第105話 人間対コボルト


 新装備の注文とそれに関わる採寸などを済ませて、さて新しいダンジョンに行くぞ……となれば良かったんだが、新装備は生産性が悪いそうで、つまり作るのに時間がかかるんだそうで、全員分の新装備が完成するまで待たなければならねぇということになってしまった。


 ならばまた出来上がるまで道楽で時間つぶし……でも良かったのだが、最近の俺達はエルダー達の鍛錬に付き合ってばっかりで、身体と心が少しばかり鈍ってしまっていて……それらを引き締めるために、久しぶりに道場での鍛錬でもしてみるかということになって……俺達は組合の道場にて組み手をしてみることにした。


 もののついでだからとポチは完成済みの新装備……色々仕込んである着物を身に纏っての、武器は無しでのあくまで鍛錬を目的とした組み手だ。


 そういう訳で道場について初っ端の組み手は、俺とポチでやろうということになった。


 本来ならコボルトの組み手の相手はコボルトがすべきなのだろうが……シャロンもクロコマも運動を苦手としているというか、ポチの相手が出来る程達者じゃねぇとなって、俺が相手を務めることになった訳だ。


 ……まぁ、ガキの頃から散々にやり合ってきた仲だからな、怪我をさせないようにやり合う方法は十分過ぎるほどに熟知しているし、問題はねぇだろう。


「ふっふっふ、今日こそ吠え面かかせてやりますよ」


 道場の中央に経って向き合うなり、ポチがそんな事を言ってくる。


「他に言われるとそうでもねぇが、コボルトに吠え面なんて言われるとちょっと面白ぇなぁ。

 コボルトはいつでも吠えてるじゃねぇかってさ」


 そう俺が返すとポチは、鼻筋にシワを寄せてぇぐるると唸り……俺はふふんと鼻を鳴らす。


 すると道場の隅に座って見学をしていたシャロンとクロコマと、何人かのエルダー達からため息が漏れて……それを合図にしてポチが飛びかかってくる。


 それは避けようと思えば避けられるものだったが、今回はあくまで組み手だ、あえて受けることにして……両手でしっかりとポチの体を受け止めたなら「ほいよっ」と放り投げる。


 そうして床に着地したポチは今度は飛びかかるのではなく、俺の周囲を駆け回るという手に出てきて……一瞬の隙をついて俺の後ろに回り込み、俺の脚へとはむりと甘噛みしてくる。

 

 ……唸っていても、怒っているようでもポチは冷静なようで、あくまで組み手だからとその牙も爪も使ってくる気はねぇようだ。


 使って来る気はねぇようだがポチは、どうだ? 軸足に噛み付いてやったぞとばかりに何度も何度もはむはむと口を動かしてきやがって、それが鬱陶しくなった俺は噛みつかれた脚を振り上げ、ポチのことを振り払い……その勢いのままの踵からの蹴りを繰り出す。


 が、ポチはそれをあっさりと躱して見せて……道場の中を縦横無尽に四足で駆け回る。


 いつものポチはそうやって四足で駆け回ることを良しとしていないというか、犬にしか見えないからやめろと嗜める立場なんだが……今日はというか、俺とやり合う時だけは別の別、特例みたいなもんであるらしい。


「はっ、それだけ動けるなら新装備が邪魔になることはねぇようだな!」


 その動きを見て俺がそう言うとポチは、


「動きやすいは動きやすいですけど、普通の着物よりはやっぱり動きにくい部分がありますね。

 ま、それでも狼月さんを相手にする分には全く困りませんけど!」


 なんてことを言ってくる。


 そんなことを言う余裕があるのならと、俺もそれなりに力を入れてポチへと迫り、ポチは今まで以上の速さでこちらを翻弄しようとし……それからしばらくはお互いに追って追われて距離をとっての……組み手としては失格なんじゃねぇかなという展開を繰り広げることになる。


 すると動きにくい……まだ慣れていない新装備が仇となったのか、ポチに疲れの色が見え始め、目に見えて動きが鈍っていく。


 普段の喧嘩であればここぞとばかりに攻め込む所だが……今日は組み手だ、そこまではする必要ねぇだろうと、俺も動きを緩めていく……が、そこでまさかのまさか、二つの影が乱入してくる。


 シャロンとクロコマ。


 俺達の組み手に触発されたのか何なのか……四足ではなく二足で立って、両手をぐいと構えてくる。


「……思えば私達が狼月さんとやりあったことって一度もないんですよね」


「人間とコボルトの集団がやりあったらどうなるのか、試してみるのも一興だろうて!」


 構えた上でシャロン、クロコマの順でそんなことを言ってきて……俺はにやりと笑ってから「おう!」と返し、その挑戦を受けることにする。


 一対三。


 数ではあちらが有利で、体格ではこちらが有利で。


 シャロンとクロコマが組み合っての戦闘と得意としていない点もこちらの有利と言えたが……それでも二人は、なんだかんだとそれなりの荷物を抱えてダンジョンの中を歩き回ったり駆け回ったり……修羅場を経験したこともある。


 体は十分に鍛えられているし、戦闘において大事な勘みたいなものも鍛え上げられていることだろう。


 そもそもにしてコボルトは野生の勘というか本能というか、体を動かす際には血に任せて考えることなく動くことの出来る連中だ。


 女子供が相手でも油断はできねぇ存在で……そこにダンジョンでの経験が加わったなら、ポチ程ではないにせよ、それなりに厄介な相手と言えるだろう。


 ならば組み手ではあるものの、本気で挑む必要があるだろうとなって……俺は本気を出しての実戦のつもりでの構えをとる。


 あくまで組み手、本気で叩きのめすつもりも、怪我をさせるつもりもさらさら無いが……手加減を出来る相手でもないと、そんな覚悟を俺が見せるとポチ達もまたそれに応えるように真剣な表情となり……そうして俺とコボルト達の取っ組み合いが始まる。


 武器がある訳でもなし、牙や爪を使える訳でもなし。


 そんな状態で一対三となれば、当然の帰結として始まるのは取っ組み合いのつかみ合いだ。


 甘噛みされちまったらコボルト達の一本。

 しっかりと捕まえたり、抑え込んだり、体勢を完全に崩しての放り投げに成功したらこちらの一本。


 やり合う中でそんな決まり事がいつのまにやら出来上がって俺達は、


「取ったぞ!! これで九本目だ!」


「はむむ!!」

「なんのこっちも十本目だ! だそうです!」

「油断しすぎだぞ! 人間!」


 荒く息を吐きだし、全身に汗をかきながら、そんな声を上げる。


 そして道場で見学をしていたエルダー達は、そんな俺達を見てやんややんやと囃し立て、どっちが勝つかなんて賭け事までをし始めて……道場が一気に賑やかになっていく。


 そうやってどれだけの時間が流れたか。


 夢中になりすぎて、疲れもあって、もはやがどっちが勝っているのか、どちらが多く本数を上げているのかも分からなくなった頃……道場の戸がばたん! と、凄まじい勢いで開け放たれる。


 するとそこにはネイが立っていて、ネイが背負っている空の色は夕焼け色で……商売を終えてこっちに顔を出してくれたらしいネイが大きな声を張り上げる。


「いつまでやってるの! 良い年した大人が揃いも揃って!

 汗臭いしうるさいし! そこまでになさい!!」


 そんな一喝を受けて俺達は動きを止めて……そして同時に自らの体力が空っぽになりつつあることを自覚して、そのままどたんと道場の床に倒れ込むのだった。

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