第103話 犬界コボルト組


 犬界コボルト組。

 そんな名前の組合の活動が始まって……それからしばらくの間俺達は、エルダー達の鍛錬に付き合うことになった。


 エルダー達がダンジョンに潜ってドロップアイテムを集めて支援してくれる……のは良いのだが、そもそもエルダー達にダンジョンに潜れるだけの力が、ドロップアイテムを手に入れられるだけの力がなければ話にならず……まぁ、仕方のねぇ必要経費というやつだろう。


 そういう訳で俺は組合の屋敷の道場を使っての基礎鍛錬係となった。

 親父の道場で子供の頃からやっていた鍛錬法だとか、怪我をしないための体作りだとか、武器の扱い方の基本的な部分だとかをエルダーに教えてやる係だ。


 エルフは細く非力で、ドワーフは太く怪力で……鍛錬法に戦闘法にしても、人間のものをそのまま流用して良いのかはいま一つ分からなかったが……それでも全くの無駄ではねぇはずで、エルフに合った方法、ドワーフに合った方法を探る第一歩になるはずで……老いて鈍ったエルダー達の体をとにかく動けるようにするということを第一に、頑張っていくことになった。


 人間で言う所の爺さん婆さんのエルダー達にそんなことをしちまうのもどうかと思ったんだが……ドワーフもエルフも、高齢であってもしっかりと飯を食って、しっかりと鍛えさえすれば、限度はあるがある程度までは体が若返るんだそうで……そういうことならまぁ問題ねぇだろうということになった。


 しかし何百年も生きてるってのに飯を食って鍛えさえすれば若返るとか……エルフもドワーフも無茶苦茶な体の作りをしていやがるよなぁ。


 コボルトがそんな無茶な生き物じゃなくて良かったというかなんというか……コボルトがあっさりと江戸に馴染んでいく中、ドワーフとエルフがどうして江戸に馴染めなかったのか……その理由が分かったような気がするなぁ。


 そんな風に俺が道場での鍛錬係をする中、ポチはダンジョンでの鍛錬係をすることになった。


 あの小刀を持ったポチであれば小鬼程度の相手ならよそ見をしていても勝てる訳で……そんなポチが護衛件案内係となって、小鬼のダンジョンで少しずつ、無理はさせずにダンジョンの空気やダンジョンでの戦いに慣らしていくという感じだ。


 ポチはその鼻や耳での索敵能力、警戒能力にも優れているし……地頭が良いからか教育係としても中々優秀で、結果は上々……エルダー達からの評判も中々のものとなっている。


 そしてシャロンとクロコマは、それぞれの持つ技術を教え教えられ、エルダー達と共に研鑽する日々を過ごしている。


 薬学にしても符術の根幹となる魔力どうのに関しても、エルフドワーフ共に歴史があり、磨き上げてきたものがあり……それらを改めてすり合わせているという感じだろうか。


 シャロンの薬学もクロコマの符術もその根底には、エルフやドワーフによってもたらされた知識がある訳だが、二人ともそれらを独自に研究し磨き上げていて……エルダー達はそこから学び、シャロンやクロコマもまたエルダー達から学び……結構な成果を上げられているようだ。


 シャロンやクロコマの腕が上がるのは勿論のこと、エルフの薬師やドワーフの符術師なんて連中が現れたりするかもしれねぇなぁ。


 ……いつの間にやら組合に入ったことになっていて、金回りの勘定をしてくれていたネイだが……流石に本業があるからと毎日は顔を出せず、顔を出せるのは十日に一度か二度程度となっている。


 それでもしっかりと勘定をこなしているし、そうしながら何人かのエルダーに勘定の仕方を教えているしで、全く大したもんだと感心させられる。


 この組合が問題なしに上手く回っているのは、ネイのおかげと言っても過言じゃねぇだろうなぁ。


 そうやって組合が動いている中、何人かのエルダー達は組合に参加するのではなく牧田の工房や江戸城へと顔を出していて……牧田の具足作りや、吉宗様が進めている黒船作りを手伝っている。


 特に黒船作りは、資材が順調に集まっていることもあって、かなりの所まで出来上がっているそうだ。

 後の問題は機関をどうするかで……新しい機関を作り上げられるかどうかが鍵となっているようだが、それには以前吉宗様が見せてくれた、ミスリルとかいう金属がかなりの量必要らしい。


 ミスリル、稀にダンジョンで拾えるらしいあちらにだけ存在する金属。


 今の所俺達はミスリルを拾えていねぇが、それはただ運が悪かっただけのことで、他の連中なんかは小鬼のダンジョンでミスリルの塊をドロップアイテムとして手に入れることに成功しているらしい。


 どうやらミスリルは難度云々に関係なく、どのダンジョンでも手に入る代物のようで……手に入れるには単純に何度も何度もダンジョンに挑むことが重要となる。


 俺達のように先へ先へと挑戦し続けるのではなく、慣れたダンジョンで確実に倒せる相手を手早く効率的に何度も何度も何度も倒すことがミスリルを手に入れる『コツ』らしい。


 それでもし拾えたなら一攫千金、幕府がとんでもねぇ金額で買い上げてくれるとかで……それが他の連中が停滞を選ぶ理由にもなっているようだ。


 わざわざ危険をおかしてまで先に進まなくても安定した収入を得ることができて、その上運次第での一攫千金の機会がある。


 そんな中で命をかけてまで『冒険』を出来るやつがどれ程居るかというと……まぁ、この大江戸の中でも俺達くらいのもんだろう。


 俺達はこれまでミスリルには出会えず終いの縁遠い日々を送ってきた訳だが……この組合が形になってくれさえすればそれも変わってくれるはずだ。


 俺達の技術と知識と、牧田達が作り出す新しい具足と。

 エルダードワーフ、エルダーエルフの持つ知識と連中だけの技術をもって、それなりの人数で何度も何度もダンジョン攻略を繰り返す。


 俺達が新しいダンジョンに挑戦している間も、道楽と洒落込んでいる間も、組合の誰かがダンジョンに挑み続けてくれる。


 そうなればきっとミスリルにも出会えるはずで……そうなれば吉宗様の計画も前に進むはずだ。


 黒船を動かす機関さえ出来ちまえば、黒船計画は大きく前に進んでくれる。


 海の向こうの連中と念願の話し合いが出来る……平和と共存の道を模索出来る。


 ……それはきっと後世に名を残すことになるだろう、偉大な功績となるはずで、そのために働けるなんてのは、たまらなく興奮するし、光栄なことだ。


 個人的な事情としてもっともっと美味いもんを食ってみたいと欲求もあるし……これからも頑張っていきたい所だ。


 とまぁ、そんな訳で俺達は、それから一ヶ月ほどをかけて組合を形にし……エルダー達だけでも問題なくダンジョンに潜れる程度にエルダー達を鍛え上げることに成功するのだった。

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