第102話 組合
エルダー達が仲間になって何もかも上手くいった……となればよかったのだが、現実はそうはいかなかった。
何しろエルダー達は戦いから何十年どころか百数十年以上離れていた訳で、専門的な訓練をしたことは無く、戦いに関する知識も古臭いものしかもってねぇ。
ドワーフ特有の膂力と体力、エルフ特有の勘の鋭さと魔力は大したもんで、鍛えればものになりそうではあったが……現状では戦力とはいえなかった。
それでいて人数だけは大したもんで、何処から持ち出したのか装備は立派で……とりあえずそんな連中を待機させたり、鍛えてやったりするための拠点が必要だろうということになった。
決起集会の時にはうちの道場を使わせて貰った訳だが、親父の職場でもある道場を毎回使わせてもらう訳にもいかず……拠点に関してはネイに頼んで用意してもらうことになった。
場所は江戸城の近くで、広ければ広い方が良く、宿舎や訓練所として使えるなら尚良い。
そういった条件でもって何処かに良い所がねぇかと探して貰った結果……何処ぞの武家が作るだけ作って使ってなかった、お屋敷が良いんじゃねぇかということになった。
今はもうやってねぇ参勤交代のために、大人数が泊まれるようにしてあって、広い蔵もあり……道場も立派なものが用意されていた。
唯一の欠点は価格がとんでもねぇということだが……買えるだけの金はなくはないし、拠点がねぇことには色々なことが始まらねぇとなって……そうして俺達はその屋敷を買うことを決断したのだった。
そうして諸々の手続きが終わった十日後。
俺達のものとなった屋敷を見に行くと……誰かの悪ふざけなのか何なのか、屋敷の門の側に、ふざけた看板がぶらさげてあった。
『犬界コボルト組』
「なんだよ、こりゃぁ……」
えらい達筆でそう書かれた看板の前に仁王立ち、眉をひそめながらそう声を漏らすと……隣に立ったネイがあっけらかんとした声を返してくる。
「何だも何も、あんたら一味の正式な名称よ。
先日改正されたダンジョン関連法案で、ダンジョンに挑む集団、徒党は組合としての届け出を幕府に提出した上で、その看板を背負ってダンジョンに挑むこと、ってことになったのよ。
ダンジョンに挑む一人一人に、組合の看板を背負っているという意識を芽生えさせることで、余計な喧嘩とか、騒動が起こることを抑止するというのと、競争意識を芽生えさせるって意図もあるらしいわ。
アンタ達は何もしなくても前へ前へと進み続けているけど……他の連中は現状に満足して停滞を選んじゃっているから……それをなんとかしようと幕府は色々なテコ入れを模索しているみたいよ」
「いや、まぁ、良いよ、それについては良いよ?
組合ってのもまぁ分かる、結構なことじゃねぇか。
俺とポチ達とエルダー達とネイの組合って訳だ、ああ、分かるよ。
……だがなぁ、一体全体何なんだこの名前は? 犬界コボルト組って……気合が入ってるんだか腑抜けてるんだかよく分からねぇよ」
と、俺がそう言うとネイはきょとんとした顔をして……俺達の背後に立つポチへと視線を向けながら言葉を返してくる。
「……まぁ、私も初めて聞いた時にはどうかと思ったんだけど、ポチがこれで良いって、この名前にしてくれって言うから届け出を出しちゃったんだけど……アンタ、知らなかったの?」
その言葉を受けて俺が全力でもって振り返って睨みつけると、ポチは顔を逸らして出来もしねぇ口笛を吹こうとし始める。
そんなポチの側までずんずんと歩いていったなら……その毛に覆われた両頬をひっ掴んでぐにぐにと引っ張り倒しながら声を上げる。
「てめぇこの野郎、勝手に決めやがったのかこのコボルト野郎。
せめて一言相談があってもよかったんじゃねぇのか、この感性空っぽわんこめが」
するとポチは体毛を逆立たせて、俺の手を振り払ってから言葉を返してくる。
「誰がわんこですか!? コボルトをわんこ扱いしないでくださいよ!?
そ、そしてまぁ、相談しなかったことは悪かったとは思いますけど、感性に関しては狼月さんだって似たりよったりでしょうが!
芸術にも詩作にも秀でてなくて、流行にも疎くて、それでいて優柔不断! そんな狼月さんに相談した日にはとんでもない名前が出てくるか、一ヶ月二ヶ月……いや、半年も悩むに違いないとおもって気を利かせてあげたんですよ!
良いじゃないですか、この名前で! 狼月さんの名字も入っているんだし!!
ちなみに狼月さんのお父さんとお母さんは、江戸城側のお屋敷にそんな看板が飾られたなら、道場の宣伝にもなるからやっちまえって大賛成でしたよ!」
「そこまで話が行ってるなら後一歩踏み込んで俺のとこにまで話を持って来いってんだ! この枝毛コボルトが!!」
「は、はーーー!? しっかり毎日艶が出るように手入れしてますよ! 誰が枝毛ですか、誰が!?」
そんなことを言い合ってつかみ合って、久しぶりの喧嘩をかましていると……ぞろぞろとエルダー達がやってきて……さっさと中に入っていってしまったネイ、シャロン、クロコマに続いて門を通っていってしまう。
ポチの毛を毟りながらその光景を見やった俺は……仕方ねぇかと手を離し、軽く内見をして以来の屋敷の中へと足を進める。
砂利が撒かれ、砂利の中に石畳の道が作られ、その道が伸びるのは正面の屋敷か、左右の蔵か道場か。
流石武家の屋敷だっただけあって、石材も木材も瓦も、植木さえもが上等なものと使っていて……我が家とは比べものにならねぇ世界が広がっている。
玄関へと向かって戸を開けたなら、立派な松柄の屏風があり、その奥にはなんだかよく分からねぇ、大木の木の根を切り取って作ったらしいでっかい置物があり……艷やかな板張りの廊下が奥へ奥へと続いている。
「はー……参ったね、こりゃぁ。
組合で使わねぇで、我が家にしてぇくらいだ」
その光景を見たりながら俺がそう言うと……乱雑に履物を脱ぎ散らかしたコボルト達が我先にと廊下を駆け抜けていって……「僕はこの部屋にします!」「私はここ!」「ワシはここだな!」と、早いもの勝ちで自室を決め始めてしまう。
するとエルダー達までが良い歳だろうに笑顔でのっしのっしと奥へと進んでいって、同じようなことをし始めて……いやいや、いくら広いっても一人一部屋なんて無理だろうと呆れ果てた俺は、隣に立つネイへと視線をやる。
するとネイは、
「あ、私はもう確保してるから。
玄関側のあそこ、組合の勘定部屋ってことで一つよろしくね」
なんてことを言ってくる。
そうして大きなため息を吐き出した俺は……仕方ねぇなぁと玄関に足を上げて、変な部屋を押し付けられちゃたまらねぇと、全力で駆け出すのだった。
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