第118話 コボルト屋で三人で


 コボルト屋の看板メニューであるコボルト揚げとコボルト煮込みがどんな料理なのかを説明してやりながら、ペルとボグの二人を連れてコボルト屋へと向かうと、今日も今日とて大繁盛、ぱっと見ただけではどれくらいの数が居るのか、分からねぇくらいの人で溢れていた。


 簡単な作りの柱と屋根だけの店舗の中を見てみると、以前来た時よりも机と長椅子の数が増えていて、調理場も増えていて……それだけでなく扱う品も増えているようで、野菜汁、コボルト汁なんて文字の書かれた旗がそこら辺に立てかけられていた。


「うっひょー! 賑やかで美味しそうな香りがして良いじゃないか!

 お江戸はどこでも賑やかな感じだけど、ここはまた別格って感じがするな!」


「美味しそうで香ばしそうで、甘い香りでいっぱいで……コボルト揚げってのも甘いご飯なんだろう?

 オラ、ずっとこの香りの中にいたいっていうか、ここで寝泊まりしたくなっちまうなぁ」


 ペル、ボグの順でそう言って、賑やかな一帯を見回していると……コボルトの店員がさっとこちらに来てくれて、空いている席への案内をし始めてくれる。


 案内に従って席につき、店員から受け取った品書きに目を通して……そうしてから俺は、品書きのある部分を指差しながら店員に声をかける。


「この野菜汁とコボルト汁ってのは、どんな料理なんだ?」


 すると店員はにっこりと微笑みながら調理場の方を指差し、説明をし始めてくれる。


「野菜汁とコボルト汁はあそこの大鍋で煮込んでいるお料理でして!

 野菜汁はお野菜がたっぷり! 大根とか人参とか市場で見かけたのが適当に投げ込んであります!

 コボルト汁は同じくお野菜とコボルトクルミと、それと旬の鳥のお肉がいっぱい入ってる感じです!

 どちらもコボルト煮込みとはまた違った味わいで、お野菜の味を楽しんでいただく薄味味噌のお汁となっています! 朝から煮込んでやわらかーくなってるお野菜とかお肉をほくほく楽しんでくださいな!」


「なるほどな」


 そう言って頷いてから少し悩んだ俺は、コボルト揚げと野菜汁の注文をし、俺の左隣の……長椅子ではなく、机の上にちょこんと座ったペルは小さめのコボルト揚げだけを注文し、俺の右隣に座ったボグはコボルト揚げとコボルト煮込みとコボルト汁を注文する。


 するとすぐに料理が届けられ……気を使ってくれたのかペルのコボルト揚げは食べやすいように小さく切り分けたものが届けられ……店員に礼を言った俺達は、早速とばかりにコボルト揚げに齧りつき……砕いたコボルトクルミと砂糖をこれでもかと振りかけた揚げ麺の味を堪能する。


 甘くて香ばしくて風味豊かで。

 何度も作っているうちに洗練されてきたのか、以前食べた時よりも美味しくなっている気がするなぁ。


「うんまっ! あんまっ!!

 揚げ料理ってのはこんなに美味くなるもんなんだなぁ!」


「これ! これ! これをシャクシャインに持ってかえりてぇ! 皆に食わせてやりてぇ!!」


 ペルは切り分けられたコボルト揚げをその小さな口でちびちびと食べながらそう言って、ボグはその大きな口での一口で食べてしまいながらそう言って……コボルト煮込みやコボルト汁もあっという間に飲み干してしまう。


 飲み干したならすぐにおかわりとして、店員もまたすぐに新しい料理を持ってきてくれて……そうやってボグが盛り上がっていく中、とりあえず一欠片を食べ終えたペルが俺の方をじっと見やりながら声をかけてくる。


「ボグに任せきりでどうなると思ってたけどさ、とりあえずは上手くいってるようじゃんか。

 よく食ってよく動いて、なんとも良い体になってきたって感じだね。

 ただ鍛えれば良いってもんじゃない、ちゃんと美味いもんを食って初めて体ってのは出来上がるもんだからな!

 うんうん、これなら兄弟も魔力を使うための器を持てるんじゃないか?」


 そんな言葉を受けて俺は、食べかけだったコボルト揚げを綺麗に食べあげてから言葉を返す。


「器? 体を鍛えるとその器ってのが、こっちの人間にも出来上がるのか?」


「そうだぜ!

