第110話 対決 泥人形の群れ

 

「なぁ、ポチ、お前って前から魔力を嗅ぎ取れたのか?」


「んー、前から嗅ぎ取れはしましたが、ここまで鋭敏に、場所まで分かる程になったのは魔力によく触れるようになったというか、ダンジョンに入るようになった最近のことですね」


「そうか……ならダンジョンに入り始めた頃のお前だったらこんな風には戦えなかったかもしれない訳か!」


「それはまぁ、そうですね。

 そもそも当時はシャロンさんもクロコマさんもいませんでしたし……装備も経験も未熟なあの頃にここに来ていたらあっという間に圧殺されていたでしょうね!」


「そうだよなぁ……この黒刀じゃなきゃとっくに折れちまってただろうしなぁ!」


 と、そんな会話をポチとしながら、地面から次々と現れる泥人形に攻撃を加えていく。


 入り口から真っ直ぐに進んで、何度かの分かれ道を右へ右へと曲がって、たどり着いたこの部屋は泥人形の巣窟のような場所となっており、もう一体何体倒したのか分からない程の数の泥人形が、地面の中に潜む形で待ち構えていやがった。


 俺とポチが部屋の中央で大立ち回りをし、シャロンとクロコマが部屋に入り口辺りで投擲で気を引いてくれたり符術の壁でもって連中を閉じ込めたりしてくれて……そうやってどうにかこうにか連中の数を減らしていきながら、合間合間に深く呼吸をし、呼吸ついでに声を張り上げ、ポチとの会話を続けていく。


「他のダンジョンも、まぁ江戸城内って言えば江戸城内なんだが……本当の意味での、新しい江戸城内にあるダンジョンはここだけなんだよな!」


「まぁ、そうなりますね!」


「場内に入り口を取り込む形に新しい江戸城を仕上げて、しっかりと封印をして……まるで以前からここだけを特別視してたようじゃねぇか!」


「まぁ、そうかもしれませんね!」


「そして吉宗様の目的は黒船を作り上げることで、黒船の機関のためのミスリルを手に入れることで……最初から吉宗様は俺達にここが目的だったというか、このダンジョンこそを攻略して欲しかったのかもしれねぇな!」


「……確かに、そうかもしれませんね!」


「それを馬鹿正直に言えば俺達は二人っきりの未熟もんのままでも、吉宗様のためにってここに来てただろうな! そしてこいつらに殺されてただろうな!

 ……今ここでこうしていられるのも全ては吉宗様の深謀遠慮の結果って訳か!」


「かもしれませんね!

 僕達程度の木っ端を手のひらの上で転がすことなんて、吉宗様からしてみれば児戯も当然でしょうからね!

 そうでなくては今の日の本を治めることなんて出来ませんよ!!」


 なんてことを言いながら黒刀を振るって振るって……勘に頼って振るって、ポチの助言を受けて振るって、あえて一箇所だけを攻撃し続けることで、急所を反対方向へと誘導するってな方法も駆使したりして、泥人形達と戦っていく。


 鈍重で硬くて、破壊力だけはあって。

 軽装でやってきたこともあって、泥人形達は俺達の動きに全く付いてこれねぇようだ。


 そのおかげで安全に、一度も攻撃を食らうことなく戦えてはいるのだが……とにかく数が多すぎて、倒せはするのだが倒した分だけ次から次へと湧き出て来やがって『苦戦』との文字が頭の中にちらつく。


 一撃貰えばそれで終わり、骨は勿論のこと内腑までやられちまうんじゃないかって威力の攻撃を避け続けるというのも、中々どうして疲れるもんで……攻撃を回避するたびに、もしあれを食らっちまったらどうなるんだという、そんな考えと恐怖が浮かんできて、余計な披露が体の奥底に蓄積していってしまう。


「ああもう、これで何体目だちくしょうめ!!」


「そろそろ三十を超えますよ!!」


 俺がそう叫び、ポチがそう返し……そして次の瞬間、部屋の床一面が蠢き、ぐもりと盛り上がり始める。


 部屋中の床から、数え切れない程の泥人形が生まれ出ようとしていて……部屋の中央で背中合わせになりながら構えた俺とポチは思わず声を合わせて、『ふざけんな!』との叫びを上げてしまう。


「狼月! ポチ殿! こっちへ来い!

