第109話 泥人形のドロップアイテムは……


 崩れ去った泥人形の後にはドロップアイテムらしい、鈍い銀色の鉱石が一つころんと転がっていて、それを鷲掴みにし拾い上げた俺は……振り返りながらポチに言葉をかける。


「いやいやいやいや、分かってたんならもっと早く教えてくれてもいいじゃねぇか」


 泥人形の急所をあっさりと見抜き、的確に攻撃し、倒せてみせたポチはそんな言葉を受けて……何処か居心地悪そうになりながら、頬をその手でぽりぽりと掻きながら言葉を返してくる。


「いやー、さっきは焦れてしまって思わずと言いますか、ついついあんなことを言ってしましたけど、僕もすぐに気付けた訳ではないんですよ。

 何しろ狼月さんも泥人形も激しく動いちゃっている訳で、そんな中で魔力の匂いを嗅ぎ取るというのは言う程簡単ではないと言いますか、至難の業なんですよ。

 しかも泥人形はどうやら急所を体内で自由に動かせるようでして、狼月さんが上半身ばかりを攻撃するものだから下半身の、足の先なんて場所に急所を移動させたみたいですね」


「……俺には鼻でどうこうってのはよく分からねぇが……相手そのものが動いている上に、更に体内でも動き回ってるとなりゃぁ確かに探しづらい……か。

 まるごと潰そうとしたドワーフ共の気持ちがよく分かるってもんだなぁ。鈍重だがあの硬さにあの重い一撃……まったくめんどうったらねぇなぁ、確か片栗粉現象つったか?」


 俺がポチにそう返すと、片栗粉現象の言い出しっぺ、シャロンが言葉を荒げてくる。


「粉粒体現象です! 粉・粒・体!

 水に溶かした片栗粉とかに圧力がかかると硬くなる独特の現象だと思ってください。

 泥人形はそれを魔力でもって引き起こしていたようでして……攻撃の際にも似た現象が起きていましたね。

 まぁ、そもそもですが、砂利とか泥とかを袋に詰めて振り回したなら、鉄板でもひん曲げる程の威力が出ますからねぇ……それに魔力が加わればああもなるというものでしょう」


 それに続いてクロコマが「ふーむ」と声を上げ、顎を撫で回しながら声を上げる。


「ちなみにだがワシはかなり早い段階で急所を見破っておったぞ、あくまで狼月の出番だと思って黙っておったがな。

 ……どうやら魔力を感じ取れるかにはコボルトの中でも個人差があるようだな。

 そしてエルフ達が泥人形を雑魚扱いしていた理由にもこれで察しが付いたな。

 連中は特別な目をもっておるとかで、ワシらに見えんものも見る事ができるらしい、たとえば幽霊とか殺気とか魔力とかをな。

 確か星の目とか言っておったか……特別な星を目にしたことで、その目に魔力が宿っている……とかなんとか。

 で、そんな目でもって急所を見極め、奴らが得意とする弓矢でもって射抜いてたってことなんだろう。

 遠距離で戦う分には鈍重な泥人形はただの的でしかないからのう……そりゃぁ雑魚扱いもするわなぁ。

 ……そして狼月はその魔力をさっぱりと感じ取れんからあんなにも苦戦してしまった訳だなぁ。

 ……それを手にして平然としている辺りにも、魔力を感じ取れん様がありありと現れておるわ」


 そう言ってクロコマは、俺が鷲掴んでいる鉱石へと視線をやる。


「なんでい、これがなんだってんだよ。

 色からして銀鉱石っぽいが……銀も異界の品に比べれば安いからなぁ、大したことねぇだろうよ」


 そんなクロコマに対し俺が言葉を返すと、クロコマはやれやれと顔を左右に振ってから言葉を返してくる。


「それ、ミスリルだぞ」


「はぁ!?」


 思わずそんな声が俺の口から漏れる。


 ミスリル、上様が以前見せてくれた、黒船計画にとって重要な役割を担うことになる金属。

 これがたくさんあれば全く新しい機関が作れるとかで……そもそも俺達がダンジョンに潜り始めた目的の一つはそれを手に入れることだった訳だが……。


「い、いやいやいやいや、以前見たミスリルとは全く輝きがちげぇぞ、これ。

 ミスリルはもっとこう、銀よりも綺麗で輝いていてだな……」


 刀を鞘に納め、鷲掴みにするのをやめて、それを両手でしっかりと持った俺がそう返すと、クロコマは半目になって呆れ混じりの声を返してくる。


「そりゃぁ純度の高いものか、精錬されたミスリルだったからだろうよ。

 それは原石とでも言うべきか、天然物のミスリルで……まぁ、純度は低いがそれなりの量にはなってくれるはずだ。

 泥人形一匹でその量なら……うむ、ここで泥人形を倒しまくれば、件の機関の完成も夢ではなくなるだろうな」


 続いてポチ。


「ああ、確かに、上様が持っていたミスリル程じゃないですが、魔力の匂いがただよってきますねぇ」


 更にシャロン。


「なるほど、これを精錬するとあの濃い匂いになるんですねぇ、ん~~~良い匂いですね」


 どうやらコボルトにとってミスリルは良い匂いがするものらしく、シャロンに続いてポチとクロコマもうっとりとした表情をし始める。


 そんなにも良い匂いがするのかと試しに鼻に近づけてみるが……特に変わった匂いはせず、ただただ石らしい匂いがするだけで……どうやらポチ達が感じている良い匂いは、俺には感じ取ることができねぇようだ。


「ま……とりあえずミスリルが手に入るってのは朗報だな。

 今回みたいに俺が前に立って泥人形の攻撃を惹きつけて、急所の位置を探れるポチ達に攻撃を任せるってのが一番かもしれねぇな。

 あるいはドワーフみてぇに大槌を持つのも良いかもしれねぇが……俺に振るえる大槌で泥人形を丸ごと潰すってのは、難しいかもしれねぇなぁ。

 というか、あの巨体を丸々叩き潰すって、ドワーフ連中は一体全体、どんな大槌を持ち込んでいやがったんだ?

 大きな太鼓のような槌じゃねぇと丸ごとってのは難しそうだよなぁ」


 なんてことを言いながら俺は、ミスリルを背負鞄の中にしまう。

 ポチ達はもっと匂いを嗅いでいたかったと残念そうな顔をするが……貴重なミスリルだ、落として砕いてしまった、無くしてしまったなんてことになるのは論外だ。

 しっかりと吉宗様の下に持ち帰らねぇとなと、そんなことを考えながら背負鞄をしっかりと背負い……そうしてからダンジョンの先、前方へと視線をやる。


「ポチ、シャロン、クロコマ。

 この先に行けると思うか? さっき俺が言った戦法で泥人形と戦えると思うか?

 もし無理だってんなら、一旦戻って戦法を考えるなり、武器を揃えるなりしても良いが……」


 視線をやりながら俺がそう言うと、ポチ達はやる気満々と言った様子で俺の前へと進み出てきて……ふんすふんすと鼻息を吐き出しながら、言葉ではなく手を何度も何度も前へ前へと振って仕草でもって『先に進みましょう』と、そう伝えてくる。


 ミスリルの匂いにやられたってのもまぁ多少はあるんだろうが、ミスリルの入手は吉宗様にとっての念願だ、叶えてやりてぇと思うのは江戸に住まう者ならば皆一緒の想いだろう。


 そんな事を考えてポチ達に向かって頷いた俺は……周囲を警戒しながら再び刀を抜き放ち、ダンジョンの奥へと足を進めるのだった。

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