 まぁ、体を鍛える以外にも滝行やら苦行やら、精神的な方法も良いらしいけど……そっちは兄弟向きじゃないだろうしな! 体を鍛える方が良いだろ?」


「……滝行や苦行で魔力が、ね……。

 するってぇと、こっちの人間にも魔力というか魔法を使える連中がいたりする……のか?」


「そりゃぁいるんじゃないか?。

 法力だの神通力だの、そういう話は昔っからこっちにもたくさんあるんだろ?

 そもそもだ、お前さんの仲間のクロコマ、だっけか? アイツの使ってる符術とやらはさ、京の陰陽師に色々教わって出来上がったもんなんだろ? 

 そこら辺のこととかを江戸城であれこれと聞いたが……この国に昔からいる陰陽師ってのも、魔力を上手く使ってる連中なんじゃないかな。

 吉宗公が作ろうとしてるミスリルの機関だっけか? あれも動かすには魔力が関わるそうだし? そのためにいろんな連中があちこちから集められてるらしいし?

 ……兄弟が知らないだけで、こっちの世界でも魔力は当たり前に使われてきたんじゃないのかな」


 その言葉を受けて俺は、天を仰ぎあれこれと考え込み……そうしてから言葉を返す。


「……こっちの世界に昔から魔力があって、魔力に関わる技術とかがあったんだとしたら、なんでその話は知られてねぇんだ? 普及してねぇんだ?」


 するとペルは「はっ」と小さく笑ってから、笑いを含んだ言葉を返してくる。


「そんなのは言うまでもなく権力のためだろ?

 庶民に刀を持たせないのと一緒で、魔力も一部の連中だけの秘術ってことにしたんじゃないかな?

 あとはあれかな、魔力にはまだまだ分かってないことが多いから、変な事故をおこさないようにしたのかもな。

 オイラの先祖とかボグの先祖とかコボルト達とか、皆がこっちにやってきたのもその事故のせい……かもしれないしな。

 そんな厄介なことが起こるかもしれないもんを広めるってのは……うん、怖い話だよな」


「……なるほど、ねぇ。

 しかしもしそうだとしたら、そんな怖い技術を俺なんかに教えちまって構わねぇのか?

 事故のこともそうだが、後々問題になったりしそうだが……」


「あ、そこらへんは大丈夫、吉宗公に教えて良いかって確認をして、兄弟なら問題ないってことで許可をもらってきたからさ。

 それとあれだ……オイラにちょっと習ったくらいで、世界をどうこう出来る魔力を身につけられる訳ないじゃん?

 兄弟、うぬぼれが過ぎるぜ?」


 そんなことを言ってペルは「へっへっへ」と笑ってから残りのコボルト揚げにかじりつく。


 かりこりと少しずつ堪能するようにゆっくりと食べていって……その光景を見やりながら、俺も追加を頼むべきだろうかと、そんなことを悩んでいると、わぁっと大歓声が俺達を包み込むかのように上がる。


 いきなりの大歓声に一体何事だと周囲を見回すと、いつのまにやら周囲の客が俺達の方を見やっていて、俺達を囲うように円を作っていて……そしてその視線が、俺の右隣のボグの方へと向けられている。


 そんなボグの方を見やったなら、ボグが大皿の上に山盛りになったコボルト揚げのことを、両手で一つずつ掴んでほいほいと、休む間もなく口の中に放り込んでいて……そうしてがりごりと、凄まじい音を上げながら噛み砕き、飲み下していく。


 コボルトやらで異界からの客人の存在には慣れているものの、熊の顔した人間ってのは初めて目にする訳で、それがそんなとんでもない大食いをしていりゃぁ当然見世物になる訳で……周囲の人間がそうやって笑顔になって楽しんでくれていることが嬉しいのか、ボグは笑顔になりながら、次から次へとコボルト上げを口の中へと送り込んでいく。


「……後で腹壊して、泣くのはボグなんだからほっときゃいいよ。

 まったくいつも調子に乗っちゃうんだからなぁ、こんなんで国の代表だってんだから、笑っちゃうよね」


 そんな光景を見てペルがそんなことを言ってきて……盛り上がるこの場の空気からしても、途中で止めるのは無理そうで……そうしてすぐ側で置きていることに関わることを諦めた俺は……店員に声をかけて茶を頼んで、その騒動が終わるまでの時間をゆったりと過ごすのだった。

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