第117話 鍛錬の成果
それから俺は、毎日のように組合屋敷へと向かい、場合によっては寝泊まりをし、ボグとの力任せの鍛錬を繰り返すことになった。
俺とネイとの祝言が決まり、その準備やら打ち合わせやらをしなければならなかったし、向こうの両親との顔合わせなどの必要もあり……まさか祝言を上げもせずに命を落とすかもしれないダンジョンに行くってのも憚られたので、当分の間は鍛錬の日々という訳だ。
あの泥人形を効果的に倒せるようにならねぇことにはダンジョンの攻略も捗らねぇ訳で、その解決策となる魔力をどうこうする手法に関してはペルのやつに心当たりがあるとの話だったので……まぁ、たまにはこういう時間があっても悪くねぇかと考えてのことだ。
ポチとシャロンもまた祝言の準備で忙しく……唯一の独り身となるクロコマは符の改良や自分も良い相手を見つけて見せると江戸中を駆け回っていたりして、それなりに忙しい日々を過ごしているらしい。
そしてボグとの鍛錬の結果だが……なんとも驚くことに、たったの数日で体格が見て分かる程度には変わるという成果を上げていた。
ボグの戦い方は力任せだ、とにかく力で押して押して、力任せな一撃でもって全てを薙ぎ払う戦い方だ。
俺のように刀や棒、槍や弓、火縄銃を状況に応じて使い分けるような、器用な戦い方……というか、小賢しい戦い方とは全くの別物となっている。
鍛錬もまたそのための、体を大きくし力を増させる目的のものとなっていて……ボグが毎回のように食わせてくれる結構な量の肉が効果を発揮しているのか、俺の体は結構な大きさとなっていた。
それだけの体つきとなっても、本気のボグとやり合うにはまだまだ足りず、組み合うだけで精一杯という有様なのだが……一応の成果が出ているというのは、悪くない結果といえるのだろう。
こうやって筋肉をつけて泥人形を叩き潰せる程の一撃を放てるようにして、それとペルが教えてくれるらしい魔力の感知方法とやらを習得できれば……あの泥人形ともまぁまぁ悪くない戦い方が出来るはずだ。
「問題はそのペルがいつ暇になるかってことなんだがな」
もう何日も江戸城に寝泊まりしていて、吉宗様と会談したりなんだりしていて……一体いつになったら暇になり、俺に魔力云々を教えてくれるのか。
そんな思いを鍛錬の合間の休憩中に呟くと……道場の床にぺたりと寝転がって、床板の冷たさを堪能していたボグが、顔だけをこちらに向けて声をかけてくる。
「まー、そろそろじゃねぇかなぁ?
ペルもそう我慢強い方じゃねぇしなぁ……多分そろそろ我慢できなくなってると思うんだよなぁ」
「あん? 何にだ?
