第111話 一旦帰還し……


 大量の泥人形を倒し、大量のドロップアイテムを手に入れた……までは良かったんだが、うん、なんだ。


「……いくらなんでも多すぎるんだよなぁ!」


 と、思わず愚痴をこぼしてしまう程にドロップアイテムが多かった。


 当然のように背負鞄に入り切らず、風呂敷を取り出しても包みきれず、仕方なく赤子を抱きかかえるかのように、風呂敷でもって大量のドロップアイテムを抱えあげることになり……ポチ達はポチ達で、大量のドロップアイテムを紐で縛ったり、広げた風呂敷の上に置いたりして、紐や風呂敷を引きずる形でえんやこらと出口に向かって足を進めている。


 ミスリルの原石が結構な量あったせいで、重いやらかさ張るやら、これらのドロップアイテムを抱えての戦闘なんてのはまず無理なので、仕方なしの撤退という訳だ。


 念願のミスリルを放置して先に進むなんてのも、まずあり得ねぇ話だしなぁ。


 重くて重くて、抱えている腕が戦闘の時以上の痛みを訴え始めて、もう歩きたくないだとか、抱えた荷物を放り出したいだとか、そんな思いに支配されそうになりながら来た道を戻り、どうにかこうにか出口へとたどり着いた俺達は……ああ、これでやっと解放されると、流れる汗もそのままに出口へと駆け込む。


 そうして視界が歪み、いつもの感覚があり……すぐ後にしっかりとした床を踏む感触が足から伝わってきて……江戸城の光景が前方に広がるや否や、そこで待ってくれていたらしいコボルトの職員が、目を見開き耳をピンと立てて、


「おかえりなさい! すぐに知らせてきますね!」


 と、そう言って何処かへと駆けていく。


 一体誰に知らせるつもりなのか、何処へいったのか……。


 ポチ達がそこらにぺたんと座り込んでの休憩を始める中、俺も休みてぇなぁと、両腕でしっかり抱えているドロップアイテムの山を投げ出してぇなぁと、そんな事を考えていると……どすどすと何処かで聞いた足音と、ちゃっちゃかと聞き慣れたコボルト達の足音が響いてくる。


「流石犬界コボルト組だ! よくぞやってくれた!!」


 足音を響かせながらやってきて、扉を開けるなり満面の笑みを輝かせて、そう声を上げてきたのは吉宗様だった。


 その後に続く形でコボルト達がわらわらとやってきて……ドロップアイテムを回収し始めて……俺がゆっくりと床に下ろしたドロップアイテムの山もてきぱきと崩し、両手で大事そうに抱えながらなんとも嬉しそうな笑みで持ち去ってくれる。


 しばらくの間その様子を見やりながら息を整え、まだ痛みの残る腕でもって汗を拭い……そうしてから吉宗様の方へと向き直り、言葉を返す。


「……この様子だと、俺達がダンジョンに入った時点である程度準備をしていたようですね?」


「ああ、その通りだ。

 お前達がここに入ったならば、必ずやミスリルを持ち帰ってくれるものと信じていたからな」


「……ミスリルの安定生産がしたいのなら最初から、泥人形を余裕で倒せるだろうエルフに頼んでいればそれで良かったのではないですか?」


「確かにエルフ達ならば泥人形を苦にせず倒し、大量のミスリルを持ち帰ってくれるのだろうが……幕臣のエルフには他にも重要な仕事が山のようにあってな、黒船計画のためだけに動かす訳にはいかんのだ。

 幕臣以外となると論外で……自主的にというのならまだしも、強制的に死地に送るなどしたくなくてな……。

 それにな、エルフは確かに魔力の感知と弓の扱いに長けてはいるが……体は細くとても非力だ。

 運悪く泥人形に肉薄されたなら……あっさりと命を落としてしまうことだろう」


「まぁ、確かに……泥人形の一撃は俺達は勿論のこと、ドワーフでも危ういかもしれませんね」


「エルフは長寿だが、その分だけ子を成す力が弱くてな……ミスリルのためだけに死地に送り込んでいたら、一族滅失なんてことにもなりかねん」


「……その点、人間やコボルトは放っておいてもどんどんと増えるから安心……ですか?」


 苦笑しながら俺がそう返すと、吉宗様もまた苦笑しながら言葉を返してくる。


「ああ……そういう考えがあったことは否定せん。お前達は余の直属……御庭番でもあった訳だしな。

 ……どうだ、そのような判断をした余に失望したか?」


「いいえ、幕府の上に立つお方となれば、そのくらいでなければ困ります。

 むしろそういった判断をしてくださっていたと知って安心したくらいです」


 俺の言葉に吉宗様は、満面の笑みを浮かべてくれて……うんうんと満足そうに頷いてくれる。


「お、おい!? ワシは幕臣ではないし、そんな捨て駒のような扱いは納得でき―――」


 俺の背後でクロコマがそんな声を上げて、すぐさまポチとシャロンに口を塞がれてもがもごと騒ぎ始め……その声に更に大きな笑みを浮かべた吉宗様は、なんともわざとらしい態度でぽんと手を打って、なんとも嫌な予感のする目をしながら俺というか、俺達に向かって口を開く。


「うむ、勿論分かっているとも。

 そういった扱いをしてしまった以上は相応の……今回の功績に相応しい形で報いてやらねばと考えていたところだ。

 とりあえず……そうだな、従四位下が良いか? それとも尾張か紀州から良い年頃の娘を連れてこさせての縁組が良いか?」


 官位が良いか、それとも……恐らく御三家と思われる方との縁組が良いかとの吉宗様の発言に、場の空気が一気に凍る。


 俺やポチ達は勿論、ドロップアイテムの回収をしていたコボルト達や、いつの間にかやってきてドロップアイテムの目録を作成していた深森までが唖然とした表情で凍りついている。


「……ご、御冗談も程々にお願いします」


 そんな中で俺がどうにかこうにかそう返すと、吉宗様は急に真顔になって、笑っていない目になって……声を低くしての言葉を放つ。


「はっはっはっは、確かに半分くらいは冗談のつもりだったが、もう半分は本気だったぞ。

 お前にはあの商家の娘がいるから縁組の方は冗談としても……官位くらいならば余の権限でどうにでもなるだろうからな。

 だがまぁ、いつまでもぐずぐずと独り身でいるようなら縁組をしてしまうのも良いかもしれんな。

 この先のダンジョンは更に危険度が増していくことだろうし……そのような死地に向かわせる以上はその名か血が後世に残るようにしてやるのも、大将軍の務めというものだろう」


 一体どうしてしまったのか……。

 ミスリルの原石が大量に手に入ったのがそんなに嬉しいのか、黒船計画が明確に前に進むとなって興奮してしまっているのか、とんでもないことを言い出してしまう吉宗様。


 そんなまさかの状況に誰もが凍りついてしまう中……まさかのまさか、あの深森が誰よりも早く、至極真っ当な意見を口にする。


「う、上様はお疲れのようです! そ、それともお酒でも飲んじゃいましたかね!

 ほ、ほらほら、自室に戻って頂いて休憩して頂きましょう!」


 それを受けてコボルト達が吉宗様のことを半ば引きずるようにして回収していって……そうして俺達は疲れもあって何も言えないままその場に座り込んだまま、唖然とし続けてしまうのだった。

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