 こんな奴らをまともに相手にしていたらキリが無いわ!

 幸いにしてここは閉所! ワシが前々から考えていた符術を使っての妙技を見せてくれよう!」


 するとクロコマが部屋の入口……通路と繋がっている場からそんなことを言ってきて……俺とポチが慌ててそちらに駆けていくと、クロコマは一枚の符を束から引きちぎり、足元に貼り付け、それに両手を触れて、鼻筋にシワを寄せての険しい表情で符に力を……魔力を込めていく。


 そうして泥の塊から人型となった泥人形達が、出来上がったばかりの足でこちらに向かって歩き出すと同時にクロコマは符術を発動させて、こちらへやってこようとしている泥人形達を部屋の奥へ奥へと押しやっていく。


「ものとしては以前、猪鬼共を抑え込んだものと大差は無い!

 大差は無いが……これにはエルダー達が拾ってきてくれた触媒がたっぷりと込めてあるからな、そもそもの弾く力が段違いよ!

 そして平野であればただ弾かれるだけ、こちらに近づけないだけで済んだこの符術も……室内で使ったならどうなるか、とくと味わうが良い!」


 息を切らしながら通路の壁に寄りかかる俺達に言っているのか、どんどんと弾かれ、どんどんと部屋に奥に押しやられていく泥人形達に言っているのか、そんな声を上げたクロコマは……地面に貼り付けた符に浮かぶ文字を輝かせる。


 ダンジョンの壁や床はかなりの強度で、俺達が何をやっても傷一つ付きやしねぇ。

 符術の見えない壁も、無数の猪鬼が全力で襲いかかってきても破れない程の強度があり……それが壁も天井もない平野ではなく、狭い室内で膨らんでいったらどうなるのか。


 ……その答えが俺達の目の前で繰り広げられていく。


 弾力の符術に押しやられ、どんどんと部屋の壁際へと追いやられる泥人形達。


 そんな壁際にはまた別の泥人形が居る訳で……泥人形と泥人形がぶつかり合い、所狭しとひしめき合い……圧力から逃れるためによじ登ったのか、弾かれた結果なのか、泥人形達が重なり合ったり絡み合ったりし始める。


 そんな符術の壁の向こう側は一切の隙間が無く、一面が泥人形という地獄絵図となっていて……そうしてついには付呪の壁とダンジョンの壁の間で押し潰されて、その形を維持できなくなって……体内にある急所、ミスリル原石に良く似た連中の中核が圧力に負けて砕け散る。


 ばすんっ! ばすんっ! と、音を立てては砕ける急所。

 

 そうして全ての急所が砕け散ったなら……壁と壁に挟まれた元泥人形は、他のモンスターと同様にまるでダンジョンに飲み込まれるように消えていく。


 それを受けてクロコマが符術を解除し……解除した所にごろごろとドロップアイテムが現れて辺り一面に転がる。


「……あぁ……やっと終わったか。

 全く……親玉じゃぁなくてただの雑魚相手でこの様なんてな……先が思いやられるぜ」


 大量のドロップアイテムが転がる光景を見やりながら俺がそう呟く中、ポチ、シャロン、クロコマのコボルト連中は、ドロップアイテムの中にそれなりの量のミスリルがあるのか、よほどの良い匂いがそこからしているのか、尻尾を振り回しながらドロップアイテムの方へと駆けていく。


 その光景を見やりながらため息を吐き出した俺は、黒刀を鞘に納めてから、ポチ達の方へと向かうのだった。

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