江戸城にいれば何不自由なく暮らせるんだろうし、我慢することなんて何もねぇだろうに?」
確かに吉宗様を前にして居る時はそれなりの礼儀作法などが求められるだろうが、江戸城内に用意された呆れる程豪華な客室に行けば自由にして良い訳で、上等過ぎる程に上等な風呂場だってあるはずだし、驚く程に上等な美味い飯だって食えるはずだし、何の不満もなく暮らすことが出来るはずだ。
「ペルはこー……自由が大好きなんだよぉ。
好き勝手にするのが好きで、そこらを駆け回ってるのが好きで、それと自然が大好きで。
多分そろそろ江戸城の肩の張る生活に飽きた頃じゃねぇかなぁ。
そもそもオラ達はこんな頭を使うようなこと苦手なんだよぉ、でもシャクシャインの皆はオラ達のことを担ぎ上げたがるんだよなぁ。
自分達の方がそういうの苦手だとか言ってさぁ、そりゃぁオラとペルは一族の中でも読み書きそろばんが得意だけどもさぁ。
だからまぁ……多分そろそろ痺れを切らしてこっち来ると思うよぉ、以前狼月が飯を奢ってくれるとかも言っていたしさぁ……。
だから狼月ぁ、なんかペル好みの、上品じゃねー美味い飯屋を考えておいてくれよぉ」
なんてことを言って道場の床の上をごろごろと転がるボグ。
そうやってまだ温まってない冷たい床を求めて移動し……両手両足を投げ出してだらんと寝転がる。
そんなことを言うボグもまた、人のこと言えねぇだろうにって思うような自由な性格をしていた。
自由というか人懐っこいというか……初対面で俺のことを兄弟扱いしてきて、それ以降本当の兄弟であるかのように接してきて、飯を食うのも一緒で、客間を用意してやっているのに寝る時まで一緒で……嫌いって訳じゃねぇんだが、なんとも驚く距離の詰め方をしてくる。
シャクシャインでは家族だろうが仕事仲間だろうが、そうやって一緒に同じ部屋で寝ることが多いらしく、それが兄弟家族ともなれば一緒に寝るのが当たり前で、特に疑問に思うことでもねぇらしい。
そんな性格のボグとペルがなんだってまたシャクシャインの代表なんてのをやっているかというと、それは向こうの連中の価値観が影響しているらしい。
ボグとペルはそれぞれ伝承にある存在によく似ている姿をしているそうで、その姿だけでなく性格や習慣なんかもシャクシャインの風土によく合うそうで……大江戸におけるコボルトのような、理想の隣人であり友人である熊獣人とコロポックル達を自分達の代表者にしようってな動きがあるんだそうだ。
熊獣人もコロポックルも体を動かすことが得意だが、それと同じくらいに読み書き計算などの机仕事が得意なんだそうで……そういった適性もあってシャクシャインの国政は上手く回っているらしい。
国政にはもう少し別の才能というか、権謀術数やら何やらも必要になるだろうと思う訳だが、なんとも幸運なことに、各国との国交が断たれている現状、そこら辺のことは特に問題にはなってねぇようだ。
そうだとしても国内各地の利害調整やら何やらで必要になりそうなもんだが……そこら辺もシャクシャインらしさというか、住民達の性格の関係でなんとかなっているらしい。
唯一国交がある国が日の本で、その頭が吉宗様で……その吉宗様が極めて友好的な態度を取っていることも、シャクシャインにとっては幸運なことだったのだろう。
「そんな吉宗様が征夷大将軍だっていうのは、全く何の冗談なんだろうな」
なんてことを俺が呟き、ボグが何のことやらとぽかんとした顔をし……その大きな鼻をぴすぴすと鳴らしていると、たたたっと誰かが駆けてくる足音が聞こえてくる。
歩幅は小さく、体重は軽く、素早く鋭く足音が響いてきたなら……道場の戸をばたんっと開けて、小さな体のペルが俺達の下へと滑り込んでくる。
「あああーもう、疲れたー!
政治とかなんとか、そういう面倒くさいことをオイラにさせるんじゃないよ、まったくー!
オイラ達は草原を駆け回っているのが好きなんだよー、畳の上に座っているのは好きじゃないんだよー!
あっちじゃオイラ達は草原を駆け回る者とも呼ばれてんだぞー!」
滑り込んでくるなりそう言って床の上を転がるペル。
そうやってペルもまた床の冷たさを堪能し始めて……そんなペルに俺は、頬をかきながら言葉をかける。
「おう、お疲れ。
疲れたってんなら約束通り、何か美味いもんでも食いにいくか?
江戸城では色々と美味いもんを食ったんだろうから……江戸城で出なさそうな美味い飯……コボルト屋にでも行ってみるか?
コボルト屋のコボルト揚げは、上品とは程遠いが美味くていくらでも食べたくなる一品だぞ」
するとボグとペルはぴくりと反応し、ものすごい勢いで起き上がり……口を合わせて『流石兄弟!』とそう言って今すぐに出かけようとばかりに、戸の方へと歩き出すのだった。
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