にしたら良い訳で……その第一歩は魔力の存在を信じることだ」


 そう言われて俺は思わず目を開けて声を上げそうになる。

 事前にペルから絶対に目を開けるな声を上げるなと言われていたので耐えられたが……魔力の存在を信じるも何も、目の間で何度も魔力の起こす現象を見てきているのだから、疑ったことなんて一度も……。


「疑ったことなんてないって言いたそうだけど、オイラが言っている魔力ってのは兄弟の中にある……狼月の中にある魔力のことなんだよ。

 自分の中にあるはずの魔力、オイラ達みたいに発することができるはずの不思議な力、それを信じてあげて、あるもんだと思ってあげて……心の奥底から引き出して、自分の中にある器を注いであげるんだ。

 まず魔力がどんなものか分からないことにはどういう器を作ったら良いかが分からない、そこに器がなければ魔力があっても注ぐことが出来ない。

 そんな何もかも分からない状態なんだとしても、まずは挑戦することが大事で……信じることが大事で、器が無くても良いからまず魔力を引き出してみたら良いし、魔力のことがよく分からないままでも良いからまず器を作ってみれば良い。

 細かいことは後で調整したら良いんだから、まずは信じて、あるものと思って念じてみよう。

 器がなくとも基礎が出来ているはずだから、大丈夫……魔力が溢れたり暴走したりすることは無いはずさ」


 俺の内心を読んだかのようにペルがそう言葉を続けてきて……俺は素直にその言葉に従う。


 魔力があると信じて、心の中から湧き出てくると信じて……ただそれだけを考えて、己の世界に没頭する。


「目を閉じた時に見えてくる光景はその人によって違うものなんだ。

 真っ暗闇なんて言う人もいるけど、明るい光がパチパチを弾けているという人もいる。

 人が獣になり、獣が花になり、花が大地になるような不思議な光景を見ている人もいるし……言葉では言い表せないような図形や場面や、光の奔流を見ている人もいる。

 その世界を何を表現するかは人それぞれだけど、オイラ達はその世界こそを心の中だと、己の内側の世界だとそう考えている。

 そこが魔力の根源で、魔力を注ぐ器を置く場所で、狼月の内側に広がってる世界なんだ。

 器という言葉を聞いて狼月はどんな器を想像したかな? 茶碗? どんぶり? 湯呑み? 鉄製? 銅製? 土器かな? それとも草木を編んだものかな?

 どれが正解ってことはなくて、どうしたら良いってことはない、狼月の魔力がどれを好むかはオイラにも分からないから、自由に、好きなように器を作り上げたら良い」


 ペルのそんな言葉を受けて、俺はそこで初めて瞼の裏の世界を認識する。

 目を閉じればそこは真っ暗闇だと思っていた、何も見えなくなると思っていた。


 だがそれは間違いだった。

 まず陽の光が瞼を通ってきている。

 明るく温かく……その光に照らされた何かが瞼の裏に見える。


 それが何かと言われても説明が出来ないが、何かがあって何かが蠢いていて……奥に続く大地のようなものがあるようにも思える。


 後はそこに器があれば良い訳だ。

 器……器……。


 俺にとっての器というとやはり飯茶碗だろう。


 白米を山盛りにして、ほかほかと湯気を上げていて、その隣に味噌汁があって―――。


「こらこらこら、余計なことは考えない!

 今、兄弟が考えるべきなのは魔力と器のことだけだよ!

 ……っていうかほんと、どれだけ食い意地が張ってるんだよ、兄弟は」


 そこでペルの言葉が割り込んでくる。

 まるで俺の瞼の裏を覗き込んでいるかのような物言いで。


 それを受けて俺は一旦目の前にある飯茶碗を片付け……空っぽの飯茶碗をどうにか作りあげる。


 作り上げて、そこに何かを注ぎ込むようにな想像をして、想像を膨らませて……魔力よ来い! と強く念じる。


「兄弟にとって魔力はどんなものかな? 煙のようなものかな? 水のようなものかな? 油のようなものかな? それとも氷のようなものかな?

 よく考えてみて、自分の好きなように形にして、器に注いで、そこにあるのだと、それこそが魔力なのだと確信し、心から信じればそれで良いのさ」


 それを受けて俺は空っぽの飯茶碗に意識を向けながら、魔力が何であるかを考える。


 魔力……魔力……。

 目の前の器に注ぐべきもの、あれに相応しいもの。


 すると何処からか白米がぱらぱらと降ってきて、飯茶碗の中に降り積もって―――。


「おい、こら、狼月。

 いくらなんでもそれは酷すぎないかな? っていうか本当にどんだけ食い意地が張ってるんだよ……。

 ああもう仕方ない、オイラが少し手伝ってやるか」


 もう確実というかなんというか、明らかに俺の内心を覗き込んでいるらしいペルはそんなことを言って……突然、何の前触れもなく俺の瞼の裏にちょこんと現れる。


 まさかの光景に俺が驚き、動揺する中、ペルは瞼の裏の世界をちょこちょこと歩き始めて……俺の飯茶碗とは全然違う、細長く、装飾のされた持ち手のある、不思議な形の……確かコップとかいう名の洋食器を構えて、何かをその中に溜め込み始める。


 光っていて……星のように見えて、いや、紐状で……水、いや、氷のようで……色は多彩で、言葉で表現できなくて。


 構えたコップに自然と集まっていくそれらが魔力であるということを理解した俺は……同じようなものが俺の目の前にある飯茶碗に集まってくるようにと念じ……そうなるように願う。


 すると何かを感じ取ることができる。

 それが何なのかは分からないが、確実に熱というか力というか、波を感じるような何かを放っていて……それが飯茶碗の辺りに集まってくる。


 集まって集まって濃縮されて……形を成して、ころんと音を立てながら飯茶碗の中に転がったそれは……なんとも美味しそうな握り飯だった。


「おい! ちょっと待ておい!! 魔力をなんだと思って……!!」


 そんな風に響くペルの悲鳴を耳にしながら俺は、固く力強い確信を得る。


 なるほど、これが魔力かと、これが俺を助けてくれる新たな力なのかと。


「待てっつってんだろ! いや確かに魔力だけども、魔力なんだけども! それは駄目だろうよ! 魔力を舐めてんのか!!」


 続く悲鳴を完全に無視して俺は大きく頷き……そうして握り飯を掴んだ俺は、それを瞼の裏の世界の中でぱくりと齧り、頬張り……よく咀嚼した後に飲み込むのだった。

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